紙とペンとジャイアントスウィング

「行くぞテメェら! ぼけっとしてねぇで、しっかり数えやがれ!」


 焼けつくような照明の下、女子プロレスのリング上で私は叫ぶ。

 顔の左半分にメイクを施し鍛え上げた肉体を露出した衣装を着て四方を睨みつける。


 この舞台で私が戦う相手は大勢の観衆。悪役ヒールとはそれでこそ輝く存在だ。


 目の前に横たわる女は、モンゴル出身のスモウレスラー【スチームパンク・ウルフ】。流石に組み合うと分が悪く、序盤は得意の投げ技で何度も地面に叩きつけられた。

 だが噛みつき攻撃で活路を見いだすと至近距離のモンゴリアンチョップで形勢逆転。仕上げに監獄固めから裏拳をお見舞いすると、相手はもはや気絶寸前、勝利は目前だ。


 私はウルフの両足を脇に挟むと、豪快に持ち上げ回転しはじめた。

 プロレスという格闘技にしかなし得ない大技、私の代名詞【ジャイアントスウィング】だ。


 会場が熱狂に包まれ、まるでロックコンサートのようなカウントの大合唱が空気を揺らす。


「いーち! にーい! さーん……」


 ブラジリアン柔術も、ボクサーも、テコンドーの世界王者だって皆、私のこの大技で葬ってきた。

 メイクをした悪役レスラーがプロの格闘家たちを叩き潰す。邪道の権化、それが私の流儀だ。


───68回転。


 公称110キロという歴代最重量の相手に対し自らの回転記録を更新し、スチームパンク・ウルフはリング下に転げ落ちたまま立ち上がることもできずにリングアウト。直行の病院送りとなった。


 試合後、控え室には男性マネージャーと私だけが居た。スーツ姿の彼は難しい顔で言う。


「……いい試合だったが少し時間が掛かりすぎだ。あれではファンが飽きてしまうぞ」


 マネージャーは私のひとつ年上の元プロレスラー。過去に行ったストイックな練習で靭帯を断裂しレスラー生命を絶たれた。

 彼の名は【ジンジ・カチョー】。私の海外武者修行時代からの相棒だ。


「今日のあいつ、強かった。

 正直なとこ、最初の張り手で失神しかけた」


「忘れるな。リング上はお遊びじゃない。プロレスの名の通り、プロフェッショナルのみが生き残る戦場だ」


 今やこの女子プロレス団体で絶対的なエースとして君臨するスーパースター、【ダークソウル・サキュバス】。

 世界20ヵ国以上でアクションフィギュアが発売されている、それが私。


──試合後、私とジンジ・カチョーは同じマンションの一室に帰宅した。


 2人は恋人ではない。

 それこそ新人の下積み時代からずっとこうして共同生活をして暮らしてきた。


 シャワーを浴びて軽い食事を済ませると私はイスに腰かけて机に向かった。

 机の上には原稿用紙。隣には熱いお茶を用意したジンジ・カチョーが座っている。


「さあ、始めようか。締め切りが迫っている」


──毎日続くこの生活。


 私のもう一つの顔、それは老舗の文庫シリーズ【吊り天井書房】に連載を持つ新人小説家だ。

 元はといえば小説家デビューを目指して文芸部に入部した高校一年生の春。たまたま応募したコンテストがきっかけで出版社からオファーを受け、急遽デビューが決まった。


 一大決心をして学校を辞め上京した夏、出版社側から驚きの事実を言い渡される。

 

「すいません。デビュー決定は手違いでした」


「……へっ?」


 【吊り天井文庫】の出版社が手掛けるスポーツ雑誌【週刊キド・クラッチ】が出版不況の折りに新事業として立ち上げた女子プロレス団体。

 なんとそこからの新人レスラーとしてのデビュー通知だったのだ。


 なぜそんな展開になってしまったのかは知るよしもない。

 しかし、もう退学してしまっていた私に選択肢は無く、やむなくデビューを受け入れた。

 ……メキシコ武者修行の交換条件を会社に取り付けて。


 そうして渡航した先に、再び驚きの出会いが待っていた。

 修行先のジムの練習生としてトレーニングしていたのは、高校文芸部の神野じんの シンジ先輩。

 その後に私のマネージャーとなる【ジンジ・カチョー】その人だった。

 なぜ彼がそこに居たのか、それも今となっては分からない。


──その後、日本に戻り悪役ヒールとしてブレークを果たした私は元々の夢だった小説家を目指し、プロレスラーとの二足のわらじを履いて奮闘している。


「【奥デス】、入稿まで間がないがこの前の章を少し手直ししたいんだ」


 【ジンジ・カチョー】は現在、私専属のフリー編集者として出版社と契約している。

 高校文芸部の部長をつとめた文章力はベテラン作家も舌を巻く程だ。


 【奥デス】とは私のデビュー作、【奥さまは武装要塞惑星death star 】の呼称だ。アニメ化企画も水面下で進行している。


 あらすじはこうだ。

 宇宙を初期化する破壊プログラムを持った惑星型武装要塞の中枢AIが地球を消去するために送り込んだ自らの分身、女子高生の姿をした【星崎ミウト】と新婚生活をおくることとなる主人公【姉小路タケヒト】の甘酸っぱい初恋と地球の存亡を描いたSF小説。


 ──だが、ここに決定的な問題がひとつ。私は恋をしたことがない。


 ただただ猛者たちをパイプ椅子で殴り、蹴り、首を絞め、マットに沈めるだけの乱暴極まりない女。


 ああ、そんな私の近くに都合よく恋の研究対象なんて……。


「いるわけないか……」


「集中しろ。明日は朝8時からランニングだぞ」


「はいはい。鬼の敏腕マネージャー」


「俺は編集もセコンドも手を抜かないんだ。

 ……後で包帯変えとくから、古いやつは洗濯機の横のカゴに出しとけ」


「はーい」


「もぐさを練っておいたから灸の準備もだ」


 壁に貼ってある一枚の思い出。

 高校文芸部の部室で撮ったツーショットの写真には、の2人の笑顔が写っていた。





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 本作は小説「ジンジ・カチョーは恋をする」序章にあたる短編を加筆修正し再投稿したものです。

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