第10話 入学式当日

そして休日が終わり、王立グランティナ魔法学園高等部の入学式当日。


「こんなものか」


執務室の姿鏡の前で変わり果てた自分の姿を見つめながら、制服を正す。

先日にも見た、身体変化を用いた女性の姿だ。

藍の髪は肩甲骨の辺りまで伸び、細い体躯をした年相応の少女。

黒を基調とした制服は結構似合っている。といっても、表向きはローブに包まれているので普段とあまり変わらない。


「結構いいじゃない」


不意に聞こえた方を振り向くと、ミレナさんが姿見の前に立つ僕を見ながら笑っていた。ノックぐらいしてほしい。言っても聞かないだろうけど。

極力気にしないようにしながら、彼女の前で一回転。


「少し動きにくくは感じますが、中々いい服だと思います」

「戦闘用を想定して作られているわけじゃないから、当然よ。それと、既に王女殿下には貴女のことを報告してあるから、早く行きなさいね」

「……今更ですけど、この姿を王女殿下に見せるんですよね」


任務とは言え、顔見知りに女装姿を見られるなんて何たる拷問だろうか。殲滅兵室の面々は別にいいんだよ。諦めてるから。

けど、リシェナ様に見られるのは……引かれないか心配だ。


不安がっている僕に、ミレナさんが一言。


「貴女のことを話したら、とっても楽しみにしてらしたわよ。あ、女の子になっているのは言ってないから」

「は? 事前に言うって言ってませんでしたか?」

「サプライズよ。サプライズ」


そんなサプライズいらないんだよッ!!


「そうそう。必要な荷物は女子寮の方に送ってあるからね」

「そうでした。女子寮でこれから寝泊りするんでしたね……」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。お風呂みたいに必要な設備は全部部屋の中にあるし。護衛だから、王女殿下の隣の部屋を押さえてあるわ」

「ちょっと安心しました。っと、もう時間ですので、行きますね」

「いってらっしゃい。王女殿下は王宮前に来られるはずよ。一緒に馬車に乗って、学園まで行きなさいね」

「はい。では、いってきます」


憂鬱な気分を表に出さないよう気を配りながら、重たい足を引きずり、僕は執務室を後にした。

……行きたくない。



「レイズさ──」


およそ十分後。

王宮前で待っていた僕の前で馬車を下りたリシェナ様は、僕の名前を途中まで呼び、硬直された。驚いているのか、引いているのか、どちらともいえるような表情で固まり、僕を見つめている。ついでに、周囲の護衛の方々も同様の反応だ。

そんな反応をされると、少しへこむ。あと恥ずかしい。

羞恥心を堪えるようにレイピアの柄を握ると、硬直状態から復活したリシェナ様が僕に近づいた。


「レイズ様、ですよね?」

「……はい」

「どうして、そのようなお姿をされているんですか? もしかして、そういう趣味──」

「断じて違います!! 詳しい話は馬車の中でしますので、早く乗りましょう。初日から遅刻するわけにはいきませんのでッ!!」


即座に否定し、馬車へ乗車するように促す。

流石に変態扱いは我慢ならない。

不可抗力であるということを伝えるために、勢いに圧倒されたリシェナ様と共に馬車へと乗り込んだ。


「まず、のこの格好からご説明します。これから二ヵ月の間、私はリシェナ様のお傍に控え、周囲の護衛をさせていただきます」

「それは、事前に聞いています」

「えぇ。ですが、その際に私の素性が周囲の学生に知られるわけにはいきません。王女殿下というお立場の御方の傍にいつも控えている男子生徒。それだけで、私はかなり目立ってしまいます。それを回避するため、私は魔法でこの姿になっています。魔法発動などに支障はないので、ご安心を」

「そういう事情だったんですね。申し訳ありませんでした。趣味だなんて言ってしまって……」


問題ないと首を振る。

いやまぁ確かに、そう思われるのは嫌ではあるんだけど、初見なら仕方ないというか……。


「それにしても、レイズ様の素性というと、やはり所属部署についてですか?」

「まぁ、極論を言えば殲滅兵室のことなんですが……今回は、宮廷魔法士であることについてもです」

「??どうして」

「生徒たちの多くは、将来的に宮廷魔法士になることを目標としていると思います。宮廷魔法士は、かなり名誉ある職ですからね。王国の中でも精鋭と言えるでしょう」


国中の魔法士の中で、宮廷魔法士となれるのはほんの一握りしかいない。つまり、その肩書を得るのはそれだけ難しいことなのだ。

まして、グランティナ魔法学園という正規のルートを通っていくと、尚更。

僕みたいな存在は例外。占有魔法があれば、簡単になることができる。


「やる気に満ち溢れ、努力を積み重ねていく決意を示している生徒たちです。そんな中、自分たちと同じ歳の宮廷魔法士が現れたら、多分心に皹が入ってしまうでしょう」


僕が言うのもなんだが、僕と彼らには絶対的な差がある。

占有魔法保持者というアドバンテージは、努力や才能なんかでは絶対に埋めることができない、歴然とした差だ。


「勿論、魔法士は扱える魔法の数や、一つ一つの魔法の強さだけで全てが左右されるわけではありません。戦況を見極め、戦い方を変え、戦術を練る。そう言った意味では、占有魔法保持者に一般の魔法使いが勝てる可能性もゼロではない。不利なことに変わりはありませんがね」


だから僕も、天狗になることはできない。自分を無敵だと、誰よりも強いと勘違いすれば、すぐに寝首をかかれることになるだろう。相手が強ければ、尚更。


「けれど、まだ学生の生徒たちにそんな芸当はできないでしょう。幼少の頃から実践的な魔法を学び、命の駆け引きをしてきたのなら話は別ですが、そんな生徒は恐らくいない。これから成長する生徒たちに悪影響を及ぼさない様に、私の正体が知られるわけにはいかないんです」

「色々と、考えられているんですね」

「考えたのは僕ではありませんが」


全部ミレナさんに言われたこと。僕がそこまで考えているわけではない。


「そうなんですね。ちなみに、レイズ様の言葉が本当だとすると、私も宮廷魔法士には簡単になれるのですか?」

「間違いなく」


例え戦闘用魔法があまり使えなくても、リシェナ様の心眼は非常に有用だ。他者の言葉の審議を見極める力は、捕らえた敵の尋問に使えるだろうし、戦闘中の駆け引きなどにも非常に効果的だ。正直、彼女が王女でなければ殲滅兵室に来て貰いたいくらい。


「戦闘には参加しなくても、他の面で非常に強力な効果を発揮するでしょう。だからこそ、以前のように貴女は狙われているんですけど」

「そう考えると、この眼も厄介ですね」

「そうも言えるかもしれませんね。ですが、持っていて損はありません。護衛についている限り、僕が貴女を必ず守りますから」

「頼もしいですね」


嬉しそうに頬を綻ばせながら言い、リシェナ様は不意に思い出しかのように、僕へと意地悪い笑みを浮かべた。


「そういえばレイズ様。私と行動することになりますと、もう一人、護衛しなくてはならない人物が一人増えることになりますよ?」

「もう一人、ですか?」


一体誰が?

思い浮かぶ人物がおらず、困惑に首を傾げる。

そんな僕をクスクスと笑うリシェナ様。


「思い出せないですか? もう一人、レイズ様の素性を知る人がいますけど」

「??? 誰が──ぁ」


言われ、僕は思い出した。

もう一人、学園に入学する顔見知りのお嬢様のことを。

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