淑女(自称)の提案

 喧騒が去り、穏やかな風が駆け抜ける林の中。辺りは元通りの薄暗い空間に戻っていた。

 季節は初冬。夜風は身を切る冷たさだ。今はまだ火照った体を冷やすのに丁度よく感じられるが、あっという間に肌寒くなるだろう。

 レーヴェは剣を鞘に仕舞い、近くにある小屋へと歩き出し、


「ちょ、ちょっとお待ちなさいな!」


 呼び止められた。ちっ、と一つ舌打ちが漏れる。


「んだよ」

「んだよ、じゃありませんわ! どうしたら今の状況でわたくしを無視しようだなんて思えるんですの!?」


 ハスキーな声でキンキンと喚き散らすミィカ。感情のままに言葉を垂れ流しているその様子は、小娘と呼んで何ら差し支えない。

 彼女を一瞥した後、レーヴェは視線を小屋の方に戻して歩みを再開する。


「俺は賞金首だ。関わっても何も良い事なんざねぇぞ、小娘」

「だからわたくしは小娘なんかじゃ……賞金、首? あなたが、ですの?」

「そうだ」


 背後から掛けられる声が、止んだ。正直、レーヴェにとっても彼女と関わり合いになりたくはなかったので、こちらの素性に少しでも怯んだのであれば都合が良い。


 とても旅装とは思えないドレス姿に、幼いながらも整った顔立ちや上品ぶった語り口など、もはや貴族の令嬢とでも考えた方がしっくりくる。素養の必要な力、〝魔術〟を扱っている事も含め、到底普通の少女とは思えない。

 極めつけはやはり、光の球の中からいきなりこの場に現れた事だ。あれも魔術によるものだとは思うが、察するにかなり高度な魔術のはず。


 以上を踏まえると、彼女は何かしら〝訳アリ〟なのだろう。お互いに回れ右をして、それぞれの抱える厄介事と向き合うのが利口な選択だ。同じく〝訳アリ〟なレーヴェはそう確信し、だからそれ以上振り返らない。


「お待ちくださいな!」


 だが、ミィカは喰らい付いてきた。レーヴェは、止まらない。


「待つ理由がねぇな」

「少しくらいお話をしてもいいじゃないですか!」

「お前と話して俺に何の得がある?」

「お金を!」


 レーヴェの目前に回り込んで、手を差し出すミィカ。その手には金貨が一枚、月明かりを受けて鈍く煌めいている。


「お金を、出します。あなたに、頼みたい事があるのです」

「へぇ。つまり、依頼って事か?」

「依頼……そう、ですわね。そういう事に、なりますわ」


 ミィカの声には、重みがあった。切迫した事情を抱えている人間が醸し出す、独特な重みだ。


「ふん、面白ぇ」


 こうなると、少し話が変わってくる。レーヴェは初めてミィカと相対し、くいと小屋の方を親指で指した。


「話ならあそこで聞く。行くぜ、小娘」

「だ・か・ら! わたくしはミィカという名前が……っ!」


 叫ぶミィカを置き去りに、レーヴェは歩き出した。





 アランシアという、〝呪われた地〟がある。

 世界各地で自然発生し、時に人々の生活に活用されている未知の存在、〝魔力〟。アランシアにはこの魔力が他と比べて過剰な程に満ちていて、それゆえに良くも悪くもこの地に住まう人々に多大な影響を及ぼしている。

 まるで糸が絡みついているかのごとく人々の暮らしに密着しているそれを、人々は畏敬の念を込めて〝呪い〟と呼んだのだ。



 四つ、ないしは五つの国から成るこのアランシア地方呪われた地には、呪われているからこそ生まれた三つの勢力がある。


 その特殊な環境の中で、人々の心の拠り所となっていた〝信仰〟。それによって大きな発言力を持つに至り、今では精神的のみならず政治的にも人々の生活の方向性を定めている組織、『セイルアミア教会』。


 魔力に汚染され過ぎた物は人間に悪影響を及ぼす為、教会が不完全ながらも行ってきた魔力の浄化。その中でも特に人々の生活に必要不可欠な〝水〟の浄化を教会に代わって請け負う事により、急速に影響力を増してきた一族、『水の巫女』。


 魔力による汚染を利用すべきものと捉え、濃密過ぎる魔力を用いる事で発動する奇跡、〝魔術〟の理論を構築。魔術を操る戦士、魔闘士グラディエーターを数多く擁し、人々の依頼に応えて各地で活動する団体、『魔術ギルド』。


 〝水と信仰と魔術〟によって保たれた均衡の中、人々は懸命にアランシアの地を生き抜いている。



 この地に張り巡らされた不可視の糸は、もはや血に染まり切っていた。赤黒く変色し、人間の、人外の、あらゆる血をなおも吸い上げながら、今日も呪いを振りまいている。

 そして青年は少女と出会った。それはアランシアの地に小さくも確かな波紋を生む。

 血塗られた絲ブラッディラインに手繰り寄せられ、紡がれゆく物語。その行く末など、二人はまだ知る由もない。

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