第34話 悪戦苦闘

「……見誤ったなぁ」


 破損した机の上で血の滴る肩を押さえながら、私は廊下で無言のまま佇む怪物を注視する。人間なら一撃で致命傷になるような高火力の魔法を何発も浴びせたんだけど、敵は無傷。明らかに弱点に見える心臓部を狙っても、動きを予知されているみたいに完璧に防がれ、その他の部位への攻撃は一切反応を見せない。元々身体が硬質なこともあるみたいだけど、負傷した箇所は数秒も経過すれば塞がってしまう。加えて、肉体を強化する魔法を使っているのか、身体能力は通常の魔獣を凌駕している。

 今のところ他に魔法を使う素振りはないけれど……どうだろ。お兄ちゃんは人間に魔獣の心臓を移植した存在だって言っていたけど、半魔獣みたいな感じになるのかな? そうなると魔法を使うほどの脳はないと考えられる。

 ただ、こういう希望的観測は大抵外れるものと考えるべし。っていうのは、昔お兄ちゃんに教えてもらったことだったかな──怪物クリーチャーが教室の壁を破壊して中に入ってきた。血走った三つの目は、全て別々の方向に焦点が当てられている。あれで私のこと見えるのかな。


「いや、見えてるから私をぶっ飛ばすことができたんだよね」


 敵が入ってきたのにいつまでも座っているわけにはいかない。怪我をしたと言っても、まだ肩に掠り傷がついただけなんだから、全然戦える。

 全身に魔力を走らせ──備品の鏡を殴り砕き、その破片に風を纏わせて投擲する。怪物は飛来するそれに興味を示すこともなく佇んでおり、突き刺さっても身動ぎ一つ起こさない。痛覚がないのか知らないけど、当然それだけで倒せるとは思ってないよ。


「命がかかってるし、教室の一つや二つは目を瞑ってもらわないとね──圧縮」


 右手を突き出し、空気を一点へと圧縮していく。当然校舎そのものを全壊させるわけにはいかないから威力を抑えるけど、間違いなく教室の壁は木端微塵に消し飛ぶことになる。学園長、事後処理頑張ってください。

 怪物は魔力と風の流れを感じ取ったらしく、床を砕く脚力を用いて私に急接近。

 とてつもない速度ではあるけれど……私の風爆弾が炸裂する方が早い!


「──衝撃風ッ!」


 圧縮された空気が一気に放出され、爆風と衝撃波を四方八方へと拡散する。ガラスの窓は砕け散り、壁には大きな亀裂が入って崩れ落ちる。壊れた壁が校舎の外へと落下するが、幸いにも生徒が下敷きになるようなことはなかったらしい。一安心。

 で、問題の怪物のほうは──。


「参ったなぁ……」


 壁やガラス片でズタズタの状態ではあるが、その傷はすぐに塞がってしまう。肝心の心臓部は腕を器用に使って衝撃から守ったみたいだ。唸り声にも近い声を上げて私を睨む三つの目は、先程とは違って私をジッと見据えている。

 これで駄目かぁ。この場所で私ができる最大威力の攻撃だったんだけど、効果がないなら意味もないね。

 と、どうやって仕留めようかと考えた途端──怪物が鋭い爪を装備した手を乱暴に振るった。一瞬息を飲み、間一髪のところで身を屈めて回避。しかし、直後に放たれた鋭い蹴りへの対応が遅れ、真横に蹴り飛ばされてしまう。

 勢いのままに壁を突き破り、隣の部屋に。

 先程の衝撃風の影響を受けてか、壁には亀裂が入っている。閉じられたカーテンの隙間から入り込んだ弱い光が室内に入り込み、私のすぐ傍にあった鏡に反射して部屋の後方を明るく照らしていた。


「ッ!」


 身体を起こした瞬間、脇腹に走った痛みに私は顔を顰めて、患部に手を当てた。激痛が走っているので、恐らくは折れていると思う。咄嗟に発動した防御魔法で幾分か衝撃を弱めることができたとはいえ、この威力。まともに喰らったら身体が真っ二つになってしまうかもしれない。

 痛い、けど、こんなところで座り込んでいたら挽肉にされてしまうだけだ。痛みを無視し、私は傍にあった鏡を殴りつけて砕き、よろよろと立ち上がった。二本足で立てる限り、敗北じゃない。そもそも負けてないしね。


「あ……ったま来ちゃったなぁ」


 黒いカーテンを強引に引きちぎって床に叩きつけ、追撃とばかりに突撃してきた怪物に圧縮した空気の膜をぶつけて進行方向を九十度変える。と、廊下に続く壁を破壊した怪物は床に転がった壁の破片に舌を巻きつけ、豪快に噛み砕きながら咀嚼して飲み込む。一体何を食べているんだか……。

 と。


「──ッ、ァァァァ」


 怪物が不快な声を震わせた瞬間、奴の露出していた心臓部には飲み込んだ壁と同じものと思われる石材が出現し、心臓を覆い隠した。ただ、かなり薄くて脆いことには変わりはなさそうだ。いや、実際には脆くないんだろうけど、私とかお兄ちゃんみたいに一つの魔法に膨大密度の魔力が詰まっているようなものは、防ぐことができないんだろうね。

 けど、今はその薄い壁が厄介だ。

 露出していた状態だったなら、威力の高くない攻性魔法でも砕くことはできたはず。だけど、あの石の膜が存在しているため、石を貫通する程度の威力を持った魔法を使わなければならない。

 怪物の動きを見た限り、発動の前兆を鋭敏に感知して魔法を躱すなり防ぐなりしてくるはず。厄介だね、本当に。早くお兄ちゃんの元に駆け付けなくちゃいけないのに。


「ただ、それだけ護るってことは、心臓を砕けば一撃で死ぬことに変わりはないんだろうね」


弱点として確定しただけでも上出来。ならば、後はどうやって弱点を突くかを考えるだけ。

 その下準備も──ついさっき済ませたよ。


 ◇


 時計塔。


「霧の影響を受けずに……いや、耐え抜いて生徒二人が加勢。傀儡の生徒たちを引き付けている、か」


 厄介な分子の出現に、私は長い爪を強く噛んだ。

 面倒な……これなら、もっと霧に込める魔力を多くしておくんだった。万全とは言い難い魔法で強行したのが裏目に出たみたいね。

 そして、主力でありターゲットである四人は校舎の中に逃げ込んだ、と。送り込んだ魔獣人間と宮廷魔法士の妹が交戦中。戦力は良い感じに分散しているみたい。


「あの魔獣人間が負けることはないでしょう。弱点がないわけではないとはいえ、あの胡散臭い研究者のお墨付きだし」


 腕だけは信頼できる。性格は全く信頼できないけど。

 私にとってのベストは宮廷魔法士を校舎の中で殺し、安全に王女を連れ去ることなのだけど……そう簡単にはいかないか。幾ら遠距離が得意とはいえ、近距離でもそれなりにやるみたいだから。あっちも私を殺そうと必死になっているから、油断はできない。追い詰められた獣は急に化けるからね。


「でも、最後に勝つのは私よ」


 だって……隠し玉は沢山用意しているから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る