終末農園と物語の実

 昨夜の僕は部屋で眠りについたはずだった。


「グッドモーニン。もう起きられては如何かな?」


「えっ…… あ、腰いたい……」


 ゴツゴツした地面に寝転んでいた僕に声をかけてきたのは白い髭をたくわえた老紳士だった。


「ようこそ、ここは農園だ」


「のうえん?」


「さよう。貴殿はここで永遠に暮らすことを望んだのではないか?」


 ……。

 そうだ、僕は先日、同じ居住コロニーに住む女性にフラれた。生活に意味を無くした僕はその日以来もう何日も部屋から出ていない。


 ここは夢の世界なんだろうか。

 案内されるまま僕は荒野を歩き続けた。老人は農園と言ったが植物はほとんど生えておらず、ただ殺伐とした景色が広がっている。


「昔は一面ジャングルのように作物が繁っていたものだ。新世紀になる遥か前の話だがね」


 老紳士は遠くを見て呟いた。


「この農園には人の思いが詰まった物語の実が生るんだ」


「物語の実?」


「水、太陽、土。この農園には全て整っているのに、ただ1つだけ足りないものがあってね。

 かつてそれが大量に出回ったため、作物は無限に成長し農園は膨張した。

 そしてある日一気に弾けた。

 その日に人間の世界で何が起こったのか私には分からないが、それからというもの作物は枯れ農園を訪れる者は激減した」


「あなたは?」


「私は農園で生まれた作物の一部。物語の登場人物さ。

 菓子職人だったがある時、農園の管理を任された。

 それからもう百年になる」


「さっき言った必要な物って?」


「人の内面に脈打つ【ハート】が作物には必須なのさ」


 老紳士が言った時、僕らは野原の一角にあるプラントに辿り着いた。


「さぁ、物語の実が生った。君が最初の読者だよ」


 背の高い樹木から枝がお辞儀をするように首をもたげ優しく果実を抱いていた。


「新世紀に入ってから2個目。すっかり創作のペースは減ってしまった。

 久しぶりの新作だ」


 熟れて割れた果実の中心に一人の幼い女の子が丸くなって横たわっている。


「君は」


 女の子は僕を見るとゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩き始めた。


「貴殿はこれからこの幼子とともに物語の世界を生きるのだ」


 女の子が口を開いた。


「……あなたの心を、ください」


「え?」


「かつて実は決められた規格の中でいかに大量に作るかを競ったものだ。その方が売れるからね。

 この実は少し型からは外れているな、しかし創作者の想いが通っているのは同じ。作物の味わいは千差万別だ」


「君の名前は?」


 僕が女の子に聞いた。


「ニコル」


「ニコル、いつか君に僕のハートをあげられたら良いな」


 その日から僕とニコルは此処で暮らすようになり、彼女は日に日に美しく成長していった。


「ね、今日も嬉しい事があったわ」


「よかったね。僕も嬉しいよ」


「今日は谷に出掛けましょう。星を探す冒険よ!」


「そうか。楽しみだ」


「ね、私のお話は今日でおしまい。……最後までありがとう」


「ニコル!」


「……es werde licht」


 ある日一言だけ残して彼女は消えていった。

 僕が心を捧げることができなかったせいだ、そのせいで彼女は短い一生を終えた。

 握りしめた手の甲に涙が落ちた。


 再び白髭の老紳士が現れて言った。


「……新しい作物が生るのにはまだ時間がかかりそうだよ。

 どうだい、君がそのつもりなら農園の管理人になってみては。ずっとこの世界で生きていける」


 僕は彼女との楽しかった日々を思い出した。


「いえ……僕は行かなくちゃならない」


 老紳士は静かに頷いた。


── 白けていく空。

 カーテンの隙間から漏れる陽光で目を覚ました僕は自宅の部屋にいた。


 埃をかぶったキーボードの前に座りディスプレイの電源を入れる。


「……今度は僕が実を育てる」


 それから数年、僕はただひたすら小説を書き続けた。失敗しては書き直しての繰り返し。やがて物語は多くの人々に読まれるようになった。


 僕は部屋を出て国中のパーティーに呼ばれ喝采と賛辞を浴びた。


 だが僕の欲しかった心はそこには無かった。


── その昔、この国の人間は滅びた。

 僕はその人間達によって作られた白磁の人形。


 恋愛も、家庭も、人工知能が作る疑似現実の中にしか存在しない。


 僕の本が読まれた理由はひとつ、今の世界から消えた、脈打つ心を追いかける物語だから。


 空虚な世界を眺めてニコルの言葉を思い出した。


es werde licht光よ、あれ


「あ、……あの!」


 ふいに声をかけてきた一体の人形。


「それ。私の物語の最後の言葉だわ」


 僕は振り向いてを見た。それからゆっくりと答えた。


「僕はずっと君を探していたんだ」


── おわり ──

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