EP.15 パパの幸せ
みっちゃんと一通り話し終えた俺は、寝室に入って戸を閉める。
そこには、ベッドでごろつきながら一部始終に聞き耳を立てていたと思われる咲夜と咲月がいた。
「哲也君おかえり~」
「ふふっ。私達のこと、結局聞かれなかったわね?」
「ああ、イチャついてたこと?」
「そうそう。気を利かせてくれたのかしら?」
「みっちゃん賢いもんね~?」
思いのほか楽しそうなふたりに、俺はため息を吐く。
「はぁ……ふたりして俺に丸投げして。こっちは内心ドキドキだったんだぞ?」
色んな意味でな?
咲夜は不意に立ち上がると、そんな俺に身を寄せて、背伸び気味に頭を撫でる。
「哲也君がんばりました!えらい、えらい!」
「俺は子どもじゃないんだから、そんなんじゃ――」
わしゃわしゃ。
「…………」
……案外悪くない。
なんかこう、甘やかされてる感がイイ。相変わらず、咲夜は人をダメにする天才だ。
思わずデレデレしていると、咲月が傍に寄ってきて声を掛けてくる。
「そろそろ行くんでしょ?背広とネクタイ、着付けようか?」
「ああ。ありがとう、咲月」
しっかり者の咲月も、こうして朝から励ましてくれる。
やっぱり、家族っていいな。
「よし、じゃあ行こうかな?ふたりとも、今日の予定は?」
「家で仕事~」
「私はフレックスの時短で昼前から夕方よ?」
「相変わらずホワイトだな~」
「ふふっ。けど、時短でも大丈夫なのは、こうして哲也君が頑張ってくれてるからね?」
咲月はそう言ってほっぺにキスをした。これは、感謝と『いってらっしゃい』のちゅーだ。いつされても、キスされたところから顔面が緩んで蕩けそうになる。
特にこんな、愛情に飢えた朝は。
その様子を見た咲夜も声をあげる。
「あー!わたしもするー!」
「はいはい」
「哲也君、いってらっしゃい?」
――ちゅ。
「いってきます」
俺はゆるゆるになった表情のままふたりにお返しのキスをして、玄関に足を運んだ。
いつものように靴を履いて支度していると、不意に廊下に面した部屋の扉が開く。
「ん?」
不思議に思って振り返ると、そこには寝間着姿の咲愛也が立っていた。
「咲愛也?こんな時間に起きるなんて、珍しいな?」
しかも今日はみっちゃんが来てるのに。
どういうことだ?俺に用が?
手を止めて様子を伺っていると、咲愛也は不意に近づいて、俺のスーツの裾を掴む。
「お父さん……」
狙いすました上目遣い。
(ははぁ、さてはお小遣い足りないんだな?)
狙われているとわかっていてもこの目には逆らえない。それが父親だ。
「ちょっと待って――」
鞄から財布を取りだそうとしていると、その動きを止めるように咲愛也はぎゅうっと抱き着いてきた。
「え――」
なにコレ?こんな……こんな甘え方されたのいつぶりだ?幼稚園?小学校?
てゆーか反抗期どこいったの?
ハイパー可愛くて思考が飛びそうなんだけど?むしろそれが狙い?
今日は諭吉さん一枚じゃ足りないのかな?
「さ、咲愛也?」
どうしたのかと問いかけると、咲愛也は恥ずかしそうにもぞもぞと口を開く。
「お父さん、いってらっしゃい……」
「え?」
あまりの事態に目を白黒させていると、咲愛也は立て続けに顔をすり寄せる。
「その……いつもお仕事がんばってくれて、ありがとう……」
(――っ!?)
「さ、咲愛也!?急にどうしたんだ!?」
(俺、明日死ぬの!?)
何か変なものでも食べたのかと、動転したまま娘の両肩を掴む。
「咲愛也?悩みがあるならお父さんに何でも言いなさい?困ったことでもあるのか?」
目線を合わせて覗き込むと、咲愛也はふるふると首を横に振る。
「そ、そういうのじゃなくて……あのね、お父さんのこと、もっと大事にしようかなって……思って……」
「――っ!?」
「い、今までだって大事にしてなかったわけじゃないのよ!?けど、最近はちょっと素っ気なかったかなって……」
「さ、咲愛也……」
(なんて……優しい子なんだ……!)
「あのね、私が楽しく学校に行けるのも、みっちゃんと遊べるのも、元を辿ればお父さんのおかげかなって……」
「なっ――」
ようやく!気づいてくれたのか!
「ごめんね、お父さん?寂しかったよね?素っ気なくして、ごめんね?」
「咲愛也!」
俺は、最愛の娘をぎゅーっと抱きしめた。
(あああ!娘と気持ちが通じ合うって、こんな素晴らしいことだったのか!)
俺は感動のあまり朝から涙しそうになった。
「咲愛也。パパ嬉しいよ、また咲愛也が優しくしてくれて。けど、どうして急に?」
問いかけると、咲愛也は照れ臭そうにうつむく。
「みっちゃんにね、言われたの。『親御さんは大事にしないとダメだぞ』って……」
(みっちゃんが、そんなことを……)
「『咲愛也が思ってる以上に、哲也さんは咲愛也を気にかけている。心配させたらダメだ』って。それに、『あんなに良い父親はそういない』って……」
(あああ!みっちゃん!今朝は糾弾するような真似をしてごめんな!許してくれ!疑った俺がバカだった!なんて!イイ子だよ!!)
俺は理解する。咲愛也が急にこんな真似してきたのは、たった今みっちゃんにそれを言われたからなのだろうと。
だが、きっかけはみっちゃんだったとしても、咲愛也の言葉は本心だった。
反抗期で照れ臭いにも関わらず、一生懸命探して口にしてくれた言葉。
それが、嬉しくてたまらない。
俺は改めて自分がいかに幸せ者かを、この瞬間に噛み締めた。
そして、決意した。今度ふたりに、何か奢ろうと。
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