二人の旅路

 魔術を扱うには魔力が必要で、これは人間が自ら生み出す事は決して出来ません。あくまで大気中に漂う魔力を指輪を介して取り込み、制御しているだけです。

 アランシア地方にはその魔力が豊富にあり、故にこそ魔術がここまで発達したのです。けれど、逆に言えばいくら魔術の才に恵まれようとも、アランシアの地を出れば満足に魔術を行使できなくなります。

 魔術具なども含めて人々の生活に浸透し、必要不可欠なモノとなっている魔術ですが、そもそもアランシアの地でしか真価を発揮できない技術なのです。


 その技術は確かに利便性が高く、特に〝外〟の人間の目には魅力的に映るようです。ある者は生活の安定を求め、ある者は何らかの商機を見出し、そしてまたある者は単純な好奇心で。近年になってレムディプスは勿論の事、アランシア地方全体の人口も増加の一途を辿っています。

 人が増えれば活気が生まれ、地域の発展を促します。これらはもちろん歓迎すべき事ですが、懸念すべき点も山ほどあります。

 例えば、魔獣の襲撃による被害の増加。魔獣は過剰な魔力によって凶暴化した獣なので、他地方で目にする事は極めて稀です。危機意識がまだ身についていない移民達が彼らと出くわすのは、非常に危険であると言わざるを得ません。

 加えて、食料と水の魔力汚染による不足も深刻な問題です。どちらも人間に不可欠ですが、それら全ての魔力汚染を浄化するのも現実的に難しく


「ってレーヴェさん、ちゃんと聞いてますの!?」


 教会の修道女シスターがする説教のように平板だった声が、唐突に人間味を帯びた。甲高く、そしてうるさい。レーヴェはポリポリと耳の裏を掻く。


「聞いてねぇ」

「何でですか! 魔術の事を教えてくれと言ってきたのはあなたでしょうに!」

「俺は魔術の仕組みや術式について訊いたんだ。政治背景には興味ない、全くな」

「むぅ、政治学はとっても為になりますのにぃ……」


 前を歩いていたミィカは小さく息を吐き、歩く速度を速めてこちらに揃える。


(ちっ……淑女とか言う割に小煩い小娘だぜ。鬱陶しい)


 だが、慣れるしかない。しばらくの間、この状況が続くのだから。


 あの後、レーヴェが作った夕食を二人で平らげた。ミィカ曰く『味付けがまだ洗練されていませんわね』。ムカついたので指で額を軽く弾いてやったら、ちょっと涙目になった。

 そしてすぐに眠り、近くの街に向けて早朝から歩き通しだ。整備された街道なので歩きやすくて疲れにくく、街へと向かう荷馬車の轍も続いているので迷う方が難しい。正午を目前に控えた今、もう少しで辿り着ける距離まで来た。

 さて、くだらない政治の話を再開されてもたまらない。レーヴェは話題を変えた。


「小娘。俺はお前の依頼を正式に受けたわけだが、思えば契約内容をきっちり詰めてなかった。ここらで改めて整理するぞ」

「あ、はい。お願いしますわ」

「俺はお前を鍛える。魔術に関しては門外漢だから、その他の分野……例えば敵と戦う時の立ち回り、心構えとかだな。最終的な目標は、お前が母親の仇を討つ事。それでいいな?」

「ええ……大丈夫です」


 神妙な顔つきで言う。色々と思うところがあるのだろうが、こちらから触れるべきではないし、触れたくもない。


「だが、肝に銘じろ。俺が鍛えた結果、お前が強くなれるとは限らない。全てはお前の努力次第、あるいは才能次第だ」

「それも、大丈夫です。全てが予定通りに運ぶ、なんて考えはしていませんわ」

「上等」


 こいつがごろつきを簡単に追い払える程度の魔術を使える事は分かっているが、具体的にどれだけやれるかはまだ未知数。甘ったれた事をほざかないだけ十分だ。


「お前の標的ターゲットは主要三都市の一つ、アイレムにいるんだったな。なら当面はアイレムを目指しつつ、道中で金を稼ぎながら実戦経験を積む。獣退治の依頼辺りが妥当だな」

「獣、退治ですか……弱肉強食の世界とは言え、少し心が痛みますわね」

「お前な……」


 獣を殺す事をためらうヤツが人を殺せるのか。ただの獣と親の仇じゃ比較対象にもならないとは言え、だ。


「……まぁいい。お前の行き先がアイレムだってのは俺にとっても好都合だ。元から目指してた街だからな。手間が省ける」

「あら、そうでしたの?」

「レムディプスの主要三都市のどれかで金を稼ぐ予定だったんでな。ここから一番近いのがアイレムだっただけだ」

「良いところですわよ? 連日のように闘技場が大盛況で、遠くまで歓声が聞こえてきますし。何度か試合を見たこともありますが、凄かったですわ」


 確かに、アイレムは闘技場を観光名所にしている。何でも、魔術ギルド所属の魔闘士の育成も兼ねた、獣や魔獣との殺し合いらしい。ここが魔術の国、レムディプスだったからこそ生まれたモノと言える。

 血生臭いとはいえ、娯楽には違いない。観光名所としての人気と需要がある、それも分かる。だが、自称淑女だという15の小娘が闘技場を例に挙げて『良いところ』というのは、何かが間違っている気がしてならない。


「で、報酬だが。あの金貨はひとまず前金として受け取る。アイレムまでの旅費はこれで賄う。問題ないな?」

「はい。正式な報酬は、わたくしが目的を果たした時……掛かった日数を元に計算し、お支払いいたします」

「それでいい」


 報酬については、昨日のうちに少し話をしていたのであっさりと合意できた。昨晩、食事を済ませた後にミィカがこう言ったのだ。


『わたくしの目的が果たされればそれなりの金品が確保できるはずです。あなたの手助けでそれを為せた暁には、追加の報酬を纏めてお支払いします』


 つまり、ミィカの母親の仇を殺せない限りは正式な報酬も渡せないから、しっかりと契約を果たせ、という事だ。中々に理に適った条件の提示だろう。

 少しは交渉事に適性があるのか、それとも『あなたの伴侶になる』という必殺の(だと勝手に思い込んでいた)案を却下されて、自暴自棄やけくそ気味に提示しただけか。

 ……後者だろうな。『お荷物発言は絶対に撤回させますから!』とか息巻いてたし。


「よし、こんなとこだな。死ぬ気で強くなれよ、小娘」

「ええ、あなたが死ぬ気で鍛えてくれるのなら、ですけど。……さて、街までまだ距離がありますわね。レーヴェさんにもっと魔術の素晴らしさを知ってもらいたいですし、さっきの魔術のお話の続きをしましょう?」

「さっきのは政治学だろ、却下だ。だが、魔術の事で聞きたいと思ってた事を一つ思い出したぜ。昨日、ベーシックとアレンジ、とか言ったな。そいつは何だ?」


 恐らくそれは、魔術に関係ある言葉なのだろう。政治云々の話よりもよっぽどか有用な話だ。ミィカを鍛え上げる上でも、魔術の知識は少しでも欲しい。

 ミィカは政治学を語れないからか不満げだったが、頼むぜ先生、と下手に出てみたらころっと機嫌を良くした。純粋……いや、単純バカだな、ここまでくると。

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