闇夜の死闘

「おらぁっ!」


 魔獣の懐に潜り込み、裂帛の気合を込めて巨大な足を剣で薙ぐ。

 が、斬れない。正確に言えば、魔獣の表皮だけが斬れたのみで、その丸太のように分厚くて重たい筋肉に刃を跳ね返された。全身の傷がずぎりと軋む。

 魔獣は僅かに血が滴るその足をゆっくりと持ち上げ、


「っぅ……!」


 振り下ろす。動き自体はそこまで速くないが、その規格外の大きさゆえに圧迫感が尋常じゃない。寸前で反応して横に転がり、それをかわす。


(ちっ、この固さ……面倒だな)


 ひとまず魔獣の攻撃が届かない位置に退避し、思考を巡らせる。

 どこを狙えばいい? 生物である以上、眼球などは弱点たり得るはずだが、あの巨大な体躯の顔面を狙うのは容易い事ではない。

 最悪、奥の手を使うという選択肢もあるが。


「レーヴェさん! ここはわたくしにお任せを!」


 と、後ろに下がったレーヴェと入れ替わるようにミィカが前に出る。その指には魔力の光、呟くは奇跡を引き起こす魔の言霊。


「其は緋色の旋律、其は紅蓮の黄昏。我が敵に煉獄の鎮魂歌レクイエムを! 〝うねり狂う炎蛇シングリム〟!」


 巨大な炎の蛇が、木々の合間を縫うようにうねりながら魔獣目掛けて飛んでいく。それは程なくして魔獣に直撃、夜空を彩る派手な爆発が巻き起こった。

 爆風が周辺の木を薙ぎ倒し、枯葉や木片に引火して小火ボヤが起こる程だ。普通の獣ならば肉片すらも残らないだろう。そう、普通なら。


「……っ」


 闇に紛れて立ち上る黒煙が晴れていく。魔獣は、無傷の姿でそこにいた。

 燃え盛る炎を踏みしめるその姿は、さながら炎を我が物として纏っているかのようだ。威風堂々、という言葉が相応しい。


「ま、まだですわ!」


 すぐさま二発目の魔術を放つミィカ。だがやはり、魔獣は微動だにしない。

 だが、今度は見えた。炎の渦も、巻き起こった爆発も、魔獣の身体が纏う光の膜のようなものによって全て遮断されているのが。


「あれは……防御魔術ですの……!?」

「ふん、つくづく面倒な相手だな」


 〝魔〟術を使う〝獣〟。それが〝魔獣〟。

 そもそもの定義として魔獣は、大量の魔力を取り込んで変異した獣、だ。魔力を大量に備えている以上、魔術を使える個体が存在しても何ら不思議はない。

 この魔獣の場合、防御魔術に適した魔力の波長を持っているのだろう。加えて、刃をも弾き返す筋肉は強化魔術によって強化されている可能性が高い。

 異常発達した自身の体をより強固に仕立てあげる事で、攻守共に隙が無くなっている。シンプルゆえに、厄介な個体だ。


(さてどうす、っ……!?)


 対策を練ろうとしたその刹那。見計らったかのように魔獣はその巨体を軽々と宙に舞わせ、怪しく輝く月を背負いながらレーヴェ達を踏み潰しにかかる。

 辛くもミィカを抱えての回避に成功する。巨体が地を穿ち、地響きが木々を揺らし、巻き起こる衝撃波がボヤの火を掻き消す。

 が、終わらない。魔獣は着地するや否や、その爪を勢い良く振り抜いてきた。

 レーヴェは咄嗟に、抱えたミィカを放り投げるようにしてその場から遠ざけた。自身も上体を逸らして回避する。


「ぐっぅ……!」


 が、回避しきれない。爪の先が掠める程度だったが、爪の一つ一つが人間の腕のように太いのだ。右肩の根元を切り裂かれ、血が噴水のように派手に舞った。


「だめっ……レーヴェさん!」


 ミィカの声に、傷の痛みを気に掛ける暇すらない事を悟る。見上げるとそこには、巨大な魔獣の口。一思いに噛み砕かんと、一切の情け容赦なく噛みついてくる。

 避けられない。直感したレーヴェは、剣を杭代わりに魔獣の口の中に差し込んだ。何とか魔獣の口が閉じるのを阻めた……が、早くも剣が軋み始める。長くは、保たない。


「ちぃっ、調子乗ってんじゃねぇぞクソがぁっ!!」


 怨嗟の声に乗せて、目の前にある魔獣の赤い眼球を殴りつける。そこもある程度強化魔術で強化されていたのか、潰すには至らなかった。

 が、本能が危機を感じたのか、魔獣は攻撃を止めてレーヴェから距離を取る。ぱきぃ! と剣の砕ける音が微かに聞こえた。


「レーヴェさん! だいじょ……っ、血、血が……!」


 駆け寄ったミィカが、レーヴェの肩から流れ出る血の量に絶句する。


「……かなり深めに抉られたな、クソが」

「っ、い、一度退きましょう! 死んでは元も子もありませんわ!」

「ふん……仕方ねぇ、か」


 差し出された手を払いのけ、よろめきつつも立ち上がる。失血の影響か、体が重い。ぼたぼたと零れ落ちる血を見やり、ぎゅっと拳を握る。


「痛むでしょうが、あと少しだけ我慢してくださいな。まずは農村に戻って、魔獣が迫ってる事を皆さんに伝えて急いで避難してもらって」

「何を言ってる? 俺は退く気なんざさらさらねぇぞ」

「へ? いえ、あの、さっき仕方ないって……納得してくれたのでは……?」


 レーヴェと魔獣を交互に見やり、慌てふためくミィカ。レーヴェは口の端を歪めた。


「はっ……お前に奥の手を見せるのも仕方ねぇ、っつったんだよ!」


 右手を振り上げ、横に薙ぐ。腕を伝って流れ落ちる血がその勢いで大量に宙を舞い、


「え……血が……?」


 血の飛沫が、空中で静止する。さながら、時が止まったかのよう。

 そして、時は巻き戻る。

 宙に舞った血飛沫が、滴り落ちた血溜まりが、意志を持ったかのように動き出す。それらは全てレーヴェの右手へと吸い込まれていき、ある一つの形に収束する。

 顕現するは、赤の柄に、赤の刃。握りしめるは血潮の胎動。

 その名は、血刃晶ブラッディ。ぼぞぼぞと蠢くように波打つ赤き得物を、レーヴェは強く強く握りしめた。


「さぁて……きっちりぶち殺してやるぜ、クソ魔獣が!」


 弾かれたように走り出す。と、迫り来る血の刃を脅威に感じたのか、魔獣が脚を振るって迎撃してくる。レーヴェはその軌道を目で追いつつ、


さんの太刀……紫電しでん!」


 気合一閃。真一文字に放たれた赤き剣撃は、魔獣の丸太の如き脚を造作もなく両断、巨体から切り離した。宙を舞った脚がごとりと重々しく地面を揺らす。


「~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 雄叫びを上げる魔獣。好機だ。レーヴェは更に速度を上げ、魔獣の懐へ。

 狙うは魔獣にとっての心臓、魔核コアと呼ばれる臓器。この刃であれば、潰せる!


「あああっ!」


 魔獣の巨体に向かって跳躍しつつ、得物を振り下ろす。血の刃が胴体を深々と裂き、防御魔術ごと切り開かれた肉の分け目から鮮血のシャワーが降り注ぐ。

 またも苦痛にもだえる魔獣。得物を振り抜く腕に更に力を込めるべく、レーヴェは大きく息を吸い込み、


「ぐっぁ……!?」


 次の瞬間、背中に強い衝撃を受け、吸い込んだ息を全て吐き出していた。

 身体を吹き飛ばされ、木に激突したのだ。その直前、レーヴェは確かに見た。魔獣が纏っていた防御魔術の光が、一瞬だけ強く瞬いたのを。

 恐らく、魔獣が命の危機を感じて発動した強力な防御魔術により、異物として弾き飛ばされたのだろう。レーヴェは咳き込み、ふらりと立ち上がった。


(ちっ……仕留め損なった、か)


 魔核は魔獣の生命活動、そして魔術を制御する器官だと言われている。故に魔獣もそれを身体の一番深い場所、つまり中心部に隠している。

 ヤツが死んでない事、魔術を発動出来た事から考えるに、根本的に刃が魔核まで届いていなかったのだろう。扱いやすい〝長さ〟で創ったのが仇となったようだ。

 ならば、届くように〝創り直す〟まで。レーヴェは刃に意識を集中させ


「~~~~~~~~~~~!!」


 ようとした刹那、遠吠えがそれを乱す。脚を一本斬り落とされ、胴を切り裂かれても尚、魔獣の赤い瞳からは微塵も活力が失われていなかった。

 そして、勢いよく突進。三本の脚による不完全なその攻撃は、しかし人間一人を押し潰すには十分な速度と圧力を以て迫り来る。

 まさしく、肉弾。くそっ、避け切れるか……?


「やらせま、せんわっ……!」


 とその時、ミィカが眩い光を纏い、間に割り込んできた。未だかつてない程に巨大化した光を湛える指輪を突き出し、分厚い光の膜を前方に創り出す。

 そして、衝突。防御魔術は魔獣の肉弾を真正面から受け止めた。ぎゃりぎゃりぎゃり! 金属同士が衝突したかのような耳に痛い音が空高く響き渡る。


「っ……良く、分かりませんが! それなら、勝てるの、でしょう……!?」


 ミィカが息も絶え絶えといった様子で声を絞り出す。傍目には軽く攻撃を受け止めているように見えるが、術者にとってはそうではないようだ。


「わたくしの全、魔力で、防……早っ、くぅ……!」

「……ははっ」


 上出来だ、小娘。予想外の、そして期待以上の援軍を前に、笑みが浮かぶ。レーヴェは目を瞑り、刃に向けて意識を集中し直した。

 自身の血を刃へと変えた得物。故に、その刃は無尽蔵ではない。

 限られた量の血で、より長く、より細く、より薄く、そして何より鋭く!

 脳裏で固めたイメージを手元の刃に注ぎ込みつつ、ゆっくりと目を開く。


「……こんなもんか」


 より長く、より細く、より薄く、そして何より鋭く。人間の背丈の二倍以上はあろう、通常ではあり得ない長大な刃と化した得物を構え直す。


「行くぜ、小娘!」

「はいっ!」


 ミィカの声に応じて防御魔術の光が更に眩く輝き、光がその一瞬だけ肉弾を押し返した。レーヴェはよろめいた魔獣に突進、懐に潜り込む。


ろくの太刀、孤月こげつ


 突進の勢いそのままに、体の全筋肉を総動員して血刃晶を振り上げる。魔獣が回避行動に移ろうとするが、もう遅い。


「くたばれや、クソがぁっ!!」


 ぐしゅり、と強靭な筋肉を押し潰す感覚が手に伝わり、その後は呆気なかった。胴体を、首を、顔を。血の刃は魔獣を両断し、天を突き刺した。

 ついで、ぱきぃん、と乾いた音。魔核が砕けた音だ。二つに分かたれた魔獣の身体はぐらりと傾ぎ、轟音と共に倒れ伏した。

 闘いの終わりを告げるその音が響き渡る中、レーヴェは湯水のごとく溢れ出る魔獣の血から離れつつ、肩で息をしながらぼやく。


「……ったく。マジで、割りに合わねぇ、依頼だぜ……」

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