小料理屋レピュニット

「……はい。まことに申し訳ありません……。明日すぐに善処します」


 誰もいない夜の9時、街灯が照らす道端でスマホを片手にお辞儀を繰り返すスーツ姿の男。


 長身の男は細身だが武骨な印象を会った人に抱かせる。常に顔をしかめ、何かに耐えるようにして会社に通勤する毎日を送っていた。


 彼の名は【片倉琥月かたくらこげつ】。

 歳は45歳、十数年前から独り身。今は会社の命令で九州の隅っこにある田舎町に転勤させられていた。


 車の免許を持たない彼は便の悪い路線バスに乗って今日も帰途につく。

 アパートは3DKで家賃も安いが、いかんせん一人で暮らすには広すぎた。

 バス停から家までちょっきり5分、だが今日は職場を出る時間が遅くいつもドラッグストアで買うはずの夕飯を買いそびれた。


「まったく……いつから俺はこうなっちまったんだか。

 昔は夢があった。幸せな家庭を築こうと努力もした。だが今は全て忘れ去ってしまった過去」


 それでも得意先からの依頼は次々と積み重なっていく。自分のノスタルジーなどに会社は構ってはくれない。


「ん……? こんなところに飲み屋なんてあったか?」


 いつもは電気が消えて寂しい裏路地に、珍しくネオンが光っていた。焼酎の銘柄が書かれた看板。


「こりょうりレピュニット」


 屋号なのだろうか、看板にそう書かれていた。


「ふん、たいした料理も無いだろうがコンビニのインスタントよりはましかもな」


 そう呟いて琥月は店の暖簾をくぐった。


【ピンポーン】


「あらあ。いらっしゃい」


 気の抜けたインターホンの音に追随して厨房の奥から女性の声がした。

 ぱたぱたと出てきたのは金髪の女性。黒のワンピースにひらひらした白いエプロンをつけている。

 通されたカウンターに座り、琥月は渡されたおしぼりで頬を拭いた。

 多少老朽化しているが清潔感のあるこじんまりとした店内だ。


「はい。こちらがお通しね」


 ことん、と置かれたのは小鉢に入ったホルモンの味噌煮込みだ。


「ふぅん、ママは海外の出身かい? 店の名前、れ、れ、れぴ」


 琥月は舌を噛みそうになる。


「うふふ。レピュニットっていうの。私の名前なのよ」


「へええ。日本語が上手だねえ」


 日本人離れした整った顔立ちに見とれていた琥月だが、再び眉間にしわをよせるとホルモンを箸でつまんだ。

 熱々の湯気から伝う、甘めの味噌の香り。待ちきれず口に放り込む。


「ふわっ! あつ、あつ」


 柔らかいホルモンの食感とピリリときいた一味唐辛子の辛味。夜風に冷えた体から一気に汗が吹き出る。


「ふうっ……。うまいな。ママ、瓶ビールをちょうだい」


「あら、忘れてたわ。私ったらおとぼけさんよね」


 琥月がビールが運ばれてくるのを待っていると、玄関からドタドタと男達の声と足音がした。


「ふう~。遠征帰りでクタクタだ。はやく飯が食いたい」


「レピュニットさん! 串焼き魚と酒を頼む!」


「はいはい。ちょっと待っててねえ」


 4人組の男はいずれも鎧を着込み、刀剣のようなものを携えていた。映画のエキストラか何かにしか思えない琥月だったが、瓶ビールを運んできたレピュニットの笑顔に思わず笑い返した。


「はい。今日も一日おつかれさま~」


 コップにビールを注ぐレピュニット。


「ありがと……ところでママ、あのお客さん達は?」


「ああ、ハイリゲンプロイス城下の軍隊の若手の兵士さん達よ。

 【惑星直列】があった年は戦争が起こるって言い伝えがあってね。

 隣国のマグナ・ブリストル共和国と緊張が高まってて遠方の国境警備にあたってるって話」


「あはあ……惑星……ハイリゲン……ね」


 琥月は試しに聞いてみた。


「で、戦争になったら……強いのかい? そのマグナ……」


「共和国。君主は一派独裁で強権的……魔法を使う恐ろしい国よ」


「う~ん……魔法ねえ……」


 複雑な面持ちの琥月にレピュニットはくすりと笑った。


「それよりアナタの顔、だいぶ疲れてるわ。今日はお任せでいいわよね?

 はい。うちのオススメ、洋風ポークステーキ。これ食べて待ってて。私は兵隊さんの分を焼かなきゃ」


 そう言ってレピュニットが置いていったのはよく温まった鉄板の上でジュージュー音をたてるサイコロ状の肉。


「おいおいママ、いくらなんでもこの歳で焼き肉はキツい……」


「好き嫌いしなーいの!」


「……」


 仕方なくフォークとナイフを手に持ち肉に切り込みを入れる。柔らかい感触で皿の上にほどけ、ソースとケチャップの匂いが香ばしい。

 ひときれ口に運んで咀嚼すると、豚肉の甘味が舌の上でひろがった。


「おお……、う、うまい」


 若い頃は肉を良く食べたが、最近はそんな感覚ともすっかり遠ざかっている。だがトマトの酸味も手伝ってフォークが進んだ。


「私ね、むかしっからお腹すかせてる人を見たら放っておけないのよ」


 日本酒を温めながらレピュニットが言う。


「なんだいそりゃあ。子供が相手なら分かるけど俺は見ての通りオジサンだぜ?」


「何言ってるの。疲れて心もお腹もペコペコのすっからかん、あなた今そんな顔してるの。自分で気づかない?」


「……」


 琥月は何も言い返せず、ホルモンの残りを掻きこんでビールをあおった。この店、レピュニットっていうママ、普通とはだいぶ違うようだ。

 だが俺は構わない。気兼ねがなくって逆に居心地が良いくらいだ。


「なんだか久しぶりだな、こうやってゆっくり飯を食うのは」


 若者達は食欲旺盛だがその分食べるペースも早い。やがて彼等は会計を済ませ、店の客は琥月一人になった。飲み物はビールからウィスキーに変わっている。


「まあまあ。あの子達ったら次の店に行くんだって。遠征帰りなのに元気だこと」


「ママはこの店は前からやってるのかい? あんまりこの街には詳しくなくてね」


「もともとは私、戦争で親を亡くした孤児だったの。

 子供のうちから傭兵として戦地を回ってね。女でも平等に、殺した数で報酬が決まるのはそこだけだった」


 琥月はレピュニットの顔を見た。元傭兵ってのはこんなにも優しい顔をしているもんなのだろうかと思った。


「それでも心はボロボロだった。少ない元手で開いた料理屋だったけど、客足はさっぱりでね」


 レピュニットはウィスキーの水割りを新たに作ると、置いてある琥月のコップに向けて乾杯した。


「そんな時にね、ふらっと玄関に入ってきた人がいたの。スーツ姿でね。ちょうどあなたみたいにしかめっ面だった」


「へえ~。俺みたいな奴がいたもんかねえ」


「あの人は優しかった。私に他の世界のレシピをたくさん教えてくれたの」


「へええ。で、どうなったんだい? その俺に似た二枚目は」


「……さあ、もうずっと店に訪れていない。きっとあの街と店との繋がりが消えちゃったのねえ……、きっと……忘れちゃってるのよ」


 そう言ってカウンターの上に陶器に盛られた何かを置いた。


 細く切って揚げたパンの先にたっぷりのチョコレートがコーティングされていた。


「こりぁあまた、オジサンには甘過ぎやしないか?」


「そお? あの人は大好きだったわよ? 国で採れるカカオ豆で作ってるけど、やっぱりの板チョコレートを溶かして使うのが一番よね」


 琥月はそれを手にとって一かけ食べた。ビターな風味とカリッとした歯触りが昔懐かしく思えた。


「……どうやら俺は変な世界に迷いこんじまったのかなあ?」


「迷いこんだ? ふふふ。本当はとっくの昔から迷子だったんじゃない?」


 琥月とレピュニットは目を見合わせて笑った。窓から差し込む月はいつかと同じで丸かった。



「……ただいま。レピュニット」



[完]



※ レピュニット=レプユニットとも言うそうです。意味は、1、11、111などの1だけで構成する自然数。

 文系人間には到底理解の及ばない言葉ですが、美しい配列、かつ素数➡壊れない数であるということで美しく強い女性の名前にしてみました。

 

 令和1年11月11日を記念して書いてみた短篇です。

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