20話:狩猟解禁当日

――サンデーと仲良くなった翌日の朝。AM5時(日の出予想時刻AM5:30)天気は晴れ。気温は27度。


「いよいよ今日か……」


 今日は待ちにまったサンド・ライノスタートルの狩猟解禁日だ。昨日はいろいろと緊張で眠れなかったなと思いながら、眠りについたのが確か夜の24時頃だろう。それ以降の意識がない。睡眠時間に関しては約5時間くらいだろう。備え付けの時計を見る限りではそのはずだ。若干の不安要素なのは間違いない。力仕事にとって睡眠時間って意外にも大事なんだよな……。

 


「うん、絶対にカミルさんから受けた依頼をこなしてやる!」


――これも全てミステルさんの為に……!


 早朝の朝日が差し掛かかろうとしているホテルの部屋の窓辺にて、俺は背伸びをしてからガッツポーズをする。眠りは少なかったが、今日の身体の調子はすこぶるいい。昨日ちょっと明日のためにと思って、ボルカノで有名な高級マッサージ店に行ってみたんだ。明日の自分の為の自己投資って奴だな。

 マッサージ店に入るなり俺は驚かされた。なんと全員が美女だらけ。童貞神の俺にはもうその立ち姿だけでコミュ障スキルが発動。あわわわと思いながら受付を済ませるなり、俺は恥ずかしさのあまりそそくさと案内された部屋に向かってしまったんだ。ここは風俗のお店なのかなって思ってしまったのは余計だろうか……。

 とりあえず施術をしてくれた美人のお姉さんの腕がもの凄く良くて、そのおかげもあってか、いつも感じていた身体のダル重が嘘のようになくなってしまっていたんだ。


「これならば確実に仕事がこなせそうだ。街に帰ったら今度は温泉にでも足を運んでみるか」


 大都市ボルカノメトロポリスには観光産業が盛んなエリアがあって、グレイスボルカノ街っていう観光で成り立っている街があるんだ。俺が行ってみたいと思っている温泉はそこにあって、疲労回復とか傷病とか、その他諸々の疾患をよくしてくれる作用のある成分が湧き出る源泉がり、そこを中心に温泉宿が盛んなんだ。それに伴って出店とか旨い飯が食える本格的な屋台市場だってある。


 今日の狩猟を無事に終えたら、そこで寝泊まりしようかなと検討中なんだ。


 とりあえず着替えを済ませてホテルを後にしよう。このホテルのチェックアウトの時間は8時だ。それまでには用意を済ませないといけない。

 俺はその場で全裸になり、部屋の中にあるシャワールームに入り、身体を磨き上げた後に、そのまま仕事着に使っているインナーに身を纏った。


――5分後。ホテル内にあるレストランにて。


「朝飯はどうすっかな」


 起床した時点で既に仕事は始まっている。食事もハンターの勤めの1つ。ここで取る食事によってはパフォーマンスに影響してしまう。大図書館で得た知識がここで生かされている事に、俺は実感を感じていた。


「とりあえずタンパク源は取っておかないとな」


 ハンターになって解った事がある。お肉を食べないとマジで力の入りようが劇的に変わってしまうと言うことを。


「ご注文はいかが致しますか?」

「柑橘系のフルーツサラダと草食獣のハムステーキに。それとフィレンツェの小麦ブレット。飲み物はコーヒーでお願いします」

「かしこまりました」


 座る席の隣に立つウェイターの男は会釈をしたのちに側を離れていった。


「まぁ、今日くらいは高級ホテルの食事をしてもいいよねぇ」


 いままで安宿の食堂の味に慣れてはいたものの、何故か昨日から今日までずっと無性にお高い物が食べたくなっていたのだ。で、貯金を少し崩してボルカノで2番目に有名な高級ホテルに1泊2日のお泊まり。もう安い宿のベッドで眠れそうにない身体になったかもしれない。


「まっ、今日の狩さえ上手くいけばお金は入ってくるしいいかな」


 いまはこの一時を楽しもう。楽しまなかったらせっかく泊まった意味がない。今日はテンションを上げて狩猟に望むことにしている。


 しばらくして俺の席に料理が運び込まれる。


「お待たせいたしましたお客様。どうぞごゆっくりお召しあがりくださいませ」

「はっ、はい! ありがとうございます!」


 少し元気が良すぎたかなと自嘲。それでもウェイターさんは顔を1つ変えずに笑みを浮かべて楽しそうに微笑んでいる。


 俺はウェイターが立ち去るのを見計らい、両手を合わせいただきますと合掌する。テーブルの上に備え付けられたナイフとフォークを手にとり、俺は目の前の陶磁器の皿の上に載せられた草食獣のハムステーキを小さく小分けに切り分けて1つ口の中に入れる。


「--うん、うまいな」


 こんがりと丁寧に焼き目のついたハムステーキの味はとても素朴ながらも味わい深く、そして何のスパイスなのだろう。舌からくるピリリからのサーとくる辛みが絶妙なバランスで柔らかな肉の旨みを引き立ている。


「フィレンツェブレッドの小麦ブレッドの方はサクッからの弾力のあるもちもち食感がなかなかにたまらないな!」


 元日本人の俺には飯がいい。だが、今日だけはパンでもいいやと思えてしまうこの食感。まるでこのパンは突き立てホヤホヤのお餅なのだろうか。それを口の中いっぱいに頬張って楽しんでいるのだから、俺はなんて幸せものなんだ……!


 そうこう朝食を楽しみ終え、俺は食後のコーヒーを片手にカップに口をつけて1口すする。


「ふぅ、ごちそうさん」


 我ながら今日は最高の朝を迎える事ができたな。


--10分後。


 朝食を終え、俺はホテルのロビーにある受付でチェックアウトを済ませた。


「ありがとうございました。またのご利用を心からお待ちしております」

「お世話になりました!」


 礼節の取れた受付嬢のお辞儀を前にして、俺は感謝の言葉をかける。そのまま荷物を片手に、そして全身をフル装備で纏い、俺はそのまま次の施設に向かう。この手に持つ荷物を預けるために預かり屋の店舗に行くためだ。


--10分後。


「んじぁ、預かっておくぜ! 狩がうまく行くといいなあんちゃん!」

「おう、おやっさんも今日1日うまく稼げたら良いな!」

「ハッハッハッハッ! 安心せい。俺んちのの店はテメェみたいに貧乏じゃねぇからなぁ!」

「嫌味かよ!」

「ふっ、お返しってやつさ。まぁ、気合入れて頑張ってこいよ! お前さんが笑顔で帰ってくるのを楽しみにしてるぜ!」

「頭っから泣いて帰ってくるみたいな物言いだな!?」


 とりあえずこれ以上は無駄におやっさんとの雑談はやめにしておこう。


 ちなみにこの預かり屋の店主とはそれなりの付き合いがあり、とりあえず仲良くしている。常連と店の間ってやつ柄だな。

 かれこれ約1ヶ月くらいの付き合いにはなるな。おやっさんは誰にでも分け隔てなく元気よく接することができる中高年のおっさんで、街でこの店を使う利用者のほとんどが友達っていうくらい、この人はは人気者の店主なんだ。


「よし、いってこぉお!」

「おぉう、行ってくるぜぇおやっさん!」

「ばかやろう! 俺はまだ25のぴちぴちの野郎だって場よ!」


 えっ、俺から見れば充分におっさんなんだけど? 

 遠巻きにブーイングを送ってきているので、俺もそれを見るなり背を拭けつつ中指を立ててやり返してやり、そしてそのまま俺はギルドの集会施設に足を運んだ。


――5分後。狩猟ギルド『ハンターズ』ボルカノ支部・メイン集会所。


「へぇ、今日は休日っていうのに人が多いなぁ……」


 集会所に設けられた飲み席がほぼ満席に近い状態でかなり混雑している。

 コミュ障で人混み恐怖症の自分にとっては目の前に立つだけでもやっとの事だ。酷かったら入った瞬間に吐き気を催してゲロすることもある。

 それでも俺は依頼の受け付けに行かないといけない。集会所に入る前。中から人の賑わう声が聞こえてきていたので覚悟はしていたものの、これほどとは……なぁ……と思いながら、俺は入った入り口の手前でその眺めを辟易としながら見ていた。


「てっ、朝から酒飲みばかりじゃねぇか」


 なんと言うことだ。今日は休日だからって同業者の連中のほとんどがボルカノビアー。日本で言うところのスーパードライ《アサヒ》が注がれたジョッキグラスを片手にグイグイと、陽気な喋りと供にテーブルの上のドカっと皿に盛られた肉料理を豪快に堪能しているじゃないか。


『はーい。おまちどうさまぁ、猛牛のテラカットステーキでーす!』


――ゴットン。


『ひゃっはー! 肉だぁ!』

『ひゃっはー! お姉さん一緒に食べようぜぇ!』

『ごめんなさいねー。私、まだお客さんにお料理持っていかないといけないのぉ』

『じゃぁその後でもいいじゃん』

『そんなこと言ってくれて嬉しいけど。私の事を待ってるとー目の前のお料理が美味しくなくなるわよー。だから出来たてで食べて欲しいかなーって』

『ひゃっはー! それもそうだな。じゃあお言葉に甘えていただくぜー!』

『ふふっ、ごゆっくりー』


 酔っ払いの戯言をさらりとうまくかわして自分の仕事に戻っていく給仕のお姉さん。いやっ、それよりも……!


「おっ、給仕のお姉さんの片腕の腕力。一体どうなってるんだよぉ……!?」


 テラカットステーキのドデカさも印象的だったけど。それよりもそれを片腕の力で運んできた、細身でスタイルのいい給仕のお姉さんの腕力が凄すぎて思わず、俺はインパクトのあまりに開いた口がふさがらなくなってしまっていた。もしかして腕力系女子かな? ほら、よくある暴食系女子ウケツケジョーって言葉があるからついな……。


「休日だからってここでたむろしなくてもよくないか……?」


 ボルカノには沢山の娯楽施設がある。もちろん目の前のような飲食の施設だって豊富にあるし、わざわざここで過ごさなくても良いような気がする。

 だけど俺には彼らに対してナニも話すことができない。彼らの防具の胸元には銀色でワシのマークを象った勲章がついていたからだ。


「ハイクラスハンターの特権か……」


 何処の席を見回して観察してもほぼ全員が俺より遙かに格上のハンター達ばかりだ。そんな飲み席の場所を通り過ぎる形で、俺はビクビクとしながら通り道を歩いていく。


 とりあえず飲み席から離れた俺は、受付嬢が並んで立つカウンターに赴く。


「いらっしゃいませー。ハンターズ、ボルカノ支部にようこそー。ご用件をお話くださいませ」

「指名依頼の受け付けに来ました。これです」


 俺は事前にギルドから渡されていた引換券を、目の前でニコニコと愛らしく笑みを浮かべている受付嬢に手渡した。その笑みと甘い声に胸がドキドキして溜まらない。


「はーい、サトナカカリトさんですねー。出発は五分後となります。あちらの出口に進んで貰って、そのまま近くにあるボルカノ砂漠行の荷車に乗り込んでください。注意事項はいまからお渡しします日刊ガイドブックをお読みくださいねー。あと、砂漠の狩猟環境予報などについては同じくガイドブックに記載してありますのでよく読んで依頼に挑戦をお願いしまーす」

「はっ、はい。わかりました!」


 早速手元に差し出された文庫サイズの赤色のガイドブックを受け取る。


 2日前。俺はタケツカミサンからこんなアドバイスをもらっていた。


『いいか。どんなに本を読むのが苦手であってもな。ぜってぇ狩猟環境予報のページは絶対に読み忘れるなよ? それが狩の成否に大きく影響するからな』


 狩猟対象以外のモンスターも同時に縄張りを作って生活をしている。タケツカミさんが言いたいことは、恐らく外的要因によっては狩猟の難易度が大きく変わってしまうんだと言いたかったのだろう。


「うーん、見た感じではサンドラと、あとは細々とした草食獣種のモンスターの群が砂漠にいるってかんじか」


 サンドラについてはペットのサンデーがいるので扱い方はまぁ、解るかな。フィールドでサンドパプリカと、持ち込みで干し肉を用意して餌を作ればいい。それと、


「なんだこの予測不明なモンスターが縄張り荒らしをしているので注意が必要って」

「はい、その記述通りのことですねー。ほら、流れ者のモンスターって、基本的にそとからの外来種じゃないですか。在来種はその影響を受けて縄張り意識が強くなってイライラしたりする事があるんですって」

「つまり、今日は外来種のモンスターの縄張り荒らしのせいで。元から居る縄張りを持っている在来種のモンスターが苛ついているから気をつけろって事ですか?」

「そうですねー。他になにかご質問はございますかー?」


 質問か……。そうだな強いて言うならば。


「お姉さんのお名前を教えて頂けませんか?」


 って聞いてみたら。


「えー、私は名乗るほどの者ではございませんよー」

「あっ、そうなのね」


 あっさりと俺の意図を読まれてしまったようだ。完全にこれあなたに名乗る名前無いんだよって言われてますねー。お姉さんの口癖がうつってしまっているのはショックのあまりだと思うんだ。


 そんな茶番で失恋をしてしまい、俺はそのままカウンターを離れて荷車に向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る