東京ロンリー

陽子

トーキョー

一体西暦何年なのか。たぶん、22世紀だと思う。

100年も前、全世界が驚愕した政変があった日本は今、なかなかな惨状である。

いや、惨状だと思っているのは下町の連中だけだろうな、と矢島創流やしまつくるは思った。


100年前、民主主義が廃止された日本は事実上独裁国家になっていた。

首都・東京には100回建のビルが中央に建ち、そのてっぺんからこの国の"王様"が下々を見下ろしているのだ。

天皇制は廃止、内閣はあるもののほとんど機能せず、首相の北泉総理が牛耳っている。

外国人受け入れにより人口が急激に増加した日本では、建物は上に上にと伸びていった。人が集中する東京にいたっては、50階建は当たり前、人口密度は驚異の100パーセント超えである。

すると、高い階になればなるほど金持ちだという謎の決まりができた。いや、昔から高貴な金持ちは高いところに住みたがる、と創流は思う。

自然、下の方ーー1階や2階に住む連中と中ぐらいの階に住む連中、高い階に住む連中で分かりやすい格差ができる。上の階に住む連中は、1階や2階に住む人々を"下町の連中"といって蔑んでいた。


もう人間は、地上に降りなくても贅沢な暮らしができるようになった。タンドラと呼ばれる、昔で言うゴンドラのような形をした飛行する乗り物で建物と建物を行き来する。大きくて立派な商業施設は全部上にしかない。下町の人々は今にも潰れそうで衛生環境の悪い店で物を買うしかない。


東京ではなく、地方に行けば良いのに、と言う人がいるかもしれないけれど、下町の人々は地方に行くための旅費すらままならなかった。東京から出るには関所を通る必要があって、そこでバカ高い通行料を払わなくてはいけないのだ。


差別意識というのは、下の人間がいないと成り立たないものだ。北泉総理は、下町の人々が逃げられないように徹底している。

意地の悪いことだ、と創流は吸っていた煙草を地面に擦り付けた。


創流は、さてと立ち上がった。ボサボサに伸ばした髪が風に吹かれて視界を遮る。それを無造作にかきあげ、大股で歩き出した。


下町は、建物のパイプや梁がまるで迷路のように入り組んで縦横に走っている。下町の人々しか使わないマンションやビルの入り口は今にも倒壊しそうで、鉄パイプなどで支えてあった。


それらを器用に避けながら、人1人がやっと入る隙間を抜けていく。創流はある地点まで到達したところで、建物の壁に張り付くように付いているパイプやら室外機やらを掴んで、一気に3階まで上がった。


「よう、爺さん」


創流が声をかけつつ窓から身を滑り込ませると、中にいた老人が分厚い本から顔を上げて言った。

「おい、重要なことが分かったぞ。100年前はほとんどの人間が下町より良い生活を送っていたらしい」

それは前も言っていた、と指摘すると、老人は暫く目を瞑って、そうかもしれんと呟いた。

「それより、頼んだいたやつは」

促すと、鼻を鳴らして老人は言った。

「礼がなっとらん。やり直し」

吉五郎よしごろう様、頼んだものをどうぞくださいな」

良いだろう、とあっさり頷いて老人ーー吉五郎は立ち上がった。

創流はどかりと腰を下ろす。まるで自分の部屋のような気安さだ。創流はふと、自分の部屋のことを思い出した。半月ほど留守にしていたけれど、中の物は大丈夫だろうか。

暫く首を捻ったけれど、まぁいいか、と創流は考えるのをやめた。基本楽観的なのだ。


そのうちに吉五郎が戻ってきた。なぜか全身が埃まみれである。

「掃除してんのかよ」

「…はて、どうだったろう」

ぼけてやがる、と創流は悪態をついた。改めて見ると、創流がいるたった3畳間もかなり埃っぽい。慌てて窓を全開にした。

「とりあえずはできとるから良いだろう」

吉五郎は無造作に、抱えていた物を創流にずいっと突き出した。

創流は嬉しそうに笑った。笑うとこの男、かなり綺麗な顔立ちをしているのが分かる。しかしその形は完璧な風来坊である。


創流が受け取ったのは小型の銃だった。


「またこんなもの頼みおって、なにやっとんじゃ貴様は」

吉五郎が怠そうな口調で文句を言う。下町で、銃に使えるほどの金属を手に入れ、それを加工するなんてかなり難しいことなのだ。

ぼけちゃいるが腕は良い、と創流は上機嫌だ。懐からじゃりじゃり音がする袋を取り出して吉五郎に渡す。

「金はちゃんとある。文句はないだろう」

中身を確認した吉五郎は、こんな大金どうやって、と顔を顰めつつしっかり受け取る。

銃には弾丸が付いていない。それだけは創流が自分で作るのだ。火薬の扱いで創流の右に出る者は、ここら辺の下町ではいなかった。

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