ヨガ戦士BOOK・OFFへ行く

 戦士の週末はひとときの休息だ。


 厳しい修行を乗り越え、数多の強敵との苦闘を潜り抜けて、ヨガ戦士は自動ドアが開いた先にある煌々とした空間へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ、こんにちは~!」「いらっしゃいませ、こんにちは~!」「いらっしゃいませ、こんにちは~!」


 立て続けに刻むリズム、満面の笑顔とは裏腹のはち切れんばかりの声量。

 若かりし頃にヨガの全てを習得するために過ごした青春の修行場、【アシュラム寺院】を思い出す。


 そうか。店員たち彼らは今まさに修行の最中に居るのだ。ここ日本にもヨガの精神に通じる心身の鍛錬場がある。

 だからヨガ戦士はここ【BOOK・OFF】に惹かれ、足しげく通うのだ。


 三日間の断食を終えた清らかな体のままヨガ戦士はコミックコーナーへと赴く。

 書棚の並ぶ店内で皆が思い思いの姿勢で立ち読み、座り読みに興じている。

 まるで瞑想に向かうような陶酔のまなざし。そしてその多彩な立ち姿は宇宙の真理に近づこうとする人間の強い意志を感じずにはいられない。


 かく言う戦士にも目的がある。先週立ち読みをして衝撃を受けたグルメ少年の漫画。


 ヨガ戦士の主食ともいえる好物料理【カレー】にパイナップルを投入する驚異の革新性、主人公の少年の行いは彼の概念をいとも容易く打ち壊した。

 その後にネット配信サービスに申し込み、ヨガ戦士は断食の間、ひたすらその漫画のアニメ動画を見ていた。

 するとどうだ、登場する味皇という老人もまた高齢でありながら食後の恐るべき跳躍、さらに人力による飛行、人体発光、水上歩行などいずれも人間の域を超越した所業の数々を披露したではないか。


 ……この作品はやはり、宇宙の真理を感じさせる。


 だが、ここで誤算が生じた。

 先週は棚にあったはずの、目当ての全巻セットが売り切れていたのだ。


「なんと…ばら売りを買うしかないか…」


 ヨガ戦士は渋々と本の束を抱えてカウンターに向かう。


「110円のコミックが11冊、154円のコミックが7冊ですね? 少々…」


「2,288円だ」


「…え? あ、本当だ! 計算が早いですね!」


 インド式計算法を駆使する彼にとって2桁計算のスピードは機械の比ではない。何も答えずヨガ戦士はポイントカードを差し出した。


「ええっと…たまったポイントが使えますので、端数分を減らしますか?」


「502円を引いてくれ。 そうすれば下三桁が【慈悲】の意味をあらわす数字【786】になる」


「……」


 ヨガ戦士には店員の心の声が聞こえていた。【めんどくせえ奴きた~】と。

 一瞬、彼は地獄の炎ヨガ・フレイムで店員を屠ろうかとも考えたが、口に含みかけたその炎を再び飲み込んだ。


 店の外へ出ると暖かい太陽の光が降り注いでいた。

 ヨガ戦士の心に清々しい風が吹き、彼は呟く。

 

「―― 浄化された心は何よりも尊い。

 弱者をいたわる者こそ、まことの強者なのだ」

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