第79話 俺たちは儀式をする 


 リーアは俺に何も訊こうとはしなかった。


俺は散歩の間中、彼女が何か言ってくると思っていたんけど。


ユキには「あれは何でしょう?」「ここは何をするところですか?」と、色々訊いていた。


それでも、決して俺の手を離そうとしない。


時々微笑んで俺の顔を見る。


そして俺はその微笑みに、安心して笑顔を返すのだ。


『きっとお前が不安そうにしてるからだろう』


えー、そんな顔してたかな。


まあ、色々と考えることが多いからな。


どうやら俺はずっと黙り込んでいたようだ。




「ごめん、心配させましたか?」


俺はそう言って彼女の手を少し強く握る。


「いえ。 ネス様はきっとたくさんのものを抱えていらっしゃるのでしょう。


その、あなたが背負っているものを、少しだけ私も背負いたいと思っただけです」


彼女は少し恥ずかしそうに顔を背けた。


だけど彼女の手は俺の手を握り返す。


「……ありがとう」


まだ何も言えなくて、申し訳ない。


「夜に、少し時間をいただけますか」


「はい」


ユキが俺たちの間を無理矢理通って駆けて行く。


「こらっ、ユキ」


俺たちは笑って、一緒に駆け出す。 




 その夜、町が寝静まった頃、俺は井戸水で身体を清める。


いつもの水をかぶるだけの風呂じゃないのは、少し気を引き締めるためだ。


そして、リーアにも清めと正装をお願いする。


彼女は何も訊かずに俺の言うとおりにしてくれた。


夜が一番深い時間に、二人で家を出る。


 ユキもついてきたが、構わずに俺は教会の裏手に回る。


彼女を不安にさせないように、ニコリと笑って魔力の扉を開く。


寝室の扉も同じように魔力で開く扉なので、別段気にしてはいないようだ。


「ハシイス、来てるか?」


「はい」


おずおずとした声が闇から漏れてくる。


月明かりにぼんやりと浮かんだ姿は、騎士の正装だ。


俺はチャラ男情報で彼が騎士になったことは知っていた。


 実はハシイスには祝福があったのである。


『騎士の才能』だ。


おそらく王都に行った時に、クシュトさんにでも神殿に連れて行かれたんだろう。


お陰で彼は軍の中でも特別待遇になったのは、うれしい誤算だった。


「悪いね、こんな時期にその服は暑いだろうけど」


「いいえ、大丈夫です」


緊張してカチコチになっている彼に、俺は微笑んで頷く。


そして、扉の中に入るように促す。




 そして、見物人はまだいるようだ。


俺は大袈裟に大きく息を吐く。


「まったく、皆、好奇心旺盛過ぎるだろ」


「へへ」


キーンさんとシアさん、そしてソグがいた。


「いいよ、入ってくれ」


三人はごそごそときまり悪そうに扉の中に入る。


「私は当然ですよね」


最後に現れたのはパルシーさんだ。


「ええ、ご招待を忘れていましたけど準備はされて来たようですね」


実は今回、パルシーさんがいないと困る。


教会前を通った時に、従者の二人にはこっそりと「今夜、大事な何かがある」と入れ知恵はしておいた。


パルシーさんもきちんとした神官服を着ている。


俺は、王子ほどではないけど正式な礼を取った。




 中に入ると、皆、お互いに顔を見合わせていた。


まあ、パルシーさんとハシイス以外の者はここに入ったことはないからな。


「えっと、押しかけて申し訳ございません」


キーンさんが代表して謝罪の言葉を述べる。


俺は笑って手を振る。


「いえいえ、いいんですよ。


デリークトでは見られない、アブシースの名物ですから」


そう言うと、パルシーさんの気配がピリリとする。


ハシイスがそれを見て恐れおののく。


「まあ、これは一種の実験なんです」


俺の研究の一端なのだと話す。


たぶんパルシーさんはこれからすることを分かっているだろうし、ハシイスも経験がある。


だけど、デリークトから来た者たちはそんなことは知らない。


ソグはただ黙ってじっと女神像を見ていた。




「ソグ、悪いけど、ユキを見ていてくれ。


これから何が起こっても、絶対に動かないように」


「はい」【えー】


ソグは頷き、ユキは不満そうにソグと一緒に部屋の隅に移動した。


 デリークトの三名には、ちょっとだけ注意事項を。


「見学はご自由ですが、絶対に声は出さないように」


まあ、出しても平気だとは思うが、パニックになってもらっては困るのでね。


「ですが、殿下。 建国祭までにはまだ日にちがありますが」


神官であるパルシーさんが険しい顔のまま訊いてきた。


アブシースの国民が神様に会えるのは建国祭の日前後だけだ。


「パルシーさんは知らなかったですかね。


王族は、いつでも大丈夫なんですよ」


条件さえ揃っていればね。


「王宮内にもありましてね。 実際、いつでも使えました」


王族は血によって神との契約がなされている。


産まれた子供がきちんと王位を継承出来るかどうかを確認する儀式があるくらいだ。


『王族の血統』が認められ、王となるべく資質を認められて初めて『祝福』が与えられる。


魔力量無限のチートがね。


 そして、王となると自分の治世が正しく行われているかどうかを問うことが出来るのだ。


そんな馬鹿なと思う者もいたが、実際に女神に打診をして国王の座を下ろされた者も存在する。


まあ、そのせいで王子の父親が急遽、王にさせられたんだが。


宰相様は知っているけど、パルシーさんは知らなかったようだ。




 俺は三つの台を女神像の正面から右側に並べる。


見物人は左側に寄せた。


「ハシイス、こっちに乗ってくれ」


「あ、はい」


一つ目の台にハシイス。


「で、パルシーさんが真ん中」


そして俺が最後の台に乗る。


その前に。


「リーア、こちらへ」


彼女の手を取り、被告席のような三方を柵に囲まれた中に入れる。


「俺が合図したら、こう手を組んで、そう、で祈りを捧げる」


女性の場合は確か両膝をつくんだよな。


アリセイラの成人の儀式で見たから間違いない。


リーアは緊張していて、ただウンウンと顔を縦に振っている。


肩にそっと手を乗せ、


「危険なことはないので、大丈夫ですよ」


と囁いて離れた。


震えていないのはさすがだと思った。


 俺も三つ目の台に乗り、目を閉じる。


「王子、交代だ」


『ああ』


儀式に必要なのは、女神像と高い窓の教会。


そして立ち合い人が「騎士」「文官」「魔術師」である。


王子が<変身>の魔術を解いて、金髪緑眼の姿に戻った。


「リーア」


王子の肩の鳥の声が、静かな部屋に響く。


「はい」


小さな声で返事をした彼女が神の前に跪いた。



 

 彼女が何を祈っていたのかは分からない。


全員が息を潜めて見守っていた。


 やがて高い窓から光が降りてくる。


「新たにアブシースの民となられた方に祝福を授けます」


何の祝福かまでは聞こえなかったが、一瞬、彼女の身体が光に包まれた。


『アリセイラの時と同じだな』


「ああ、そうだねえ」と俺もぼんやりとその光を見ていた。


女神とリーアが何やら会話しているようだが、こちらには内容は聞こえないようになっているみたいだ。


 それが終わると、女神が何故か王子を見た。


「何か言いたいことがあるのでしょう?」


「ええ。 お話してもよろしいのでしょうか」


女神がニコリと微笑んで頷いた。


 王子は台を下り、リーアを手招きした。


「私の代わりに台に乗っていて欲しい」


「分かりました」


ゆっくりと礼を取り、リーアが三つ目の台に乗った。


一応、彼女も魔力があるので、魔術師判定で大丈夫だと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る