自分の演技に溺れるほどに

あかいりんご

懐かしき夢を蘇らせて

 城田音葉しろたおとははまだ子供の頃、ミュージカルをする素晴らしさに惹かれていた。

 今ではもう、あの頃の熱心に取り組んでいる自分は想像出来ない。頑張って覚えた専門用語も忘れてしまった。

 けれど大人になった今、それは音葉の中に確かにある。

 ミュージカルに熱心に取り組んだことは、見えない音葉の力になっていると。

 あの時の音葉は、楽しかった。


 久留米姫香くるめひめかは、小学生時代の頃ミュージカルクラブのメンバーであった音葉の家に来た。姫香は東京で看護師の仕事をしていたが、偶然地元に帰ることがあったため、今尚この地にいる音葉の家に寄ったのだ。

「姫香、ひさしぶり! メイクもワンピースも似合ってるよ」

「ありがとう、音葉だって、随分変わったんだね。もちろんいい意味で」

「アハハ、ありがと。そういえば、後遺症とか大丈夫?」

「後遺症は心配してたけど、もう大丈夫でしょうってお医者さんは言ってたよ。激しいスポーツとかは、これからもあんまりしちゃダメなんだけどね」

 姫香は笑った。音葉は元気そうな姫香を見て、ホッとした。

「あ、そう言えば、お腹空いてない? 私今月ピンチで外食出来ないから、ちょっと買い出し行ってくる。折角来てくれて申し訳ないけど、少しだけ待っててくれる?」

「うん。なんなら私も行くけど」

「ううん、姫香は待ってて。東京暮らしの姫香には、こんな住宅街のスーパーは楽しくないでしょうから」

 音葉は慌ただしく鞄に財布だけを入れた。やがて扉を通して、鍵をかける音がする。

 シンと静まり返った部屋。

 姫香はスマホを開いて新規通知を確認するがどれも仕事関係で、返信する気にもなれず、その辺にあった段ボールを覗いた。音葉の部屋は個性的な色で埋め尽くされ、大人の姫香でも好奇心に溢れてしまう。


「ミュージカル日記?」


 辞典の文字を無くしたような、無駄に厚いノートを姫香は見つけた。表紙には「ミュージカル日記」の文字。開くと、いかにも子供の字でびっしりと文字が書かれていた。

「夢は、ミュージカル女優……?」


 姫香は懐かしいなと思いながら、昔の記憶が鮮明に蘇ってきた。そのノートは、音葉の気持ちがとても細かく書かれていた。

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