THE REDEMPTION SONG ─ 狭間の街

 短めの金髪に黒ぶちメガネ、ちょっぴり太めの体型のその男は【ヤハタ】と呼ばれていた。


 軽快な音楽が流れるバーカウンター。【酵母幽霊】が発酵させた【サケ】は旨いは旨いがいかんせん薄味だ。なにせ醸す力が不足しているのだから。


「やはり人間界の醸造酒が一番だ」


 ここは川沿いの街【sun's river】。【神】であるヤハタが忙しい一日を終えて息抜きに訪れる、【神仏界】と【人間界】、【地獄】と【浄土】の中間地点に位置する猥雑とした歓楽街だ。


 最近は地球の急激な人口増加で死者の数もうなぎ登り。【地獄】と【浄土】の振り分け作業である【閻魔裁き】を受けるだけでも半年待ちの状況。そりゃあ近辺の酒場も宿屋も繁盛するってものだろう。


 ここはそんな街の裏通り、雑居ビルの一室にひっそりと営業するロック・バー【ジマイティス】。生前から音楽好きだった者達が訪れる隠れ家的なバーだ。聞くところによればカウンターに立つマスターも腕利きのギター職人だったらしい。


 奥のテーブルで古びたギターをかき鳴らす男はヤハタの友人だ。


「……なあ、ジョー」


 席を立ち声をかけると男はギョロッとした眼を向け返す。オールバックにした黒髪が凛々しい。


「やぁ、久しいな。近頃はよっぽど忙しいらしい」


「おかげでな。しかしアンタはいったいいつになったら【閻魔裁き】を受けるのかね? 何なら俺が神仏界への通行手形をきってやるってのに」


「……人の指図を受けるのは昔から苦手でね。いまさら安穏とした暮らしなんて興味もない。俺には音楽が鳴ってるここが落ち着くのさ」


「たしかに神仏界なんて退屈だけど、それじゃアンタ、地縛霊と何にも変わらないぜ?」


 ジョーというその男はギターを脇に置くとタバコを取り出して口にくわえ、ライターで火をつけた。


「ヤハタ、俺は死んでから気づいたことがある。この街に訪れる霊魂達の話を聞かなきゃ知るよしもなかった事だが……」


 ヤハタはこの男の身の上をすでに知っている。彼は死ぬ前は誰もが憧れる高名なロックミュージシャンだったらしい。


「俺は生前にワールドツアーなんて言ってはあらゆる国へ行った。バックバンドを率いて、地球上で演奏しなかった場所は無いとさえ思ったもんだ」


 それからジョーは店内の他の客に視線を移す。騎士姿の者、半獣半人に一つ目の巨人。さまざまな人種が入れ混じっている。


「だがどうだい? 世界は実際には幾つもの【並行世界】が層のように積み重なって出来ていた。そうさ、まるでこのミルフィーユのように」


 ジョーはフォークで皿に盛られた白いケーキをすくった。


「お前さんに頼みがあるんだが、地球の何処かで俺の意志を継ぐ者を探してくれないか?」


「うん? 並行世界の存在は生者にはあんまり知られてないからなあ。まあ、あんたの音楽への情熱は理解してるつもりだが……」


 ヤハタは少し困った顔をしたが、ジョーは構わず続ける。


「権力や暴力に屈しないものがあるってことを、音楽を通して人々に知らせてやってほしい。……おぅ、マスター!」


 ジョーの合図に白髭の老人が頷くと、黒いギターケースを運んできてカウンターの上にそっと置いた。


「残念だが、俺にはもう生きた音楽ってのを鳴らす力が無いもんでね」


 ヤハタは大袈裟なジェスチャーで首を横に振った。


「ふぅっ……俺の負けだよ、ジョー。だがな、死者達がこぞって聞き惚れるあんたの歌が、俺は好きだぜ」


 ジョーはピューと口笛を鳴らすと、【チャック・ベリー】のリフを爪弾き始めた。


「さぁ、このサケは俺の奢りだ」


──

 何者にも属することのない者達が集う川辺の歓楽街。

 ロック・バーの夜は今日もまた騒々しく更けていくのだ。




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※ 小説「センゴクロック」より単話収録していたものを修正しました。

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