招かれざる客

 彼らの足跡を辿るのは至極簡単だった。何せ、大量の血がほとんど途切れる事なく続いているのだから。

 血を追って農村近くの森に足を踏み入れた二人は、足場の悪さに少し速度を緩めた。


「街から農村まで、俺達は確実に尾けられてなんざいなかった。って事は、この近くにヤツらの巣があるって事だ。大方、俺達が獣退治してる音を嗅ぎつけたんだろ」


 ごろつき達が稼ぎの悪い賞金首狩りなどにいそしんでいた事から察するに、ギルドで依頼を受ける事は稀だったのだろう。ならば、わざわざ街に居座る必要もない。

 宿代をケチって人里離れた場所を拠点にし、細々と毎日を食い繋いでいるような魔闘士崩れは、他にも何度か見た事がある。


「ああいう類は一部の分別を弁えたヤツを除いて、死なねぇとバカが治らねぇ猿ばっかだ。今回の事でそれが身に染みた」


 比喩じゃない。全身の痛みが、未だにじくじくと蝕んでくる。


「なら、纏めて叩き潰すのが世の為だ。……ははっ、どう潰してやろうかなぁ……!」

「れ、レーヴェさん? その、すごく悪い顔をしてますわよ?」


 とその時、二人は足を止めた。

 互いを制止したわけではない。さながら、魔境に迷いこんでしまったかのような感覚に襲われ、本能が勝手に足を止めたのだ。

 そしてすぐ、その感覚の正体を知る。


『~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!』

「ひぅっ……!」


 怯えた声を漏らし、レーヴェのコートを握りしめるミィカ。  

 遠吠え、だ。しかも、農村で聞いたそれとは比較にならないほど大きく、野太い。

 ミィカが怯えるのも無理はない。レーヴェもまた、その遠吠えを聞くだけで体が竦むような、そんな威圧感を感じていた。


「……へっ、先客がいたってか」


 遠吠えに交じって悲鳴が微かに聞こえる。どうやらその先客は、レーヴェの代わりにヤツらを叩き潰してくれているようだ。

 が、その獰猛な殺意は、男達を食い殺すだけで飽き足りるような生易しいものではないだろう。ミィカが意を決したように口を開く。


「い、行きますか……?」

「相手も見ずに逃げてる場合かよ。帰りたいなら」

「行きます! この程度の事に臆すわけには、いきません……!」


 歩みを再開したレーヴェ、後に続くミィカ。血の跡を辿り、遠吠えの出所を追って森を掻き分ける事数十秒。木々で阻まれていた視界が、にわかに開けた。

 一つの小屋があった。旅人小屋のようだが、壁にツタが這っていたり、あちこち修繕された跡があったりと、かなり見栄えが悪い。

 随分前に放棄された小屋のようだ。ヤツらはここを再利用して巣にしているのだろう。


「ぎゃあぁぁぁぁ!」


 その寂れた小屋が、一つの悲鳴と共に、傾き始める。

 鈍い音を立てながらゆっくりと、しかし確実に崩れていく小屋。その後ろから、巨大なシルエットが現れた。

 それは犬のような、狼のような形をしていた。先ほど農村で狩り尽くした獣と酷似しているが、その大きさだけが数十倍レベルで違っている。

 獣としては明らかに規格外な巨体。その真っ赤な瞳がぎょろついている少し下。

 巨大な口が、人間を咥えている。先程逃げ出した男の一人だ。

 男が、こちらを見る。口を動かす。藁にも縋るかのように、懇願するように。


「た、頼むっ! 助け」


 ぐしゅり、と。まるで枯葉を握り潰すかのように無造作に、そして何の抵抗もなく男の体はひしゃげて砕け、獣の口から零れ落ちた。


「……外道の末路とは言え、哀れですわね」


 どちゃ、と重々しく地面に落ちた肉の塊から目を逸らし、ミィカがぽつりと言う。  

 辺りには血と肉が幾つも転がっていた。小屋の倒壊が加速して轟音と共に木片へと変わり、月明かりに照らされた獣の全貌が明らかになっていく。


「……魔獣、か」


 どのような変異を遂げた魔獣であれ、魔力に汚染された証として瞳が血のように赤く染まる。紅玉ルビーの如き美しさすら備えたその赤は、一度見れば忘れようがない。

 そしてこいつは、極端な巨大化、という単純で、それ故に厄介な特徴を備えた魔獣のようだ。レーヴェは身構えつつ舌打ちを漏らす。


「仲間を……いや、手下を殺されて大層ご立腹みてぇだ。俺達が退けば、間違いなく獣の殺された場所、つまりあの農村に向かう。分かるな? 小娘」

「……絶対に退けない、ですわね。村を救うどころか、滅ぼしかねません」

「こいつらがここにいたおかげで、村に辿り着くまでの時間を稼げたみてぇだな」


 最後にちったぁ人様の役に立ったか。レーヴェは魔獣を見上げる。


「こいつを狩って、ようやく依頼は完了って事か。あの報酬でこのレベルの魔獣の相手をするなんざ、割りに合わねぇどころの騒ぎじゃねぇが」

「しょうがないでしょう。それよりレーヴェさん、先ほどの傷は大丈夫なのですか?」

「うるせぇ、俺はそう簡単には死ねねぇよ。お前こそ、やれんのかよ?」


 剣を抜き放ち、こちらを獲物と認識したらしき巨大な獣と対峙する。その横に並び、ミィカは鼻息荒く宣言する。


「はい! このミィカ・ユリリィ、魔獣などに後れを取っている場合ではありません。見事狩って見せましょう!」

「威勢は良いみてぇだが、威勢だけならマジで死ぬぞ」

「ぅ……さ、さぁ、援護はお任せください。共に、狩りましょう!」

「ふん、行くぞ!」


 血に濡れた地面を強く蹴り、レーヴェは全速力で突進する。その挑戦者を歓迎するかのように、あるいは憐れむかのように、魔獣が一つ吠えた。

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