交渉

「あ、はい……えと、報酬の相場が分からないのですけど……」

「まずはお前から提示しろ。そっから交渉だ」


 この依頼はつまるところ、『人殺しの手伝いをしてくれ』という事。イカれている依頼だとは思う。

 だが、依頼は本来ギルドで管理され、割り振られるモノ。レーヴェはそのギルドに賞金を懸けられている身なので当然それも出来ず、こういった非正規の依頼をこなして金を稼ぐ事が大半だ。

 路銀も乏しくなってきている。文字通り、死活問題となりかねない。


「えっと……ですね。じゃあ、これでどうでしょうか……?」


 自信無さげに懐から取り出したそれをチャラと置く。

 黄金の輝きを放つ硬貨だ。それが五枚。

 金貨五枚となると、大の大人が働いて稼ぐ金の約一ヶ月分といったところ。まぁ大金と言っていいだろう……が、


「足らねぇ」

「えぇ!? そ、そんな……」

「普通の依頼なら問題ない。が、今回の契約は〝お前が十分強くなるまで〟だろ。いつまで契約が続くかが定かじゃねぇからな」


 逆に言えば、あっという間に依頼を完了してしまう、という可能性もないわけではないが。情報が乏し過ぎて明確な報酬を決められる段階ではない、というのが正直なところだ。

 その意味では、金貨五枚というのはけして少なすぎるわけではない。むしろ、まっとうに報酬を支払う意志がある依頼主として、信頼に値する額だ。

 金貨五枚が提示された時点で、レーヴェはこの依頼を受けてもいい、と考えていた。


「他に何かねぇのか? 淑女サマよ」


 なので、これはちょっとした好奇心から吹っかけた、茶番の交渉に過ぎない。提示した額を蹴られ、この小娘がどう切り返すか。それを見ておきたかったのだ。

 せめて、大切な形見のペンダントを売ってでも足しにしてみせる、ぐらいの気概は見せて欲しいモノだ。まぁ実際に売るかどうかはさておき、アランシアを生き抜く上で多少の見栄とハッタリは重要だ。


「ど、どうしても、でしょうか……あの、実はこれが今のわたくしの全財産で」

「お涙頂戴の同情話はよそでやれ。つーか、今日出会ったばかりの賞金首相手に全財産をなげうつ気だったのか小娘」

「う、うぅ……」


 この世の終わりだとでも言いたげにがっくりと項垂れる。人死にを間近で見ても動じないくせに、いちいち反応が大袈裟な小娘だ。

 まぁ何となく分かっていたが……この小娘に交渉事は無理だな。


 外を見やる。最寄りの街まで、まだそれなりに距離がある。明朝早めにここを出ても、着くのは恐らく昼過ぎになるだろう。

 その報酬で問題ない、依頼を受けてやる。そう話を打ち切り、明日に備えて体を休めた方が良いか。


「……い、いいでしょう。わたくしにも、奥の手があります。これは出来れば使いたくなかったのですが」


 そんなレーヴェの思惑を破るように、あどけなくも重々しい、何かを決意したような声が耳朶を打つ。


「へぇ。他に何かあるのか?」

「ふふふ……とっておきのモノを差し上げます。か、覚悟なさい!」

「何の覚悟だ……、……?」


 と、彼女は立ち上がってレーヴェの前まで歩み寄り、自身の胸元にそっと手を置いた。てっきりペンダントを指しているのだと思って少し感心したレーヴェだったが、彼女の目を見やるにどうやらそうではないらしい。


「どういう事だ、小娘」

「み、見れば分かるでしょう!」

「分からねぇから訊いてるんだが」

「ぅ…………、わ、わたくしです!」


 ……わたくし? やはり意味が分からず口を噤むレーヴェに、ミィカは耳まで真っ赤に茹で上がった顔をこれでもかと近づけ、


「だから、差し上げるのはこのわたくしだと、そう言っているのです!!」


 叩きつけるように叫んだ。その声に驚いたか、窓の外で大量の鳥が飛び立つ羽音が響き渡った。


「……お前自身が報酬? 本気で言ってんのか、お前」


 驚いたな。まさか人身売買的な概念がこんな脳みそお花畑な小娘にあるとは。

 目を見開くレーヴェを見て、ミィカは勢いよく言葉を連ねる。


「その通りです! このわたくしが! あなたの伴侶……お、お嫁さんになって差し上げます!」

「…………は?」


 揺らめかないはずのランタンの魔術の炎が、大きく揺らいだように見えた。


 驚いたな。まさか〝依頼の報酬として嫁ぐ〟なんて発想がこの世に存在するとは。何故ペンダントという選択肢よりもそっちが先に出る。

 お花畑どころじゃねぇ。完全に頭おかしいぞこいつ。


 ミィカを見ると、今の発言を少し後悔しているのか目が泳いでいる。勢いだけで言ってしまったのだろう。


「はぁ……バカか、無駄な荷物になるだけだろうが」

「荷物!? 無駄!? 言うに事欠いてこのわたくしをお荷物扱いだなんて……!」


 実際そうなのだから仕方ない。嫁がせてたまるか。

 しかし、今ので彼女の闘志的なものに火を付けてしまったらしい。ミィカは身を乗り出し、矢継ぎ早に言葉を紡ぎ上げる。


「くぅぅ……こ、この際あなたの物言いは気にしません! さぁ、今すぐわたくしを伴侶に迎えるのです! そして依頼を」


 ぐぅぅぅぅぅ! 勢いよくまくし立てるミィカの声よりも大きく、間の抜けた音が、彼女の言葉を止めた。

 ミィカは一瞬固まっていたが、すぐにその音の出所である自分のお腹を見下ろし、またも赤面して俯く。レーヴェは思わず噴き出した。


「……ははははっ! そうだな、腹減ったな。俺もだ」

「違っ、これは、別に、あの……っ」

「分かったから座ってろ、淑女サマ」


 まったく、忙しないヤツだ。見てて飽きないが。


「話の続きは後だ。腹減ったままじゃろくな結論が出やしねぇしな」

「ぁ……あ、あの! わたくしも何かお手伝いを」

「必要ねぇ。これくらいは面倒見てやるよ」


 ついでに言えば、使用人メイド頼りの貴族の娘だとしたら料理の味に期待できない。

 食材となる獣はごろつき達に襲われる前に狩っているし、あとは適当に料理するだけなのでそう時間も掛からないだろう。


「え、あ……そ、そう、ですか……」


 立ち上がりかけたミィカは、ゆっくりと腰を落とした。が、すぐに怪訝な顔に。


「……やっぱり子ども扱いしてません?」

「さぁ、どうだかな。いいから座ってろ、依頼主サマ」

「むぅ、絶対バカにされてます……依頼、主? え? という事はやっぱり受けて……?」

「さぁ、どうだかな」


 むぅぅぅ、とミィカが不満げに唸る。こいつの扱い方が、少しだけ分かった気がした。良くも悪くも、こいつは純粋すぎる。

 足早に小屋の外に。降り注ぐ月の光を浴びながら、レーヴェは一つ嘆息する。


「さて……どうなる事やら」


 視界の端に映る、肉の塊と化しつつあるごろつきの成れの果て。その臭いに顔をしかめつつ、レーヴェは獣の調理に取り掛かるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます