生きた人間の手
茉里は、部屋から仕事場へ戻ると、溜まりに溜まった仕事に追われることになった。夕食どきには時計を見る隙はなく、当然、昼間の男がいるのかさえ分からなかった。
夕食どきを終えて、あらかた仕事が片付くと、もう夜の十一時になっていた。茉里が自分の部屋に戻ろうとすると、壮太が腕を引っ張ってきた。
「壮太さん、どうしたんですか?」
突然のことで目を丸くする茉里に見つめられて、壮太は瞳を逸らして赤くなった。
「いや、その、茉里さんは無理をしていないかなって。今日も、すごく頑張っていたし。ひとりで抱え込まないで、僕や母さんにも相談してくれよ」
そう言って、壮太は茉里の手を離して去っていった。茉里は、その手の暖かさに、先日見た夢を思い出した。
生きた人間の手ではない。生きていたら、壮太のように温かい手をしているはずだ。死者が何かのメッセージを送ってきたのだろうか?
「考えすぎだわ、私」
そう呟いて、部屋に戻る前に、宿帳を確認しにいくことにした。この時間はまだ、ロビーで翠が仕事の締めをしているはずだ。
茉里がロビーに行くと、案の定そこには翠がいた。宿帳と宿泊客のリストを見せて欲しいと頼むと、翠は少し訝しげに聞いてきた。
「お友達でも泊まっているの?」
茉里は、その言葉にびくりとして、一瞬言葉を飲んだが、次にはこう答えていた。
「友人の兄が泊まっているんです。及川さんっていう。少し歳が離れていて。夕食のときにご挨拶できなかったものですから、明日の朝にでもと思って」
茉里はそう言いつくろったが、翠は少しだけ何かを考えてから、及川という客の部屋を教えてくれた。
茉里は、それを聞くと、足早に自分の部屋に帰り、例の石を手に取った。そして、はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと及川のいる客室に歩いていった。
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