第18話 逆探知
『ギ──ッ』
「!」
敵がピクピクと身体を震わしながら、パシャリと水しぶきを上げながら倒れ込んだ。
『クッ……ソ、コンナ、コンナ……ッ!!』
「危険種の魔獣を一撃で屠る程の雷を受けたのに、まだ死なないのか……」
驚異的な生命力。今までこの技を喰らって生きていた生物は見たことがない。
驚嘆と同時に、改めてこいつは危険な存在であると再認識する。と──。
『ギ、ギィ──ッ!』
なけなしの力を振り絞り、敵がそう吐き捨てて体色を変化。周囲の景色と同化し、姿を眩ました。反射的にレイピアを拾い上げ、聴力を強化。すると、パシャパシャと水溜りを駆け抜ける足音が聞こえ、次いで羽音が遠ざかっていく。
どうやら、負けを悟り逃亡に徹したようだ。
確かにこの状況、逃げるのは得策だと思う。
身体に大きなダメージを受け、戦闘が困難だと判断した場合、一旦引いて体勢を立て直してから再び襲撃に来るのが定石。僕が敵の立場だったとしても、その行動を取るだろう。
だが──、
「逃さない」
ここで逃せば、再び僕を殺しにやってくることだろう。そんな危険因子をここで逃がすほど、僕は甘い男ではない。
それに、僕を殺すつもりで襲撃してきたんだ。相応の覚悟を持って貰わないとな……。
レイピアを羽音のする方向へと向け、魔法を発動。一条の光が切っ先より射出され、夜の街を駆け抜けた。
◇
『撤退ダッ!!今、コレ以上ヤリアッテモ勝チ目ハネェッ!!』
手帳に書かれる
「……想定外だ」
今回生み出した恐乱蟲は、今まで生み出した
何たる失態。本来ならば、あの小僧を捕食し、更に強くなった
と、正面より保護色を解除した蟲が接近。俺の正面へと着地し、大きく肩で息をする。
『ハァ……ハァ、任務、失敗ダ』
「わかっている」
わかりきった報告をする蟲の身体は、植物の葉脈状に広がった痣が浮かび、全身の傷から溢れ出た血と水で濡れていた。
蟲は息を軽く整えた後、キッと俺の方を睨みつけ文句を垂れる。
『アノ野郎ッ、普通ノ魔法士ジャネェッ!!タダ喰ッテクルダケノ任務ダト思ッテイタガ、違ジャネェカッ!!』
「……」
『ソモソモ、成長シキッタバカリノ俺ニ向カワセタノガ間違イダッタンダッ!!コレハオマエノミスデモアルンダカラナ、ラプセスッ!』
「確かに、そうかもな」
文句を垂れるだけでは飽き足らず、この俺の罵倒まで始めた蟲に対し、静かに頷きを返す。感情に身を任せて行動するのは、いけない。決して怒りは表に出さず、極めて冷静に対応する。
「生まれたてのお前にこの任務を任せ、最低限のサポートしかすることがなかった俺の責任でもある。全く、俺もまだまだ未熟だ」
手帳を開き、頁を捲る。そして一つの紫に発光する魔法陣の描かれた頁を手にし──一息に破り捨てた。途端──。
『ガ──』
蟲の胴体に大きな亀裂が入り、鮮血が吹き出した。その場に膝から崩れ落ち、ポタポタと血を地面に滴らせる。その呆然とした目には、疑問が浮かんでいた。
『ナ……ニヲ』
「今回のお前の失敗は、全て俺の責任だ。さっきも言ったが、生まれたてのお前に任せるべき案件じゃなかった」
見上げる蟲を見下ろし、破り捨てた頁の両端を摘む。
「だから、今度はこんな失敗をしないように、気をつけるよ。弱いお前を捨てて、新しい優秀な蟲を生み出してな」
『ラ──ラプセス、テメェェェェェェェッ!!』
ビリっと頁を破り捨てた瞬間、蟲の身体に大きな皹が入り、バラバラに砕け散った。飛び散り、頬に付着した血を拭って懐から双眼鏡を取り出す。
手間をかけて作った駒が一つ減ってしまったが、別に問題はないだろう。減った分は、また作ればいいだけのこと。そして、既に代わりの蟲は、あのバーの店主を苗床として生産済みだ!!
「その前に、まずは小僧の場所と状態を確認しなくてはな」
俺は無属性の視覚強化を使うことができない。遠くを見るには、こうして道具を使わなければならないのだ。二人が戦闘を行った箇所からここまでの距離、直線でおよそ1.5キーラ。十分に見ることができる距離だ。
あの穀潰し《ワーム》は負けてしまったとは言え、多少なりともダメージを負わせることができたはず。その状態を確認しておかなくては、蟲を向かわせることは──双眼鏡のレンズを覗き込み、俺は呼吸をすることも忘れて絶句した。
「な──ッ!!」
なぜならあの魔法士の小僧がこちらに剣の切っ先を向け、不敵に微笑んでいたのだから。
◇
「案内ご苦労。僕の魔力を付着させたあの生物は、無事に君の居場所を教えてくれた」
レイピアに魔力を走らせ、強化した視界に映る黒装束の男へ微笑みかける。双眼鏡を携えているし、多分あちらからも僕のことは見えているだろう。
先程放った光の弾は攻撃のそれではない。僕の魔力を切り離して奴の羽に付着させ、本体の居場所を割り出すための一手。逃さないと言ったのは、何もあの生物だけではない。あれを生み出した魔法士──ラプセスという本体の男も含まれている。今後、あの化け物を量産される可能性もあるわけだし、ここで息の根を止めておくのが得策だ。
「それに、気になることは大体聞き取ることができたし、推測もできた。尋問する必要はない」
迸る稲妻。
それは次第にレイピアの刀身へと収束し──
「この程度の距離──僕にとってはゼロに等しいよ」
──光速の槍と化し、視界の先にいる男の心臓を一瞬で貫いた。それはまるで、夜空を駆ける流星のように一瞬の輝きを放ち、消えていった。
男が吐血し、建物の屋上から地へと落下したのを確認し、屋敷の方角へと足を向ける。
今は、アリナさんに合流し──いや、その前に。
「ロイドさんに……伝えないと」
負傷し、疲れ切った身体に鞭を打ち、僕は夜の東都を走り出した。
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