19話:縄張り争いで敗北した者の末路

――エリア8『大空洞の入り口』時刻:14時59分。


 お昼休憩を済ませてから少し時間が経ち、俺は不幸な事にモンスターと鉢合わせをしてしまった。それも今の武器では勝てそうな相手ではなかった。


『グゥルルルゥ……グゥァアアアアアアアア!!』

「ひっひぃっ!? なんだこの歩くドラゴンはっ!? ティラノザウルス!?」


 そいつの名は確かこの前に読んだ図鑑で微かに見た覚えのあるやつだった。


 名を砂足竜さそくりゅう『サンドフットドラゴン』。通称は『サンドラ』。砂漠地帯をメインに生息する中型の肉食竜種のモンスターだ。狩猟可能なライセンスランクはロブフッドクラス2。ルーキークラスの次にある上位のライセンスランクだ。ルーキークラス1の俺が相手できるような奴じゃない……!


……身体的特徴をありのままに見た感じに命がけで語るぜっ! 


「俺に向けて白いギザギザとした歯と竜の顎をみせびらかして威嚇する奴の姿はまさに砂漠色を基調とした黒の縦縞が特徴的な二足歩行のドラゴン。体長は3メートルくらいだろう。金に近い輝きを放つ二本の角がなんか高価買い取りできそうな素材に見えてくるのは気のせいだろうか? 両手は筋骨隆々の足より退化して中の下ほどの短さ。だが、その手の先にある鋭利な爪はなんでも容易く切り裂いてしまいそうだ……って」


 どう考えても言葉で説明する暇なんて無かった。てか改めて思うとセンス無いな自分。絶対に営業の仕事とか向いてないな!


「まさか縄張り争いに負けてここに逃走してきたっていうのかよっ!?」


 午後一の運動がまさかのヤバイモンスターとのにらみ合いから始まるだなんて……。こんなの今の俺の装備ではかち合えない。だが俺にはたったひとつだけ残ったとっておきの策がある! 


 それは――


「逃げるんだよォ!」


 踵を翻して全力の逃走。これが俺に残された1つだけの策だ。プライド? なにそれ美味しい物なのか? そんなの俺には関係ねぇ!


『グゥァアアアアアアアア!』

「うぉりぃやぁああああああああ!!」


 今日一日の体力を全開で消耗するつもりで足に負荷をかけまくる。


――ガッチッン!!


「うひぃやぁっ!?」

『グルル……』


 サンドラが俺の事を見下ろした直後。その大きな両顎を使ってバックンとかみ殺しにかかってきた。どうやら俺の事を餌だとかなんとか思っているらしい……って、ヤバくね自分……?


 俺とサンドラの足並みはまったく遠ざかるどころか目と鼻の先の状態を維持したままである。どちらかと言うよりも、俺の方がヘマをしたらもう食われてお陀仏状態。


「なにか、なにかこの状況を打開できる策はないのかっ!?」


 パニクる頭の中で思考を巡らしてはみるものの、全力ダッシュをしながらでは器用な事は出来なかった。思考すると速度が遅くなってしまうからだ。それを意識するあまりにどちらかで偏りができてしまう。


「ミステルさんならこの状況をどうするのかなっ!?」


 別に彼女の事をよく知っている訳じゃないけど。なんとなくなりきってみたら何か良い方法があるかもしれないと思ったからである。


「あーっ、ぜったいにこの状況を逆に楽しんでそうだなー。食われるという恐怖ってどんな感じなんだろうかとか俺にいいながら遊び始めるよなーー。ドMじゃん」


 尊敬する人の事をドM呼ばわりできるのはここだけの話だ。彼女がこの場にいなければどうってことはない。


――エリア9『切り立つ崖に囲まれた砂地』


「はぁ……はぁ……もう死んじゃう……!」


 こんなことになるんだったら足止め用に使えるガジェットを持ってくるべきだった……!


「とっ、とりあえず撒いたのかな?」


 あれからずっと彼方此方に角を曲がったりしてウロチョロと走り回っていた。何度も背中から食われる恐怖体験をしながらも、悪運が強く無事に逃げ切る事ができた。……今のところはである。


「こんな事になるんだったらおとなしく炭鉱夫のおっちゃんと一緒にブランチマイニングしていればよかったんだ……」


 でも、こうして自分は強くなれるような気がする。そうでもしないと自分はあの人とハンティングができないと思うのだ。


「タケツカミさんはこの状況をどう対処するんだろう……」


 アサルトライフル使いのタケツカミさんなら、恐らく機動力を生かして真っ向から立ち向かっているかもしれない。だが、自分の武器はボルトアクションライフルだ。一発一撃を重きに置く武器。前の世界で剣を武器にモンスターを狩猟するゲームで言うところの大剣と同じ感じだ。外してからのラグが一番危険がつきまとってくる。


「ミステルさんにこんなザマを見られたらなんか指摘されそうな気がするな。カミルさんにもけなされそうだ」


『ぎゃははははっ! お前運悪かったなぁ!』


 たった二言だけでもカミルさんに言われれば自分の心にはグサッときてしまう。彼女にはその力があるんだ。


「と、とりあえずここからどうやって逃げようかなぁ……」


 ここはエリア9。切り立つ崖に囲まれた砂地が特徴的な地区だ。影があるものの、砂から発せられている高熱によってうまく草木が育たない。あるのはゴロゴロと混在する岩くらいだ。次のエリア10に向かうには、さっき出て行った洞穴の正面にある大きな洞穴に入れば行くことができる。


「たしか次のエリアで立ち入り禁止区域の手前になるんだよな……」


 エリア11からは上域地帯になる。それ以上はミドルクラスのハンターでしか立ち入ることが許されていない。そこら一体を根城にしている中ボスクラスのモンスターがうようよ徘徊しているからだ。


 ちなみに警備兵が警備しているのはエリア5~6までの区間だけだ。それ以上は彼らでも足を運ぶことはない。できないのだ。モンスターが強すぎて。


 それと今回相手する予定となっている『サンド・ライノスタートル』の主な縄張りエリアは6~10。いま俺がいるエリアまでだ。だが、今日は見たことがないので恐らく何処かの砂漠のエリアに出向いているのだろうな。


「エリア6に迂回できるエリアは確か8だったな」


 そこには細い側道があり、通ってみるとエリア6に繋がっているのだ。だが、そこには恐らくサンドラが俺の事を探して徘徊しているはずだ。なお、そこ以外に迂回路はない。絶対にゲームだったらクソゲーだわこれ。


「…………何かいいもの……何かいい感じにあいつを遠ざけられる方法はないかな……」


 サンドラは肉食竜種のモンスターだ。……肉食か。


「干し肉を使って陽動って思うけど。あのデカイ口じゃあ、あっと言う間に飲込んじまうな……」


 考えが浅はかだぞってミステルさんに言われてしまいそうだ。


「……でも、これはこれでアリかもしれない」


――その瞬間。俺の頭の中で閃きが生まれた!


「丁度晩飯に残していたサンドパプリカと500グラムの干し肉を使って餌に変えちまったら良いかもしれない! なんかいけそうな気がする!」


 あとはどう料理をして奴好みの味にすればいいのかが問題だ。


「焼いては味が落ちるだろうし。そうだなコレをこうしてこうやってって――」


 すぐさま携帯型キッチンセットを展開させ、思い描くレシピを使ってサンドラの餌を作り始める。


「塊だと駄目なら細かく切り分ける……あっ、肉団子とかありかもな!」


 ドラ●エでいう所の魔物の餌を創造している自分。干し肉は出来るだけ塩を使って味付けを濃くする。あとは胡椒はかけないでおこう。それは人間好みの味付けなので。


 それから10分くらいが過ぎただろうか。ついに対サンドラ用の餌が出来上がった。


「これで駄目だったら覚悟しよう……」


 これは命がけの逃走劇だ。絶対に俺が主人公になってやるっていう気持ちでやるしかない……!


「……行くぞ! 里中狩人。男一番の大勝負だ!」


 意を決した俺はそのまま奴が待つエリア8に続く洞穴に向けて歩き始めるのであった。



――翌日。ボルカノカフェのテラス席。時刻:15時00分。


「それで。運悪く出くわした上位クラスのサンドラにけちょんけちょんにされそうになって、挙げ句の果てに裏山死刑なことになったわけね」

「なんでミステルさんが裏山死刑っていう言葉を知っているんですかっ!?」

「えっ、普通に思い浮かんだ言葉を言っただけよ? なにか?」


 完全にミステルさんに妬まれている気がするなぁ……。イスに座る彼女はコーヒーカップを片手に足を組んでご機嫌斜めだ。


「でも珍しいわね。あの獰猛なサンドラがあなたになついちゃうなんて。普通なら人間でも食べちゃう暴食系の竜なのよ?」

「俺にもよく分かんないですよ……。その場凌ぎにって思って干し肉とサンドパプリカを混ぜた肉団子を沢山作って。で、走りながらぽいぽいって投げてあげて……で、気づいたらそいつが甘えてきたんですよ……」


 思い出したくもないあのねっとりした舌の感触。唾液が粘ついててすこぶる気持ち悪くてヤバかった。奴なりの愛情表現なのだからかなり質が悪い。


 異世界に来て、初めて仲良くなったペットがまさかの肉食竜種のモンスターだったなんて誰が信じるのだろうか。目の前のミステルさんも凜とした表情を少し尖らせて半信半疑なのだから。


 こうして俺が得た収穫物はサンドフットドラゴンこと『サンデー』がペットになったくらいだった。サンデーの背中に乗る俺の姿を見て警備兵のお兄さん達が腰を抜かしていたのは今でも思い出せる笑い話だ。


――後に里中狩人は『モンスターブリーダー』という珍しい称号をギルドから授かることになります。コレはまだ未来の話なのですが。うふふっ。

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