チキン南蛮の日

「ハルミチが……死んだ……」


 そう聞いたのは、日頃めったにやり取りしない同級生からのメッセンジャーだ。


「あれ? てっきり知ってると思ってた。だってアカリとハルミチ仲良かったから……」


 知らないよ。

 ハルミチとは卒業してから一度も連絡を取っていなかった。九州の田舎から大阪に来て、勉強して、働いて。自分の事しか見ている余裕がなかったから。


 今だってそうだ。自分のふがいなさに打ちのめされながら、必死にしがみついて毎日もがいてる。


「じゃ、帰ったときは同窓会しよ。またね」


 絵文字も使わない決まり悪そうなメッセージ。同窓会なんて興味ない。


 私とハルミチは付き合ってたわけじゃない。どっちも親が商売してて、話が合うことが多くて気がついたら高校3年間ずっと2人でつるんでた。


 ハルミチ、短距離走ぶっちぎりで一位だったのにマラソン大会の日は休んでた。


「生まれつき体が弱いんだ」


 いつもは短い髪が、伸びた時だけクセっ毛で前髪がくるっとハネる。

 

 いたずらっぽく笑うときは決まって八重歯がのぞく。


 3年生になって私はハルミチに夢を打ち明けた。


「いつか美容師になって独立するんだ。それにはすっごく頑張らないと駄目で」


「ふぅん……」


「県外の専門学校通って卒業したら就職する」


「へぇへぇ」


「アンタさ、私の事バカにしてる?」


「べぇつに」


 ある日、学校が昼までだった日にハルミチが包みを差し出した。


「ほれ」


「え、なに?」


 それは布にくるんだ小さなお弁当だった。


「開けてみろって」


「え? 料理なんかすんの? 似合わね~」


 2人で開けたお弁当。なかには一口サイズに揚がった鶏肉と、申し訳程度にタルタルソースが添えてあった。


「あ、これって・・・・チキン南蛮・・・・・

すーげー! 何? お弁当屋さんで買ってきたんじゃないよね?」


「バーカ。俺んち弁当屋なのにワザワザそんなことしねーよ」


「ええー! 私ん家おかーさんチキン南蛮つくんないからさ、これ作れんの? ハルミチが? ウソ!」


「弁当屋の息子が初めて作ったチキン南蛮ってとこかな」


 決まり悪そうなハルミチを横目に一個つまんで食べてみた。甘酸っぱかった。……悔しいけど美味しい。


「でもさ、急にどしたの?」


「え……っと」


 ハルミチは口ごもった。


「あれだよ。お前、ビヨーシになるんだろ?

 俺さ、家手伝って弁当屋やるからさ、いつかお前がこっち帰ってきて店ひらいたら俺がお前の弁当作ってやるよ」


「はぁ? こっちに帰るとか……。結局なんだよ、営業かよ」


「あとお前、今日がなんの日か知ってる?」


「んん、今日? 7月8日だけど……」


んで【チキン南蛮の日】だって」


「──ぷっ! だっさ! アンタそれでチキン南蛮作ってきたのか……」


 振り向いた私の肩にハルミチの掌が触れた。ぎゅっと握った手の温度を、私は今でも覚えている。


「……そうだよ。だっさいだろ。俺ってさ」


 私のその頃の記憶はハルミチの思い出ばかりだ。それから8ヶ月後、私は遠い町へ、あいつは実家の手伝いで地元に残って2人は離ればなれになった。


 知らせを聞いた翌日、私は相変わらず職場の美容室で忙殺されていた。

 お昼もろくに食べることが出来ず、店が閉まったらスタッフの勉強会。技術もセンスも飛び抜けた子たちと競いあう厳しい世界。家に帰りつく頃には10時をまわっていた。

 晩御飯をつくろうにも近所のスーパーも開いていないからいつもの24時間営業の弁当屋に立ち寄る。


 カウンター越しの日めくりカレンダーと、その横にメニュー表が見えた。


【新発売 チキン南蛮弁当】


「……あの、これください」


 注文を受けたおばちゃんが愛想よい返事をして厨房に入っていった。


【私、なんでアイツに連絡しなかったんだろ。ハルミチのやつ、病気だったのかな】


 待っている少しの間、店内に1人の私はイートインスペースの椅子に腰かけた。

 昨日も涙は流れなかった。唐突すぎる知らせに実感が沸いていないのかもしれない。

 そんな事を考えながらウトウトしていた私に向かって声がした。


「お待たせしました!」


 振り向いたそこに、高校生の頃と比べて少し大人になったハルミチが立っていた。


「!!!」


「そんなバケモノ見るような顔するなよ。俺だってびっくりしてるよ」


「あんた、は、は、ハル……」


「そーだよ。文句あんのかよ。

 年明けにタチの悪い風邪ひいちゃってさー。俺だってまさか死ぬとは思ってなかったし」


 これはきっと夢だ。目の前にはハルミチの幽霊がいた。


「お前きっと頑張ってると思ってさ。年賀状も寄越さないのは流石にどうかと思ったけど」


「アンタさ、全然うらめしさも緊張感もない登場しないでよ」


「でもほら、ほんまに弁当屋やってるとこ見せられたやんか?」


「変な関西弁の真似するのやめてくれる? そういうとこイラつくわー」


「うん。 俺の関西弁はまあいいよ。

 あのさ、俺さ、お前のこと好きだったんだ。ずっと言いたかったけど、びびって言えなくてさ……」


「えっ」


「もうあんまり時間がないんだ。

 だから言わなきゃって思って」


「……」


「な。 お前ぜったいそんな顔すると思った。

 ほら、弁当食べろよ。冷めるぞ。あと、もうすぐこの夢も覚めちゃうんだ」


「なんで……こんな時に……、あんたって本当に馬鹿っ!」


 その時、目の前にはハルミチではなく、レジ係のおばちゃんがきょとんとして立っていた。


 そのあと私はイートインスペースでひとりお弁当を食べた。11時の時報が鳴って、7月8日があと少しで終わることを告げた。


【──んで【チキン南蛮の日】だって】


 ハルミチの言葉が脳裏に浮かんだ。今日はあの日からちょうど3年。

 私のガムシャラは、いつだってハルミチの笑顔と一緒にあった。


「アンタって、チキン南蛮好きだよね……」


 でもこれは、あの日に食べた味とはまるで違う。これは酢豚のかわりに鳥を使った、言うなれば酢鶏だ。

 酢のきつい酸味にむせながら、私は泣いた。

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