教えて、ミィカ先生!

「ではご説明しましょう! 

 魔術は大きく分けて基本魔術ベーシック応用魔術アレンジの二つがあります。ざっくりと分けてしまえば、基本魔術は魔力消費も少なく、魔術の才能があまりなくとも使えるので主に生活の中で用いられ、逆に応用魔術は闘いの中で真価を発揮します。

 大量の魔力を消費し、強力な力へと変えて敵を撃つのです。わたくしが昨日、あの失礼な人達にぶっ放したのも応用魔術ですわ」


「なるほど。つまりお前が手っ取り早く強くなるには、より強い応用魔術を覚えるのが近道なのか」

「間違ってはいませんが、そう簡単な話ではありませんわ。結論から言ってしまうと、『最強の魔術』というのは存在しませんので」

「へぇ……?」


 妙に断定的なその物言いに、依頼がどうこうじゃなく、純粋に興味が湧いた。ミィカはうーん、と唸りながら、拙く言葉を並べていく。


「そうですわね……えと、魔術には攻撃魔術バースト防御魔術シールド強化魔術エンチャントという三大魔術と称されるモノがあり、そこからもさらに多く枝分かれした魔術の体系があります。そして、それらの体系に対する適正は、魔術師一人一人で違います」

「当然だろうな。で?」

「魔術は魔力を言霊によって変異、変質させて行使するものです。魔術師の適性に合わせた言霊でないと、その応用魔術は真価を発揮しません。

 昨日、わたくしが使った炎の魔術ですが……どうせですから実践いたしますね」


 言うが早いか、意気揚々と指輪に光を纏わせる。昨日の夜闇の中とは違い眩い陽光に照らされていると言うのに、不思議と存在感のある白い光だ。

 そしてミィカは目を閉じ、何やらぶつぶつと呟き始める。魔術の詠唱、か。

 正直、レーヴェには理解できない言語だ。魔術の詠唱にはルーン文字とやらも多く用いるらしいので、恐らくそれだろう。 


「其は緋色の旋律、其は紅蓮の黄昏。我が敵に煉獄の鎮魂歌レクイエムを」


 と、ようやく解読出来る言葉が混じる。朗々と詠唱を続ける彼女の横顔からは、先ほどまでの天真爛漫さが抜け落ちていた。極度の集中状態である事が見て取れる。


(へぇ……腐っても魔術師ってとこか。大した集中力だ)


 あとはこの集中状態から紡がれる魔術の威力だが……ってちょっと待て。


「おい小娘、止めろ!」


 慌てて制止しようとするが、彼女の耳には全く届いていないらしい。長々と紡いだ詠唱の果てに、その氷の彫刻のような美貌がかっと目を見開いた。


「顕現するはうねり狂う炎蛇ダンシング クリムゾン……〝シングリム〟!」

「うっお……!?」


 それは、大蛇の如き炎が紡ぐ渦。昨晩の炎とは比較にもならない、巨大な炎の奔流。

 指輪の纏う白い光を食い破るようにして生を受けた炎の大蛇は、好き放題に宙を泳いだ後に爆散、派手な爆発と爆音を残して跡形もなく消えた。

 昨日の旅人小屋程度であれば造作もなく消し炭に出来そうな威力だ。魔術は門外漢だが……かなりレベルの高い魔術である事は素人目にも明らかだ。


「いかがでしょうか、レーヴェさん!」


 得意げに、無い胸を逸らしながら言う。少しイラっとしたが、確かにこれは誇るのも無理はない。


「……まぁ、すげぇな。正直、驚いた」

「本当ですか!? 良かったです!」


 嬉しそうに飛び跳ねるミィカ。年相応と言えば年相応の振る舞いだが、どう見ても淑女には見えない。


(ふん……人間、見た目だけで測れるもんじゃねぇな)


 まぁ、魔術の才に恵まれている、というのは嬉しい誤算ではある。飛べない鳥と飛べる鳥に狩りを教え込むのは、後者の方が圧倒的に楽に決まっている。


「で、今のが応用魔術だって事だな?」


 いつまでも跳ね回られても鬱陶しい。話を元に戻すと、ミィカもようやく落ち着いたらしい。こほんと咳ばらいを一つ。


「こほん……はい、今のがわたくしの応用魔術、〝うねり狂う炎蛇シングリム〟ですわ。わりと高い威力を持つ攻撃魔術だとは思いますが、あくまで〝わたくしにとっては〟です」

「どういう意味だ」

「わたくしの魔力、適性に合わせて紡ぎあげた言霊であり、攻撃魔術だという事です。そうですわね……仮に『最強の魔術師』と呼ばれる人物がいたとして、その人が〝うねり狂う炎蛇シングリム〟を放ったとしても、今の威力を上回る事は絶対にありませんわ」

「お前の為だけに最適化された魔術だから、か。ふむ……」


 理屈は分かる。剣士が自分用に特注した剣と同じだ。

 手の大きさに合わせた柄の握り、立ち回りに合わせて厳選した刃の素材、体格に合わせて調整した刃渡りの長さ。それを一番使いこなせるのは、その剣士しかありえない。


「その特性上、応用魔術は専用魔術……スペシャル、とも呼ばれます。ですが、アレンジと呼ばれることの方が多いですわね」


 人差し指を立てて、どこか楽しそうに並び立てるミィカ。昨日から何度か思った事だが、何かしらを説明するのが好きなのだろうか。


「ですので、わたくしが新たな応用魔術を習得して強くなろうとするならば、時間を掛けて言霊を練り、私に合ったモノへと磨き上げていかなければなりません。現に今、私の持つ応用魔術は〝うねり狂う炎蛇シングリム〟だけです。先は長いですわ」

「確かに、付け焼刃の魔術なんざクソの役にも立たねぇわな」


 結局、ミィカの魔術得物は〝うねり狂う炎蛇シングリム〟ただ一つだと考えた方が良いという事だ。いくら強力な魔術と言えど、得物が一つだけというのは少々心もとないが……、

 思案を続けるレーヴェは、ふと視線を前にやった。と、街の方からあまり歓迎したくないモノが近づいている事に気づき、思わず溜息をついた。


「あの、何故溜息を? もしかして、わたくしの魔術に何か問題が? であれば遠慮なく言って欲しいのですけど」

「そうか、なら遠慮なく言おう。……お出迎えが来たぜ」


 へ? と呆けた声を漏らすミィカ。街の方を指さすと、遅れてそちらを見やる。

 簡素な鎧に身を包み、剣や槍を手に持った男数人が、血相を変えてこちらに向かってきていたのだ。佇まいからして、盗賊や野盗、それに獣、あとは滅多にない事だが魔獣。それらから街を護る自警団か何かだろう。


「? 何か、あったのでしょうか」

「呑気に言ってる場合か。お前のせいだ、小娘」


 ミィカの肩にポンと手を置く。彼女は分かりやすく狼狽した。


「えぇっ!? わ、わたくし何もしてませんし!」

「しただろうが。さっきの魔術だ。街のすぐ近くであんな爆発が起きたら色めき立ちもするだろ」


 もう少し早い段階で気付けていれば詠唱を中断させられていたかもしれないが……結果論だ。今言ってもしょうがない。


「これで不審者だと判断されれば街から締め出されるだろうな。だがまぁ、さっきので街に実害が出てはいないはずだ。咎めはないだろう。行って説明してこい」

「わ、分かりましたわ……うぅ、やり過ぎました」


 とてとてと自警団の男達の下へ向かうミィカ。何やら大袈裟なジェスチャーを交えながら説明を始める彼女をぼんやりと見やりながら、思う。


「これだけの魔術を以てしても仕留められない仇ってのは、何モンだ……?」


 自分よりも優れた魔術師。ミィカはそう言っていた。

 だが、このレベルよりも上の魔術など、レーヴェは数えるほどしか見た事がない。そのいずれも特別な肩書きを持つ優れた魔闘士だったが……、


(この依頼、長引きそうだな)


 もう一度、特大の溜息が漏れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます