良く言えばお得意様、ぶっちゃけ腐れ縁

 それは酒場、だった。

 さほど大きな店ではないが、酒場の外に置かれた席にも人が犇めいていて、その盛況ぶりが窺える。まだ昼間だが、料理だけでなく酒を飲んでいる者も多い。

 そして、その酒場に掲げられた看板。輪の中心を剣が貫いているような絵柄が、そこが魔術ギルドの勢力下にある店だと雄弁に物語っていた。


(……ああ、あの輪は魔術に必要になる指輪を表してんのか)


 魔闘士グラディエーターは剣と魔術を元手に今の地位を確立したようなものだ。今まで気にも掛けなかったが、ミィカの説明が頭に残っていたのか、自然に納得がいった。

 と、ミィカがピタリと足を止める。


「どうした小娘」

「いえ、これ以上近づくと危ないのかな、と。ギルドの賞金首がそこまで危険なモノじゃない事は分かりましたけど、さすがにギルドに乗り込むのはマズいでしょう? 魔闘士もたくさんいるでしょうし」

「ああ、うじゃうじゃいるぜ? 周り見てみろ。耳にピアスを付けてるヤツがいるな?」

「……はい、います。黒いピアスと、赤いピアスの人が」

「ピアスは魔術ギルド所属の魔闘士の証だ。赤は魔術を使えて、黒は使えねぇ。俺も昔は黒のピアスを付けてたが、賞金首になると同時に捨てた」


 右耳に残るピアスの痕を指さしながら、レーヴェは続けた。


「こんな街中でいきなり襲ってきたりはしねぇよ。いらねぇ心配すんな」

「あ、はい。分かりま……いえいえ、ですから! 結局依頼はどうやって受けるんです? ギルドでしか依頼は受けられないはずですわよね?」

「それは」

「い~やっほ~~~ぅ♪」

「っぃ……!」


 素っ頓狂な猫撫で声が背後から乱入。振り返ったレーヴェは、眼前に迫って来ていた拳を辛うじて受け止めた。


「甘いにゃ~?」


 が、相手は流れるように体を翻し、レーヴェに足払いを掛けてきた。不安定な体勢だったレーヴェは為すすべなく倒れ込んでしまう。

 そして追い打ち。馬乗りに動きを封じられてしまう。何事かと通行人達が好機の視線を向け、にわかに辺りがざわつき出す。


「にゃっはは。レーヴェ君ってば動きが鈍いぞぉ?」

「っ……あのなぁ、ソフィーネ」


 レーヴェは立ち上がる事を諦め、鋭く相手を睨み据えた。


 女、だった。長年の相棒の様にしっくりと着こなされた革製のジャケット、そしてダメージデニムのパンツと、少々ラフな装いだ。

 背中まで垂れた赤茶色の癖毛を掻き毟り、女――ソフィーネは人懐っこく笑う。素朴で不思議な魅力を持った笑みだが、レーヴェは彼女がその見た目とは裏腹に少々イカれている事を知っている。


「第一に、出会い頭に殴り掛かって来るとかどうかしてる。第二に、客相手に馬乗りになるとかどうかしてる。結論、どうかしてる」

「わっほぉい♪ どうかしてる系美少女のソフィーネちゃん、参! 上! だぜぃ?」

「いいからどけ、や!」


 封じられていない拳を振り上げるも、彼女は地面に手を突きつつアクロバティックに体を旋回させてそれを避けた。つれないにゃ~、と楽しそうに言うその姿に、相変わらずだなクソが、と本音が漏れた。


「あの……レーヴェさん? 思いっきり襲われましたけど?」


 と、ミィカが手を差し出しながらおずおずと言う。レーヴェはその小さな手を払いのけて自力で立ち上がる。


「こいつは魔闘士じゃねぇよ。魔闘士以上にイカれてるがな」

「にゃはっ、ご挨拶ぅ♪ っていうかぁ……?」


 ソフィーネの猫のような目がミィカをロックオン。身の危険を感じてか逃げを打とうつするミィカの肩を掴み、目線を合わせた。


「ありゃ? ありゃりゃ? レーヴェく~ん? 一人旅が寂しいからって、誘拐は良くないぞぉ?」

「誰がんな小娘を攫うか。それは依頼主だ」


 それ扱いですの!? と憤慨する声。どうでもいいがこいつ、小娘扱いに対しては何も言わなくなったな。


「へぇ、依頼主かぁ。お二人はどちらでお知り合いに?」

「昨日の夜だ。色々あってな」

「それはそれは」


 真正面からまじまじとミィカを観察するソフィーネ。全身を舐め回されるように見られて、ミィカは逃げ……ようとするも逃げられない。


「あぅ……な、何なんですのぉ……?」

「にゃはっ、ごめんごめん。えっと、お名前は?」

「み、ミィカ、ですけど」

「そっか。あたし、ソフィーネ。情報屋をやってて、レーヴェ君はお得意様なの」

「腐れ縁から巻き上げてるだけだろうが」

「でもレーヴェ君のお役に立ってるっしょ?」


 悪びれもせずに笑う。否定をしないあたり、何ともこいつらしい。


 ソフィーネはレーヴェと同じく旅をしながら、立ち寄った街で様々な情報を集めて生計を立てている。情報、と一言で言っても、彼女は金になりそうな事はとりあえず首を突っ込む主義らしく、便利屋と言った方が近いだろう。

 レーヴェは彼女との付き合いもそれなりに長く、足並みが揃う事があればこうやって同じ道筋を行く事が多かった。ソフィーネが先を行って様々な情報を集め、それを後から来たレーヴェが買い取るという持ちつ持たれつの関係だ。

 と、レーヴェとミィカを交互に見たソフィーネが悪戯っぽく笑う。


「ミィカちゃんってさぁ。パっと見、レーヴェ君と相性が悪いようで、けどなんか面白そうな事になりそう。にゃはっ、楽しみだにゃ~」

「ほざけ」


 嘆息交じりにレーヴェは空を見上げた。青い空に、ほんの少しだけ朱色が混じり始めている。

 日暮れが近づけば近づくほど、ギルドの魔闘士達がこの酒場に集まって来るだろう。その中に賞金首狩りを専業にしている物好きがいないとも限らない。

 ギルドの近くで情報を集めているであろう彼女を見つけ出す事が、ここに来た目的だった。もう用は無い。

 

「ったく、賞金首を無駄に目立たせやがって……仕事だ。場所を移すぜ」

「じゃ、あたしの泊まってる宿に行く? 結構ガラガラだったし余裕で泊まれるっしょ。……あ、レーヴェ君がど~してもって言うのなら、あたしと相部屋に」

「黙れ、案内しろ」 

「にゃはは、フラれた~」

「ちょ、お待ちなさいレーヴェさん!」


 あーうっせぇどいつもこいつも。小娘はまだしも、ソフィーネはわざと神経を逆撫でしてくるので余計にタチが悪い。

 鬱陶しい連れが一人増えた事に辟易しつつ、レーヴェは冷たい追い風に急かされるように歩き出した。

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