さよなら
窓から射し込んで来る初夏の日射し
聞こえて来るセミの声
揺れるカーテンが頬に触れ
わたしは目を覚ました
ちいさな手の
ちいさなわたしがいた
台所からは
お母さんがとんとんと何かを切っている音が聞こえて来た
なぜか涙が出た
とても悲しい夢を見ていた
わたしはゆっくりと全身を使って起き上がると
台所に向かって言った
「お母さん、あのね今とても悲しい夢を見ていたんだよ」
後ろ姿に話し掛けた
だがお母さんは何も答えなかった
まだ
………
まだだった
ああ
わたしはその時わかった
これは夢だ
さっきまで見ていたものが現実と呼ばれるものだったのだ
「お母さん」
あのね
わたし言わなきゃいけないことがあるんだよ
お母さんわたし結婚するんだ
わたしが小さかった頃に交通事故で死んでしまったお母さん
さよならも言えずに離ればなれ
ねえ
もう一度、振り返って
そして柔らかな声でわたしの名前を呼んで
願いが通じたのかお母さんは振り向いた
「なあに、どうしたの?」
くすくすと笑っている
わたしは無性に嬉しくて
そしてこれから訪れる未来が怖くて
ただ泣くことしか出来なかった
お母さんは笑って
でもこのお母さんは死ぬんだ
わたしは狂ったように泣いた
抱き締めてくれたお母さんの腕の中でもまだ泣いた
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