二人手を携えて

 静まり返った森の中を、まばらに残されたボヤがぱちぱちと音を立てて燃えている。

 この程度なら自然に消えるか。レーヴェはどさりと地面に倒れ込んだ。


(……んだよ、このザマは)


 人目を憚り使用を制限してきたが、そのせいで感覚が鈍りかけている。たかがあれだけのイメージに時間を掛け過ぎ、死にかけた。ちっ、情けねぇ。


「だ、大丈夫ですの!?」


 と、ミィカが駆け寄ってくる。そう言う彼女も満身創痍に見えたが、そんな状態でもこちらを心配する姿に、こいつらしいな、と何となく思う。


「……おい小娘、初っ端の依頼から幸先悪すぎるぞ。お前が変なモンを引き寄せてるんじゃねぇだろうな」

「まぁ、言い掛かりも大概にしてくださいな。賞金首であるあなたの方が明らかにそういうのを引き寄せそう……じゃなくて、傷の事を心配してるんです、わたくしは!」

「得物に使った血は体内に〝戻した〟。治療は必要だろうが、死にはしねぇよ」


 ミィカがきょとんとした顔で首を傾げる。


「血を、戻す……? レーヴェさん、それは……」

「見ての通り、俺は血を自由に操る事が出来る。俺にしか扱えない、異端の術だ」


 言いながら、レーヴェは魔獣の血をたっぷり吸ったコートに手をかざす。と、見る見るうちに染み込んだ血がコートの表面に浮き上がり、レーヴェの掌の上に溜まっていく。コートはすっかり乾ききっていた。

 先程ごろつき達を狩ったのも、この術の応用だ。彼らが自分達の意志でレーヴェの返り血を浴びてくれるよう、敢えて挑発した。そして全身に染み付いたそれらを一瞬にして鋭利な〝刃〟へと変えて振動させ、ことごとく切り刻んだのだ。

 人質を取られている状況下で不意打ちを仕掛ける為とは言え、下手をすれば刺された際の激痛で気絶しかねなかった。半分バクチだ。二度とやりたくはない。


(結局、見せる事になっちまったか)


 正直、これをあまり人に見せたくはなかった。賞金首狩りに知られて対策を練られるのも面倒だし、何より明らかに〝外れた〟術式だから。


「す、凄いですわレーヴェさん!」


 と思いきや、淑女レディであるはずの小娘はその力を忌避する事もなく、ひどく興奮した様子で倒れたレーヴェの手を強く握りしめた。


「さっきソフィーネさんからちらっと聞いたのですが、あなたはギルド界隈で『不死身の剣士』と呼ばれる事もあるとか。もしかしなくてもその力によるものですわよね!」

「……ああ。俺はどれだけ傷を負っても、失血死する事はないからな。それを傍から見てたヤツが不死身だと思ったんだろうよ」

「なるほど! 先程の素晴らしい剣技と言い……ふふ、あなたを伴侶に選んだわたくしの目は正しかったですわね!」


 正しかったらしき目を輝かせ、そんな事を言う。つーか、まだ伴侶だなんだと言ってやがるのかこの小娘。


「素晴らしい剣技、ね」

「はい! わたくし感動いたしました!」

「そいつはどうも」


 複雑な気分だ。こいつ、適当に言ってるだけじゃねぇのか。

 でもまぁ、そうだな。


「……お前も、凄ぇよ」


 気が付けば、そんな本音を呟いていた。失言だった、と気付いた時には、ミィカは更に目を輝かせてこちらに顔を寄せて来る。


「そ、それはどういう意味ですかレーヴェさん! わたくし、今褒められました!?」

「うるせぇ……騒ぐな、傷に響くんだよ」


 世の中には褒められて成長する人間と、褒められて増長する人間がいる。こいつの場合はどちらとも言えないのだが……まぁ、仮にも魔獣と対峙して生き残ったのだ。少しくらいはいいか。


「それなりに役に立った、って意味だ。誇れよ、小娘。今晩だけで、お前の目標に大分近づけたかもしれねぇぜ?」

「はい、誇ります! ふふふ、わたくし、不死身の剣士さんに褒められましたわ……!」


 レーヴェは体を起こし、立ち上がった。失った血を体内に戻し循環させる事で、全身に体温が戻って来ている。動くには十分だ。


「魔獣の血は魔力が異常に含まれている。それをバカみてぇに吸い込んだこの辺り一帯は、環境が何かしら変化していくだろう。しばらく立ち入らないよう、農村の住民にも注意喚起を促しておく」

「あ、なるほど。それに村の方の後片付けもしなくてはいけませんわね」

「ふん、獣の死体だけなら村の連中に任せるところだが、さすがにごろつき共の掃除をさせるのは酷か。めんどくせぇ」

「そう言わずに。わたくしも頑張りますから!」

「死体の掃除を頑張る淑女レディサマがどこにいる」


 呆れて返すと、ミィカはぷくっと頬を膨らませた。


「もぉっ、またそういう事を。さぁ、行きましょう!」


 レーヴェの手を取るミィカ。小さな手は、柔らかく、温かかった。

 いつもなら振り払う所だが、疲れていたせいだろう。そんな気にはなれなかった。


「……ああ、行くか」


 月夜はそんな二人を優しく、静かに見下ろしていた。

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