第18話 逆探知

『ギ──ッ』

「!」


敵がピクピクと身体を震わしながら、パシャリと水しぶきを上げながら倒れ込んだ。


『クッ……ソ、コンナ、コンナ……ッ!!』

「危険種の魔獣を一撃で屠る程の雷を受けたのに、まだ死なないのか……」


驚異的な生命力。今までこの技を喰らって生きていた生物は見たことがない。

驚嘆と同時に、改めてこいつは危険な存在であると再認識する。と──。


『ギ、ギィ──ッ!』


なけなしの力を振り絞り、敵がそう吐き捨てて体色を変化。周囲の景色と同化し、姿を眩ました。反射的にレイピアを拾い上げ、聴力を強化。すると、パシャパシャと水溜りを駆け抜ける足音が聞こえ、次いで羽音が遠ざかっていく。

どうやら、負けを悟り逃亡に徹したようだ。


確かにこの状況、逃げるのは得策だと思う。

身体に大きなダメージを受け、戦闘が困難だと判断した場合、一旦引いて体勢を立て直してから再び襲撃に来るのが定石。僕が敵の立場だったとしても、その行動を取るだろう。

だが──、


「逃さない」


ここで逃せば、再び僕を殺しにやってくることだろう。そんな危険因子をここで逃がすほど、僕は甘い男ではない。

それに、僕を殺すつもりで襲撃してきたんだ。相応の覚悟を持って貰わないとな……。


レイピアを羽音のする方向へと向け、魔法を発動。一条の光が切っ先より射出され、夜の街を駆け抜けた。



『撤退ダッ!!今、コレ以上ヤリアッテモ勝チ目ハネェッ!!』


手帳に書かれるワームの叫びに、俺は親指の爪を噛みながら舌打ちをする。


「……想定外だ」


今回生み出した恐乱蟲は、今まで生み出したワームの中でも最上級に質のいい優秀な個体だった。身体をガラスに変化させる物理攻撃の無効化、体表を保護色に変化させる能力を持ってして尚、あの魔法士の小僧を殺すことは叶わなかった。それどころか、ワームに甚大な損傷も与えて、返り討ちにされてしまった。


何たる失態。本来ならば、あの小僧を捕食し、更に強くなったワームとともにマンドラゴラの元へ向かい、と合流するはずだったのに……。大幅に予定が狂ってしまった。

と、正面より保護色を解除した蟲が接近。俺の正面へと着地し、大きく肩で息をする。


『ハァ……ハァ、任務、失敗ダ』

「わかっている」


わかりきった報告をする蟲の身体は、植物の葉脈状に広がった痣が浮かび、全身の傷から溢れ出た血と水で濡れていた。

蟲は息を軽く整えた後、キッと俺の方を睨みつけ文句を垂れる。


『アノ野郎ッ、普通ノ魔法士ジャネェッ!!タダ喰ッテクルダケノ任務ダト思ッテイタガ、違ジャネェカッ!!』

「……」

『ソモソモ、成長シキッタバカリノ俺ニ向カワセタノガ間違イダッタンダッ!!コレハオマエノミスデモアルンダカラナ、ラプセスッ!』

「確かに、そうかもな」


文句を垂れるだけでは飽き足らず、この俺の罵倒まで始めた蟲に対し、静かに頷きを返す。感情に身を任せて行動するのは、いけない。決して怒りは表に出さず、極めて冷静に対応する。


「生まれたてのお前にこの任務を任せ、最低限のサポートしかすることがなかった俺の責任でもある。全く、俺もまだまだ未熟だ」


手帳を開き、頁を捲る。そして一つの紫に発光する魔法陣の描かれた頁を手にし──一息に破り捨てた。途端──。


『ガ──』


蟲の胴体に大きな亀裂が入り、鮮血が吹き出した。その場に膝から崩れ落ち、ポタポタと血を地面に滴らせる。その呆然とした目には、疑問が浮かんでいた。


『ナ……ニヲ』

「今回のお前の失敗は、全て俺の責任だ。さっきも言ったが、生まれたてのお前に任せるべき案件じゃなかった」


見上げる蟲を見下ろし、破り捨てた頁の両端を摘む。


「だから、今度はこんな失敗をしないように、気をつけるよ。

『ラ──ラプセス、テメェェェェェェェッ!!』


ビリっと頁を破り捨てた瞬間、蟲の身体に大きな皹が入り、バラバラに砕け散った。飛び散り、頬に付着した血を拭って懐から双眼鏡を取り出す。

手間をかけて作った駒が一つ減ってしまったが、別に問題はないだろう。減った分は、また作ればいいだけのこと。そして、既に代わりの蟲は、あのバーの店主を苗床として生産済みだ!!


「その前に、まずは小僧の場所と状態を確認しなくてはな」


俺は無属性の視覚強化を使うことができない。遠くを見るには、こうして道具を使わなければならないのだ。二人が戦闘を行った箇所からここまでの距離、直線でおよそ1.5キーラ。十分に見ることができる距離だ。

あの穀潰し《ワーム》は負けてしまったとは言え、多少なりともダメージを負わせることができたはず。その状態を確認しておかなくては、蟲を向かわせることは──双眼鏡のレンズを覗き込み、俺は呼吸をすることも忘れて絶句した。


「な──ッ!!」


なぜならあの魔法士の小僧がこちらに剣の切っ先を向け、不敵に微笑んでいたのだから。



「案内ご苦労。僕の魔力を付着させたあの生物は、無事に君の居場所を教えてくれた」


レイピアに魔力を走らせ、強化した視界に映る黒装束の男へ微笑みかける。双眼鏡を携えているし、多分あちらからも僕のことは見えているだろう。

先程放った光の弾は攻撃のそれではない。僕の魔力を切り離して奴の羽に付着させ、本体の居場所を割り出すための一手。逃さないと言ったのは、何もあの生物だけではない。あれを生み出した魔法士──ラプセスという本体の男も含まれている。今後、あの化け物を量産される可能性もあるわけだし、ここで息の根を止めておくのが得策だ。


「それに、気になることは大体聞き取ることができたし、推測もできた。尋問する必要はない」


迸る稲妻。

それは次第にレイピアの刀身へと収束し──


「この程度の距離──僕にとってはゼロに等しいよ」


──光速の槍と化し、視界の先にいる男の心臓を一瞬で貫いた。それはまるで、夜空を駆ける流星のように一瞬の輝きを放ち、消えていった。

男が吐血し、建物の屋上から地へと落下したのを確認し、屋敷の方角へと足を向ける。


今は、アリナさんに合流し──いや、その前に。


「ロイドさんに……伝えないと」


負傷し、疲れ切った身体に鞭を打ち、僕は夜の東都を走り出した。

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