闇満ちる狩場

「ほい、とうちゃ~く」


 そう言ってソフィーネが足を止めた時には、すっかり日が落ちて夜の帳が下りていた。


 目前に広がるそこは農村……のはずだが、とてもそうは見えない。村の入り口にある篝火を除いて、明かりと呼べるものが何一つとして見当たらないのだ。

 まばらに並ぶ藁葺きの家々にも明かりは灯っておらず、ひっそりと静まり返っている。いくら貧しい生活をしている農村と言えど、普通はもう少し生活感が漂っているはず。


 端的に言って、不気味だ。


「一度言ったと思うけど、住人は夜になったら絶対に家を出ないと決めてる。例え、依頼を受けた人間が来ようと、そいつが獣に喰われようと、何があろうとね」

「忠告のつもりか? それならそっちの小娘に言え」

「心配無用ですわ! ぎったぎたにやっつけて、農村の平穏を取り戻してみせます!」


 ミィカが溢れんばかりのやる気を魔力の光に変えて拳を握りしめる。少し空回っているが、まぁこいつはこれくらいで丁度いい気もする。

 死ぬ気で食え、とは言ったが、まさか自分の倍近い量を食べるとは思わなかった。同席してたソフィーネもなんだかんだ食べるものだから、自分が少食なのではという錯覚に襲われた程だ。


 それはさておき、準備は万端だ。あとは、いつ獣が襲ってきてもいいように集中を切らさず待ち構えるのみ。

 と、最低限の説明を終えたソフィーネがおどけるように肩をそびやかす。


「にゃは、やる気十分で何より。それじゃ、吉報お待ちしてま~す」

「ああ」


 じゃあね~、と呑気に笑いながら踵を返した彼女の後ろ姿が、赤茶色の髪を踊らせながら宵闇の奥へと融けて消えていく。篝火の炎がぱちぱちと火の粉を散らす音、たまに吹く風の音だけが後に残された。


「あの……ソフィーネさん、お一人で大丈夫でしょうか?」

「あいつこそこんなところでくたばるヤツじゃねぇよ」


 それより、とレーヴェは農村の中に足を踏み入れる。


「準備するぞ。農村全体、特に作物を一望しやすい場所で待ち伏せる」

「分かりました」


 レーヴェは神経を研ぎ澄ませつつ、慎重に歩みを進めた。辺りに獣の気配はまだ無いが、油断はできない。彼らもまた、野生を生きる狩人なのだから。


「……さて、そろそろ頃合いでしょうか。はい、レーヴェさん」


 と、その集中を乱すかのように声が掛けられる。少しだけ、イラっとした。


「んだよ」

「お夜食ですわ。ただ待つだけでもお腹は減るでしょう? それを見越して食堂の方に頼んでおいたのです」


 見やると、ミィカの両手よりも少し大きい容器に入った肉の塊が目に飛び込んでくる。街の屋台で買った串焼きと同じか、それ以上に肉厚でボリュームのある肉だ。

 そういや、食堂でごちゃごちゃ話してたな。街からこの農村まで徒歩で十数分程度。その間寒風に晒され続けた串焼きはすっかり冷めきって……ん?


「おい、湯気出てんぞ」


 紛れもなく、湯気だ。香ばしい匂いと熱気を迸らせるそれは、焼き立てのそれと何ら遜色なく見える。


「ふふん。こんな事もあろうかと、少し前からわたくしの魔術で温めていたのです! 魔術の応用の練習にもなりますし、一石二鳥ですわね!」


 得意げに言うミィカ。何故だろうか、無性にぶん殴りたくなる。


「ほら、レーヴェさん。早く取って下さい。そろそろ危ない気がしますので」


 危ない……? 訳の分からない表現だったが、わりと真剣な口調だったので言われた通りに串を掴む。

 ミィカもまた自分の串を取る……や否や、容器がごうと燃え始めた。急な発火に少し仰け反ってしまう。


「あ、やっぱり……加減が甘いですわね。まだまだですわ」


 一方、そんな事を呑気に言って容器を捨てるミィカ。あっという間に燃え尽きたそれを横目に、レーヴェは肩をそびやかした。


「……淑女サマは随分とやる事が派手だなおい」

「淑女の食事の前には些細な問題ですわ。さ、早く場所を決めて頂きましょう?」


 ミィカの言う〝淑女レディ〟の定義が少し分からなくなって来たレーヴェだった。

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