EP.16 反抗期の娘を素直にする方法


 哲也さんと謎の個人面談を終えた俺は、恐る恐る咲愛也の部屋に戻る。

 扉を開けると、咲愛也はベッドの上で何故か体育座りをして待っていた。

 膝を抱えてゆらゆらと揺れ、手持地無沙汰だったと言わんばかりの表情だ。


 体育座りをしていいのは、丈の長い下を履いたときだけだと前も言っただろ?

 ショートパンツであんな恰好……あれじゃあ太腿の裏側とその下が丸見えだ。

 まさかの黒。狙っていたのか?


(あいつ……)


 俺の抗議の目線にも気づかず、頬をぷくっと膨らませる咲愛也。

 そして、開口一番――


「おそーい!みっちゃん遅いよ!」


 ぶぅたれた。


 俺は咲愛也の横に腰掛けてため息を吐く。


「そんなこと言ったって、哲也さんと少しお話してたんだから、しょうがないだろ?」


「えー!お父さん、みっちゃんを朝から独り占め、ずるい!」


「咲愛也はいつだって独り占めしてるだろ?文句言うなよ」


「そ、それはそうだけど……////」


 咲愛也はてれてれと頬を染めると膝を前後に揺らす。

 そして、俺にドヤ顔で向き直った。


「ねぇ、朝の『挨拶』、ほんとだったでしょ?」


「…………」


 ほんと、だった。


 咲愛也の眼差しが、ドヤ顔から期待に変わる。


「みっちゃんは~、どこにちゅーしてくれるのかなぁ~?」


 下から覗き込むようなイタズラっぽい笑み。

 俺は徐々に接近するその顔を押しのけた。


「あう。何するの。これからちゅーするのに」


「咲愛也。約束は約束だからキスしてもいい。するにはするが、俺からもひとつ条件がある」


「条件?」


 後出しの追加条件なんて飲む必要ないのに、そんなことに気づかない素直な咲愛也はきょとんと首を傾げる。

 俺は単刀直入に告げた。


「親御さんは、大事にしないとダメだぞ」


「えっ?」


「今朝哲也さんと話してわかったが、咲愛也が思ってる以上に、哲也さんは咲愛也を気にかけているようだ。心配させるのは良くない」


「ええ~……でもぉ……なんか恥ずかしいじゃん?」


「うそつけ。お母さんにはそんなことないくせに」


「うっ……」


「大体な、反抗期を理由に親に素っ気なく接するのはいただけないと思うぞ」


「そっけなく、ないよぉ……?」


 心当たりがあるのか、足の指をもぞつかせる咲愛也。バツが悪い時にする仕草だ。

 悪いが、いくら言葉で誤魔化したところで、幼馴染の俺にはバレバレだ。


「咲愛也だって、ほんとはわかってるんだろ?」


「うう……」


「哲也さんがこんなに朝早くから毎日会社に行くのは、誰の為かって。わからない咲愛也じゃないよな?」


「…………」


 諭すように声を掛けると、咲愛也はくわっと言い返してきた。


「みっちゃんだって!反抗期くらいあるでしょ!?うまいこと話す内容とかわかんなくて、ついつい避けちゃうこととか、優しくされ過ぎて、なんて返したらいいかわからないこととか無いの!?」


「無い」


 俺は、即答した。


「俺は反抗期したことは無い。悪いが、今言ったような咲愛也の気持ちはわからない。話す内容はいつも通り。優しくされればきちんと礼を返す。咲愛也と違って、おじさんが仕事に出かける際は必ず見送りに行って声を掛けるからな」


 そう告げると、咲愛也は呆れたようにため息を吐いた。


「そういえば、みっちゃんはファザコンだったね……」


「普通だ」


「いや、毎朝『いってらっしゃい♡』してる時点で十分ファザコンだから」


「おい、勝手に♡をつけるな。『いってらっしゃい』じゃなくて『気を付けて』の日もあるぞ」


「やっぱファザコンじゃん……いいなぁ、典ちゃん」


「だから違うって」


 それに、ウチの場合は朝の点呼というか、生存確認的な意味もある。

 朝起きて、お互いに精神状態が正常であるかを確認しつつ一緒に朝食をとる。その流れで仕事に送り出すというわけだ。おじさんによるメンタルチェック。幼い頃からの、一種の習慣。

 だが、小さな頃は『いってらっしゃい』でも『お仕事がんばって』でも、なにか一言声をかけることで『道貴は偉いねぇ?誰かさんとは大違い』と言って頭を撫でてもらえたので、それが嬉しくて毎日していたというのもある。


 だが、そんなこと言えば咲愛也にまた『可愛い』とか言ってバカにされるので、俺は口を噤む。幼い頃の話をすると、咲愛也は『可愛い』しか言わない語彙崩壊モンスターになるからな。


「で?大事にするのか?しないのか?」


「してるもん!言われなくても大事にしてるもん!」


「だったら口だけでなく、行動で示すことだ。はっきり言わないと人には伝わらないこともある。想いを秘めてばかりでは、いつかその想いが暴走するかもしれないぞ?」


「ええ~……大袈裟だよぉ。誰に聞いたの?その話」


「おじさん」


「ですよねー」


「…………」


(埒が明かない、か……)


 呆れたようにがっくりと肩を落とす咲愛也の顎を掴んで、顔を引き寄せる。

 不意の接近に驚いた咲愛也をそのままに、俺は口づけた。

 さっき見た、朝の『挨拶』を思い出しながら。


「――っ!?」


「…………」


 ――ぷはっ……


「――っ!?!?」


 あまりの状況の変化に、ついていけない咲愛也。

 少し照れ臭いのを隠しながら、俺は咲愛也を促した。


「そろそろ哲也さんがお仕事に行くんじゃないか?自分の言葉で、きちんと思っていることを伝えてこい。咲愛也もわかってるとは思うが、あんなに良い父親はそういないからな?」


 うちのおじさん以外。


「さぁ、行った行った。料金は前払いしただろう?」


 そう言って咲愛也の口元を指で拭うと、咲愛也は真っ赤になって怒りだす。


「ちょっと!拭わないでってばぁ!もう一回!」


「却下」


「ううう~!みっちゃんなんて!」


「キライ?」


「スキだよ!バカぁ!」


「哲也さんは?」


「スキだよ!バカぁ!!」


「ほら、やっぱり」


 部屋から哲也さんを見送りに行く咲愛也の背に、幼い頃の自分を重ねる。



(思ってることは、きちんと言わないとダメだぞ?)


『大事な人が、いつ手から零れ落ちてしまうか、誰にもわからないんだから……』


(俺にそう教えたのは、おじさんじゃなくて……母さんだったかな?)


「今日は、帰るかな……」


 俺は制服に着替えて、そそくさと帰宅の準備を整える。

 だって、このまま咲愛也の部屋にいたら、きっと生着替えを見せられるハメになるから。

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