第28話 夜の会話

 宿屋の外に出ると、少し冷たくなった風が肌を撫でた。

 周囲では交代で城から来た第一師団の兵士たちがそこかしこで警備に当たっている。


「クロエ、寒くない?」


「いえ、わたくしは大丈夫です」


「ほんとに?」


「う……ほんとは少し寒いです……」


「そっか。じゃあ、はい」


 オレは着ていた外套をクロエにかける。彼女の肩は思っていたよりも小さくて、普通なら友達と遊んでいるような年頃なんだよなぁと実感した。


「あ、ありがとうございます……」


「どういたしまして。うーん、どこか座れるところがないかなぁ」


 あたりを見渡すと、ちょうどベンチが目に入った。近くにいって確認してみると特にどこか壊れているようでもなかったので、そこに二人して腰かける。


「ふぅー今日は疲れたなぁ」


 ちょっと大げさな感じでそう言ってみる。

 いや、疲れているのは本当だけど、オレがそうでも言わないとクロエもなかなか素直に疲れたと言いにくいだろうと思ったからだ。ややあって、


「そうですね。わたくしも疲れました」


 クロエは大きく息を吐きながら体重をベンチに預けた。

 やはり相当ムリしていたのかもしれない。


「クロエは何が一番疲れた?」


「そうですね……やはりここまで大きな戦場は見たことが無かったので、その、正直に言うと、少し怖かったです」


「そっか」


 その気持ちは分かる。オレですらここまで大きい戦場は初めてだ。

 クロエも聞いた限りではそれなりに実戦を経験していたらしいが、それでも死人や怪我人が出ることは少なっただろう。


 しかし、ここは違う。

 たくさんの人が傷つき、倒れ、命を落としていくのが当たり前の環境だ。

 場合によっては、目の前で親しい人の命が摘まれてしまう可能性だってあるのだ。


「……ごめんな」


「ど、どうしてフリッツ様が謝るのですか!?」


「オレがこの戦場に連れてきてしまった。クロエがまだ小さな女の子だって分かってたのに」


「でもそれは、わたくしがお願いしたから……」


「それでも止めるべきだったのかもしれない。でもオレは、クロエは強いから大丈夫だろうと安易に思って連れてきてしまった。そして、今キミを苦しめてしまっている」


 オレは今まで魔力タンクとして生きてきた。多くの実戦もこなしてきた。

 でも、それはあくまで支援職として後方の安全地帯にいながらだ。

 実際に前衛で戦ったのはついこの間……心も体も成熟しきってからのことだ。


 でもクロエは違う。

 心も体もまだ成長途中で、それは簡単に揺らいでしまう。壊れてしまう。

 オレ自身が経験していなかったから、その部分を完全に見誤ってしまった。


「そんなことにも気づけないなんて、やっぱりオレはマリクの後継者失格だな」


「そ、そんなことはありません!」


「クロエ?」


「わ、わたくしはまだフリッツ様と出会って少ししか経っておりませんが、立派に務められていると思います! サーニャ様やエレノア様に聞いても、同じように答えられるはずです!」


 ベンチから立ち上がり、そう言い切るクロエ。

 その言葉に驚きながらも、少し嬉しさを感じでしまう。


「ありがとう。でもオレがマリクの後継者になったのだってほんとに偶然だったから、今でも考えちゃうんだよな。自分で良かったのかって」


「それは、どういう……?」


 そういえばクロエにはオレがティルを手に入れた経緯を話していなかった。

 だから簡単にどうやってティルを手に入れたかを説明する。


「なるほど、そんなことがあったのですね。……でも、わたくしは拾ったのがフリッツ様で本当に良かったと思います」


「……クロエを連れ出したから?」


「もう、そんなことを聞くのは意地悪ですよ?」


「はは、ごめんごめん。……でもうん、ちょっとは自信ついたよ」


「それなら良かったです」


 そう言って二人で笑い合い、穏やかな空気が流れる。

 これが戦場でなければどんなに良かったことだろうか。


「ここも本来なら街のメインストリートだったのかな?」


 今は軍需物資などが多く置かれたりしていて基地といった感じだが、ところどころ街であった頃の面影が残っている。


「そうですね。前に来たときはこの辺りも商店がいっぱいありました」


「クロエはセントシュタットに来たことがあるんだ?」


「これでも一応王族ですので、何度かは」


 そうか。確かに王族なら外交やらパーティーやらで来ていてもおかしくない。

 元の風景を知っているからこそ、今の惨状は心に来るものがあるだろう。


「平和な時にまた来たかったな……」


 それは何気ないつぶやきだったのだろうけど、だからこそクロエの本心だとも思えた。


「ねぇクロエ」


「はい?」


「魔物たちを追っ払ったらさ、二人でセントシュタットの街をまわらない?」


 それはちょっとした提案だった。

 何か先に予定があった方が頑張ろうという気になるし、それで少しでもクロエの気が楽になるなら……と思って言ったんだけど、


「そ、それはで、でででで、デートのお誘いというやつでしょうか!?」


「えぇっ!?」


 何か予想の斜め上の質問がとんできた!

 そんなつもりはなかったのだけど、確かに言葉だけ見るとそんな感じに聞こえなくもない。

 そういえばクロエも14歳。そういう色恋に興味を持っていてもおかしくない。


 うーん、どうやって答えよう。


「違うのですか?」


 無意識なんだろうけど、そんな上目遣いで見られると困ってしまう。

 うぅ、どう答えよう。この回答如何によってはクロエの今後の情操教育に影響が……。


「……ぷっ」


「ん?」


「……っく、ふふ」


「あ!」


 そこでようやくクロエが必死に笑いをこらえていることに気付いた。

 ひょっとしてひょっとしなくても……


「オレ、からかわれた?」


「す、すいません……そのつもりはなかったのですが、フリッツ様があまりに真剣に考えられていたものですから……」


「はぁー……」


 何かどっと疲れてしまった。

 しかしさっきの上目遣いといい、この子は将来けっこうな男泣かせになるかもしれない。


「申し訳ありません。でも、誘って頂いたことは本当に嬉しかったです。デ、デートというものは、まだわたくしには早いと思いますが……」


 どうやらデートという言葉自体はクロエも恥ずかしいようだ。


「まあオレみたいなやつなんて、元から王族のクロエとはつり合いが取れてないけどな」


「いえ、むしろわたくしの方こそ! ……それに、どちらかというとフリッツ様は兄のような……」


「兄?」


「い、いえ、何でもありません! 忘れて下さい!」


 兄かぁ……こんな妹がいたら可愛いだろうなぁ。


「でも、兄妹ならもう少しフランクなしゃべり方をしてほしいかなぁ」


 何気なく呟いてみる。

 するとクロエはどこかもじもじとしていたかと思ったら、


「では……お、お兄ちゃん?」


「……!」


 き、効いた。今のはかなり。

 何かよくないものに目覚めてしまいそうだった。危ない危ない。


「~~~~っっ」


 言った方のクロエもそうとう恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして羞恥に耐えている。

 これは聞かなかったことにした方がお互いにとって良いかもしれない。


「そ、そろそろ冷えてきたし宿に戻ろうか!」


「そ、そそ、そうですね!」


 二人して慌てて立ち上がり歩き出す。

 結局クロエを元気づけることが出来たのかどうかは分からないけれど、


「フリッツ様、今日はありがとうございました」


 そう言う彼女の顔を見ていると、それなりに上手くいったのではないかと思わずにはいられなかった。

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魔力タンクと蔑まれた魔法使い、魔力で強くなる魔剣を拾う 嘘乃 真 @usonomakoto

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