ブラッディライン ~血塗られた絲に引き寄せられた二人~

虹音 ゆいが

プロローグ

その出会い、かくも血生臭く

 鮮血が、舞った。


「がっ……うおぁぁっ!?」


 野太い悲鳴が夜陰を切り裂く。月明かりに照らされた赤い飛沫がそこかしこに飛び散り、土の地面に沁み込んでいく。

 黄色く色づいた葉に彩られた木が幾つも立ち並ぶ、とある林の一角だ。深々と裂けた肩口を手で押さえ、男は逃げるように一歩二歩と後ずさった。

 周囲に散っていた数人の男達が傷を負った男に走り寄る。いずれも筋骨隆々で、右耳から黒いピアスをぶら下げていた。 


「ぐぅぅぅ、痛ぇ……痛ぇよ……!」

「るっせぇな、喚くなや大の男が。その程度で賞金首狩りバウンティハンターを名乗るとは笑わせるぜ」


 肩口から鮮血を滴らせながら、大粒の涙をこぼす男。その呻きを掻き消す、暗がりからの落ち着き払った声。

 ざっ、ざっ、と落ち葉を踏みしめる音と共に現れたのは、一人の青年だ。


 男としては少し長めの黒髪が、精悍だが少し険のある人相を適度に隠している。暗色のシャツにパンツ、更に漆黒のコートを羽織ったその姿は、闇夜に融け込みつつも月明かりに炙り出されていた。

 右手で構えた剣を振り、男の肩を刺した時にこびり付いた血を払う青年。その何気ない所作にすら怯えの表情を見せた男達を睥睨し、青年は一つ息を吐く。


「こちとら晩メシ前でなぁ。いい加減飽きたし、回れ右して消えろクソ共」

「っ、ちぃ……腐れ賞金首の分際で!」


 そう。青年――レーヴェは賞金首だった。

 なので、こうしてどこの誰とも分からぬごろつき共に襲われる事は幾度となくあったし、慣れているので撃退も容易だ。適当にあしらってやれば勝手に逃げていく。

 いっそ全て返り討ちにしてしまえばつまらない禍根も断てるというものだが、レーヴェは殺さないように加減をしていた。それは勿論、彼らに慈悲を掛けてやったから……ではない。


「何度でも言う、メシ前なんだよ。てめぇらの汚ぇ血の臭いで飯をマズくされたくねぇんだわ。バカな脳みそでもそれくらいは分かってくれるよなぁ?」


 欠伸交じりにそんな事を言いながら、けれどレーヴェは剣をひゅんと振る。一歩二歩と足を踏み出し、中指をくいと動かして挑発した。


「けどまぁ、逃がしてやるっていうこっちの善意を踏みにじるってんなら、仕方ねぇわな。その脳みそごと叩き潰してやるよ、来な」

「うぅ……」


 レーヴェが放つ気迫に、ごろつき達は完全に呑まれていた。

 賞金首狩りバウンティハンターであるごろつき達が、哀れな賞金首獲物を狩る。本来あるべきその姿はどこにもなく、賞金首は哀れな狩人を見下ろしながら獰猛に笑んでいる。

 尻尾を巻いて逃げ出すか、誰一人として得をしない死を選ぶか。ごろつき達に残された選択肢はその二つだけ。


 二つだけ、のはずだった。


「……っ!?」

「な、何だぁ!?」


 レーヴェとごろつき達は、ほぼ同時に退いた。彼らの間に突如、光輝く球のようなモノが現れたからだ。

 夜の林を眩く照らし出したその光は、時を追うごとにどんどん強まっていき、


「痛っ! こ、ここは……?」


 光の中から産み落とされた何かが声を上げると同時、光は嘘のように霧散して消えた。


(この声……女、か……?)


 レーヴェの見立て通り、それは一人の女……いや、女の子、だった。


 月明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がる姿は、肩が露出している薄手のドレスの上にストールのような防寒着を羽織っていた。その横顔はあどけなく、小柄な肢体に似つかわしい。見たところ十代前半といったところか。

 闇の蔓延る林の真ん中にへたり込むその姿は、ドレス姿と相まって異質に過ぎた。レーヴェもごろつきも、咄嗟の事に体が動かない。


「え、えぇと……あの、すみません。一つお尋ねしたいのですが」


 と、少女がレーヴェに気付き、おずおずと声を掛ける。それが引き金となった。


「バカ野郎、呑気に突っ立ってんじゃねぇ小娘!」


 弾かれたように走り出したレーヴェは、少女の腕を掴んで強引に引き寄せる。その刹那、ごろつき達の剣が少女のいた場所を切り裂いた。


「へへっ、よく分からねぇがそいつに人質の価値くらいはある、って事だなぁ? 腐れ賞金首さんよ」

「ちっ……」


 この少女を助けてやる義理は、レーヴェにはない。どうやって現れたかすら分からない、まごう事なく初対面の相手なのだから。

 が、反射的に助けてしまった以上、今さら見捨てるのは寝覚めが悪い。


「どっから湧いて出たかは知らねぇが邪魔だ! 消えろ小娘!」

「……っ!」


 怒声を受け、少女は急いでレーヴェの後ろに下がった。彼女を護るように立ち、ごろつき達と相対する。


「ガキを狙え! 人質さえいればこっちの勝ちだ! へへっ、運が向いてきたぜぇ」

「ガキを盾にして勝利者気取りかぁ? ザコ共が!」


 あぁもうめんどくせぇ。メシがマズくなるが、仕方ない。

 レーヴェは剣を構え、向かってくるごろつきを見やる。どいつもこいつも素人同然の佇まいだ。血の海に沈めるのは造作もない。


「顕現せよ、〝シングリム〟!」


 とその時。夜闇を切り裂く朗々とした声と共に、林が赤く染まった。

 赤く燃え滾る炎で出来た蛇がごう! と、レーヴェの背後からごろつき達に襲い掛かったのだ。突然の事に、ごろつき達は転がるようにそれを避ける。炎蛇は林を駆け抜けた後、空中で爆散した。


「さっきから聞いていれば小娘だのガキだの……」


 彼女は一歩踏み出し、レーヴェの横に並んでいた。右手の中指に嵌めた指輪に眩い光を纏わせて。


「わたくしにはミィカ・ユリリィという名前があるのです! それをあんな侮辱的な呼び名ばかり……淑女レディに対して失礼ですわよ!」


 どうにもピントのずれた怒り方をしながら、声高々に言い放った。


「お、おい……今のってまさか」

「ああ……魔術だ。くそっ、こんなガキが……!」

「あら、またそうやって失礼な物言いをなさります? ご所望なら、何発でもお見舞いして差し上げますわよ?」


 そう言う少女――ミィカの声には、抑えきれない怒りが滲んでいる。顔も笑ってはいたが、ひくひくと額が引きつっていた。


「っ……人質にする前に丸焼きにされるなんざ、笑えねぇ。退くぞ!」


 ごろつきの1人がそう言うと、他のごろつきが頷いて撤退の姿勢を見せ始めた。こいつがリーダー格という事か。素人同然とは言え、最低限の統率は取れているらしい。

 退くのなら追う理由は無い。警戒だけは解かずにいると、ゆっくりと後ずさりを始めた男達は肩から血を垂れ流してうずくまっている男に手を差し伸べた。


「す、すまねぇ。とっととずらかろうぜ」

「ああ、そうだ……な!」


 と、手を差し伸べた男が、ふらふらと立ち上がった男の体を強か蹴り飛ばした。そのまま倒れ込んだ体が、レーヴェの目の前に放り出される。

 目を剥いた男は、痛む肩を押さえながら食って掛かった。


「な、何しやがるてめぇ!」

「役立たずが。最後の仕事だ、ちったぁ時間稼げや」


 そう吐き捨てたごろつき達は、夜闇に紛れて林の奥、街道の方へと走って消えて行った。


「いい仲間じゃねぇか。なぁ?」


 レーヴェが残された男に語り掛けると、可哀想なくらい肩を震わせた男は、引きつった愛想笑いを浮かべた。


「お、俺はもう、あんたに刃向う気はねぇ、ぜ? ままマジだ、本当だ! もう二度とあんたの前に姿を見せないと誓う! だから」

「そか。じゃあ親愛の証に、左手が隠し持ってるモンを俺に見せてくれよ?」


 にやりと口の端を歪めるレーヴェ。男の顔が月明かりよりも蒼白になっていく。


「はっ、見捨てられた哀れな子羊の分際で虎視眈々か?」

「い、いや、これは……っ」

「もしも俺がセイルアミア教の敬虔な信者だったら子羊を見逃してやったんだろうが、ご存じの通り俺は腐れ賞金首でなぁ……羊は殺す以外の選択肢を知らねぇんだわ」

「う、ぅぅ……うあぁぁぁぁアアアアアア!?」


 ぼろぼろと涙をこぼし、震える手でナイフを携え、レーヴェの首目掛けて刃を突き出す男。その無様な姿を冷ややかに見下しつつ、一閃。


「アアっ、…………ぁ」


 袈裟に奔った刃が男の胴体を深々と切り裂く。心臓を、そして命をも刈り取られた男は、かくんと糸の切れた人形のように倒れ伏した。

 それまでとは比較にならない、夥しい量の血が噴き出し、辺りに臭気が漂い始める。レーヴェはしかめ面を浮かべ、刃の血を払う。


「ふん……予定通りにメシがマズくなったぜ、クソが」


 こきこきと首を鳴らしながら、うざったそうに吐き捨てた。

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