賞金首と淑女

魔術の国、レムディプス

 その小屋は旅人小屋、と呼ばれる場所だった。その名の通り、旅人が利用する事を想定して設置されたモノだ。

 雨風をしのぎ、心ばかりの寝床と食事にありつける場所……とは言っても、寝具はボロボロ、料理器具はあっても食材は自力で調達しなければならないなど、あくまで最低限しか揃えられていないわけだが。

 他の旅人と共同で使う事もあるので、賞金首であるレーヴェは基本的にそれを利用しない事にしている。が、この旅人小屋に他の利用者がいない事は確認済みだ。訳アリらしきミィカの話を聞くにもうってつけだろう。


「こほっ、こほっ……ほ、埃っぽい、ですわね……?」


 遅れて小屋に入ったミィカは、とてとてと奥まで歩んで窓を開けた。

 冬を目前に控えて日に日に寒さが増している今、吹き込む寒風は埃っぽさを緩和してくれはするものの、体温をも急激に奪っていく。


「……おい、小娘。お前、その格好で寒くねぇのか?」


 厚手のロングコートを着込んでいる自分ですら寒いと言うのに、何故ぺらぺらのドレス一枚と申し訳程度の防寒具ストールしか着ていないこいつが平気そうな顔をしているのか。

 彼女は小さく首を傾げ、あぁ、と合点が言ったようにストールをつまんだ。


「これには色々とルーン加工がされているので、少しくらいの寒さは平気なんです」

「へぇ、便利なもんだな。まぁ、確かに話をしようってのにこの埃は鬱陶しい。ある程度マシになったら閉めろ」

「分かりましたわ」


 にこりと笑う。


(ふん、いちいち物言いがお上品なこったな)


 それに、ルーン文字。魔術に関係する話なのであまり詳しくはないが、それがとても便利な事はレーヴェも知っている。そしてそれが、庶民がおいそれと手を出せないくらいには高価な事も。

 やはり、貴族か。貴族が賞金首に何を依頼しようというのか。


「……えと、レーヴェさん……で良かったですわよね? さっきから、何をしてらっしゃるんですの?」


 と、とてとてとこちらに歩み寄るミィカ。レーヴェは手に持ったそれを彼女の前に掲げた。ランタン、だ。


「こいつ、普通のランタンじゃねぇのか。初めて見るタイプだが、どう使うんだ」

「これは魔力で火を付けるタイプですわね。少々お待ちを」


 そう言ってランタンに手を添えたミィカ。やがて、右手の中指に嵌められた指輪が光を放ち始める。

 そして次の瞬間、ランタンの中に透き通った赤色の炎が生まれ、小屋の中を淡く照らし出す。ふぅ、とミィカは細く息を吐いた。


「これでよろしいですか? レーヴェさん」

「……ああ」


 受け取ったランタンをテーブルにことりと置く。通常の炎と違い、中の炎は微塵も揺れる事なく、ただただ静かに燃え盛っていた。

 魔力によって発動する奇跡、〝魔術〟。その中には〝道具に魔力を注ぎ込んで道具自身に魔術を使わせる〟、魔術具と呼ばれるモノがある、という事は一応知っていた。まさしくこれがその魔術具なのだろう。


「レーヴェさん、魔術を……いえ、魔力を扱えませんの?」

「ああ、扱おうとした事すらない。その指輪で魔力を制御してるのか?」

「ええ。ですが、今みたいに少し魔力を注ぎ込むだけなら指輪は必要ありません。魔術などを扱う際に、大量の魔力を集める為のものですから」


 という事は、さっき指輪が纏った光が魔力そのものなのだろうか? 通常、魔力は目に見えないらしいが、指輪を介した場合には可視化される? 

 今までは縁遠くてまともに考えもしなかったが、興味深い技術だ。と、小屋の中をゆっくりと見回したミィカが白い息を吐いた。


「そもそもの話、ここはレムディプスですわよ? このくらい、子供でも知っている基本中の基本なはずですけど」

「……ほらよ」


 レーヴェは手にした剣をミィカの前に掲げた。


「抜け」

「へ? な、何故……」

「いいから抜け」


 有無を言わさぬ語調に、渋々剣の柄を握るミィカ。が、正しく力を加えられていないのか、刃を鞘から抜き放つ事すら覚束ない。


「はっ。この物騒なご時勢、剣の扱いすら知らねぇんだな、お前は」

「む……ぅぅ、わたくしが悪かったですわよぅ」


 小さく頬を膨らませ、剣から手を離して窓の外を見やるミィカ。夜に満ちているその視線の先には、先ほどの林と月明かりがあるばかりで、不気味な程に静まり返っている。


 魔術の国、レムディプス。魔術の生みの親、『魔術ギルド』の本部が居を構える国だ。

 アイレム、サンディ、イレアノプスの主要三都市、首都のラインハートなどで知られ、レムディプスという国名は三都市の名前の末尾を取ったと言われている。この小屋からであれば、アイレムが一番近い。

 旅をしていれば文化の違いに手間取る事はよくある事だが……たかがランタン相手に手も足も出ず、小娘の手を借りざるを得ないとは情けないにも程がある。


「まぁいいさ。俺の無学で手間を取らせた事にも変わりはない。悪かった」

「いえいえ、お役に立てたなら良かったですわ」


 満面の笑み。改めて見ると、あどけないながらも目鼻立ちが整った娘だ。

 黒く透き通った瞳と肩の辺りまで伸びた黒髪は、まるで瑪瑙オニキスのよう。ランタンの光を受けて鈍く煌めいている。

 シルクで拵えているモノであろう、滑らかな光沢を讃えたドレスが白を基調とした色合いなのもあり、余計にオニキスの黒がくっきりと映えていた。

 貴族的な優雅さも兼ね備えてはいるが、現時点では可愛らしいという表現が最も似つかわしい。このまま成人すれば、間違いなく美人と呼んで差支えない女となるだろうが。


「な、何ですの?」


 レーヴェの視線をどう捉えたのか、少し焦った様に言うミィカ。レーヴェはくつくつと肩を揺らした。


「いや、気にすんな。マジで物怖じしねぇ小娘だな、と思っただけだ」

「それはお褒めにあずかりどうも。ですがわたくしはもう15歳、淑女レディの仲間入りを終えています。小娘ではありません、けっして」


 どうにも小娘と呼ばれる事を嫌っているようだ。けれど、15歳の娘は十分小娘と呼んで差し支えないだろうに。

 だがまぁ、仮にも依頼主になるかもしれない相手なのだ。多少はその意に沿ってやるべきか。


「そいつは失礼、淑女レディサマ」

「……なんかバカにされた気がしますわ」

「気のせいだ。だが、いまどきの淑女ってのは困り事を解決する為にわざわざ賞金首なんかに依頼すんのか? 物好きなこった」

「それは……」

「そういやお前、俺があのごろつきを殺した時もほとんど動じてなかったな? お前が淑女なら、慌てふためき、何なら泣き喚いたりするもんじゃねぇのか?」


 少し意地の悪い聞き方になってしまったが、訊かねばなるまい。お前は一体何者なのか、と。

 仮に彼女が貴族だとして、考えられる可能性は何だ? 正直、平和な内容の依頼を持ち掛けられるとは思えないが。


「……あの程度で動揺しているようでしたら、わたくしにこの依頼をする資格なんてありませんわ」


 俯いて口を噤んでいたミィカが、暗い声音を紡ぐ。先程までの年相応の明るさがまるで感じられない、死んだ声。


「だってわたくしがあなたに依頼をするのは、ある人をこの手で殺す為、ですから」

「……へぇ」


 レーヴェをまっすぐ見据えたオニキスの瞳は一点の曇りもなく、鈍く輝いていた。

 やはり、厄介事のようだ……が、少しばかり興味が出た。脳みそお花畑な世間知らずの小娘かと思っていたが、決意を秘めたぞの眼差しは強く、鋭い。

 不退転の覚悟を以て何事かに臨もうとする輩は、そこまで嫌いじゃない。


「良いぜ、聞かせてみろ」


 口の端を吊り上げて見せると、ミィカは少しだけ笑い、窓を閉めつつゆっくりと語りだした。

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