古きを訪ね新しきを知るためのたたかい

「……して、ターゲットの捕捉は可能か?」


「狙うのは極めて小さな的です。無事捉えることは容易では無いかと」


「ふむ。技術班の見解はどうだ?」


「はっ。いくつかのアプローチを検討しました」


 声の主はまとめられた書類を一枚一枚丹念にめくる。


「その1、長いストロー状の筒を使い液体をターゲットの近くへ運びます。

 これにより的中確率は格段に上がりますが……。液量が足りません。

 表面張力の影響で途中止まってしまいました。

 同じ理由でスライダー方式も却下です」


「ふむ、あくまでも所定の容器からの発射が前提だからな。他には?」


「その2、より幅広なガラス状の筒を下に向けることで風の抵抗を減らすことができます。しかしあくまでも自由落下であり途中でガラス面に接触し地上まで到達しないリスクもあります」


「なるほど。チャンスは一回しかない。より精度を高められるか検証を続けよ」


「その3、液体をカプセル状のものに包み空気銃を使ってターゲットを狙撃します。

 自由落下よりも軌道は安定しましたが……、威力がありすぎてターゲットを破壊してしまいました」


「相手は生き物だ、破壊しては意味がない。他は」


「データ班です。当日の気象情報は各省庁のリアルタイムデータを取得することで把握できます。何なら軍のコンピュータにハッキングをかけることも可能です」


「ふむ、万全を期して当日に臨みたい。妥協は禁物と思え」


「落下距離と空気抵抗から割り出した着地パターンは無限です。

 しかし幾つかの法則性を割り出すことには成功しました。極めて不確実ではありますが……」


 声の主の女はぱちん、っと書類を畳んだ。ぴんと立った耳は長く尖っている。


「最後は神頼み……か」


―― 数週間後、塔の周りは異形の群衆によって取り囲まれていた。


 非常階段の縁からその人垣を見下ろすのは白衣を着た美しき猫女。

 

 彼女の名はネコマタ。全世界の魑魅魍魎が集うこの学校が開学して以来の天才霊術師である。


「諸君、我々妖怪族は永きにわたり霊力に頼ってきた。

 近年霊力の高度化は凄まじく、極限にまで高められた技術の一部は長老衆によって独占され皮肉なことに妖怪全体の弱体化を招いた。

 この学園に所属する我が【古代諺実現可能性研究会】が古文書をもとに諺の再現に挑んできたのは妖怪復権への足掛かりに他ならない」


【ざわざわ……】


 魍魎たちは猫女の話を聞いてか聞かずか、喧騒は止むことが無い。


「相変わらずの体たらく……理性を失った者どもは己の欲望のみにしか生きぬか。

 その結果が妖怪の個体数を激減させ今まさに絶滅の危機に瀕しているというのに」


 猫女の居る塔を地上から見上げる一匹の妖怪。

 羽織袴を着た武骨な顔つきのその妖怪の名はムジナ。

 彼が良く通る声を発すると周囲は静まり返った。


「準備は整ったようだの。それでは改めてルールを説明しよう。

 我ら審議委員会が定める条件下において諺を証明した暁には晴れてこれを【ワールド・レコード】に認定する」


 ネコマタはその説明を聞いた後、懐から透明の瓶を取り出し答えた。


「……心得た」


 塔から地上に向けられたその瓶に魍魎達の視線が集まる。


【ゴクリ】


 緊張が高まった次の瞬間、その注ぎ口から一滴の雫がこぼれ落ちた。


「来た! 地上に落ちること無くターゲットに命中すれば我々研究会の勝ちだ」


 研究員の一人が呟いた。


「風は無い。いける!」


 だがその時、あれほど晴れていた空が一転して掻き曇った。


「はっ! 雫が」


「白い雲の背景と同化して雫が…み、見えないぞ!」


 ざわめく研究員たちを見てムジナはほくそ笑んだ。


「ふ……天の時などこんなもの。貴様らの思い通りに進むものか」


 しかしその時ネコマタは地上に蠢く一体の影の姿を確認していた。


「そんなことは承知の上よ。

 だが、はどうかな」


 その影は顔の中央にあるたった一つの目をかっと見開き、降下する水滴を視界に捕らえた。

 そして跳躍一番、地上スレスレのスライディングキャッチで自らの大きな眼球に見事受け止めてみせたのだ。


 しばらくの静寂の後、ムジナが旗を高く掲げる。


いにしえの諺【二階から目薬】、成功せし!」


【ウオオオオオ!】


 沸き起こる喝采と地響き。

 

「ただし!」


 ムジナの追い討ちに音がピタリと止む。


「この成功は並外れた視力を持ち、的となる眼球も大きいが居る場合に限られる。

諺審議委員会ワールド・レコード・オピニオン】の定める実施条件に抵触する恐れがある。

 よって参考記録扱いとする!」


「な、なんだって!」


【ドドオオオ!】


 狼狽する研究員。会場を包む喝采は怒号へ転じた。


 無言のまま塔の二階から踵を返したネコマタに一人の研究員が歩み寄る。


「会長、宜しいので?」


「……参考記録おおいに結構。

 我らの活動は先人の知を証明する為のもの。記録なんぞに興味はない」


諺審議委員会ワールド・レコード・オピニオン……。いずれ彼らとは決着をつけなければならないでしょうね」


「ふっ……、月は欠けた。

 いずれ時も満ちよう」


「次の諺は如何いたしましょう」


「そうだな、次は遥か東の海底で発掘されたという旧文明の古文書を読み解くとしよう。

 【猫に小判】、またしても厳しい戦いになりそうだニャ……」


「会長、古代猫語訛りが出ておりますぞ」


「ごっ、ごほんっ。

 ……毛玉でも喉に引っ掛かったのであろう」


 あやかし界隈では知らぬ者の無い都立妖怪高等学校ヨーカイ・アカデミーアに伝わる年に一度のイベント。

 それが古代諺実現可能性研究会コトワザケンキュウカイの研究発表大会なのである。


── おわり ──

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