第22話 元凶

「植物の拘束を──ッ」


目の前の球体は不気味な雄叫びを上げながら何重にも縛った蔦の拘束を引き千切る。亀裂から光が漏れ出て、同時に、千切られた私の蔦が茶色く変色。枯れ果ててしまった。

その様子を見て、エインが高らかに笑う。


「はははッ!!マンドラゴラは人間以外の命あるものから生命力を搾取する人造魔獣だ。貴様が生み出した植物とて、その対象となるのだ!」

「喋り方がウザい」


さっきまでの紳士振った振る舞いはどこにいったのか。別にどうでもいいけど。それより今は、この……マンドラゴラとかいう気色悪い魔獣を何とかしないと。

地中から生み出した巨大な蔦に乗って、一旦後ろに下がる。着地した途端、蔦は枯れてしまった。


「植物の力が使えないのは厄介。仕留めるための決定打が打てない」


私の大地干渉の真髄は、強固で丈夫な植物を生成し、操作すること。植物が一番攻撃しやすくて、操作も容易で、何より多彩な戦闘を行うことができるから。その植物の攻撃を防がれてしまうような相手は、はっきり言って私と相性がとても悪い。普通ならレイズとかエルトとかが相手をするべき。帰ったら一発殴る。


「さてさて、天下の宮廷魔法士も、このマンドラゴラの前では無力かな?」

「………別に、植物以外で攻撃すればいいだけの話」


地面に手を当てて、魔法を発動。するとすぐ、マンドラゴラの巨体が地面の中に引きずり込まれ始めた。ついでに、エインも。


「──っ、これは」

「私の魔法は大地干渉。何も植物だけが私の魔法じゃない。地中に関することなら、大体のことはできる」


地面を液状に泥化させて、底なし沼を作り上げた。足掻けば足掻くほど、身体は泥に沈み込んでいく。ムカついたから、ついでに脅しも。

泥の中から無数の槍や刃物が出現させ、抜け出そうと足掻いているエインに切っ先を向ける。


「ひ──ッ」

「大地に干渉することができるってことは、こういうこともできる。土の中に鉄、銅、亜鉛、色んな金属が含まれているから、それらを集めて凶器を作ったり、硫黄や塩素みたいな危険物質をガスとして放出したりもね」

「ぐッ……小賢しい魔法だ……しかしッ!!マンドラゴラッ!」


エインが震えながらも強気に叫んだ途端、泥に飲み込まれていたマンドラゴラの表面に大きな亀裂が入った。


「成長の邪魔をしていた蔦はもうない!つまり、マンドラゴラは進化することができるんだ!!この丸い姿はまだ未成熟の成長段階。殻を破り、新たな姿を見せろッ!」


亀裂は段々と大きくなっていき、卵の殻みたいにボロボロと崩れて剥がれ落ちる。

光の奔流と共に現れたのは、八本の脚を気味悪く蠢かせる、巨大な蜘蛛だった。丸かったときと同じように緑色の体色。顔の前部から見える二本の嘴。巨大な赤い眼球。何処からどう見ても、生理的に受け付けない見た目だ。気持ち悪い。

と──。


「……女の人?」


蜘蛛の丁度額部分。

二つの巨大な眼球の中間地点に、年齢不詳の女の人が。下半身は完全に埋め込まれているようで、目を閉じている。色白の肌に、綺麗な茶髪。綺麗な人だと思う。


「核になった女が出てきているな。あれはもう廃棄になる」

「廃棄?」

「あぁ、廃棄だ。あのシエラと言う女は、マンドラゴラの幼生体の核として十分に機能した。恐らくもう少しで目が覚めるだろうが……あいつの餌になる──ぐぼぁッ!!」


生成した植物の枝で、私はエインの顔面を殴りつける。変な声と鼻血を撒き散らすけど、知ったことじゃない。それよりも、聞きたいことがある。


「どうしてあの女の人の名前を?」

「あ──ぁ?し、知らなかったのか?あの女はな、公爵のとこの執事長の妻だ。病気で死んだ女を蘇らせるって言ったら、あの男は簡単に私に死体を預けてきたのだ!!こんなことに使われるとも知らずにねぇ。でも嘘は吐いていないよな?私は確かに、蘇らせることができるんだから。ほんの数分だけではあるがね!!」


興奮したようにベラベラと不快なことを喋り続ける目の前の男に、私は何も言わずに生成した金属の凶器を向ける。

その時、動きを止めていたマンドラゴラが前足を振りかざして、私に迫ってきた。


「──ッ!!」


蔦を生み出してすぐに距離を取る。けれど、生み出した数秒後には朽ち果てて崩れ落ちてしまう。

その間に、エインはマンドラゴラに引っ張られて泥を脱出。


「助かったよ、私のマンドラゴラ。さぁ、このまま作物地帯を隅々まで回り、生命力を吸い尽くしてしまうとしよう」


マンドラゴラの背中へと飛び乗ったエインは高らかに叫び、進行を開始。人の何倍もの巨体をしながらも、マンドラゴラは八本の脚を駆使し、速い速度で駆け抜ける。通過した場所には、作物は残らない。


「止めないと──」


後を追いかけようと脚に力を入れた時、ポケットに入れていた通信石が光り輝いた。



「僕はこの辺りでおります。ロイドさんは、このまま進んでください」

「え?」


遠くで光が見えた数分後、僕は運転しているロイドさんに声をかけた。


「視覚強化を用いた僕の視界に、敵──マンドラゴラの姿が確認できました。これからあの物見櫓ものみやぐらに上り、攻撃します」

「わ、私には何も見えませんが……距離は大丈夫なのですか?」

「問題ありません。マンドラゴラは真っ直ぐ北側に向かって進んでいます。こちらに接近しているわけでも、極端に遠ざかっているわけでもない。ここからの距離はおよそ五キーラ。僕の必中距離は二十キーラ。当てることは容易い」


脚を屈め、飛び降りる姿勢に。


「ロイドさんはこのまま直進を続け、が見えたら、すぐにそちらへ。屋根に人も乗っていないし、作物も枯れている。畑とか速度とか、全く気にせず全速力で向かってください。いいですね?」

「わ、わかりました!」


返事を聞いた直後に車から飛び降り、砂埃を上げながら着地。周囲を見回すが、魔獣の姿は見当たらない。マンドラゴラに近くなったため、ほとんどのものが生命力を奪われたようだ。


『あの、レイズ様』

「はい。なんでしょうかリシェナ様」

『大丈夫なのでしょうか?五キーラも離れている上、高速で動く的を攻撃するなんて……』


リシェナ様が心配そうに声を上げられる。同感、とレナ様。


『今回の敵は狙撃するだけじゃ駄目なのよ?マンドラゴラの核にされているシエラに傷をつけず、確実に敵を倒さないと──』

「問題ないです」


物見櫓へと歩きながら、僕は片手に持っていた通信石を掲げた。


「既にアリナさんに音声メッセージは送信しました。上手くやってくれるはずです」

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