巫女と龍は今日も現世で果たし合う

 私立儖誅らんちゅう学園高等部。そこは生徒会が支配する蟲籠むしかごだ。


 【菩薩のB組】に課せられたルールは【慈悲】。徹底した英才教育が施され、エリートへの道が約束される特別学級。学園への絶対的忠誠を誓わなければならない。


 【忠誠のC組】に課せられたルールは【従順】。彼らは在学3年間で命令を命令と感じない優れた下僕として教育される。


 【土塁のD組】に課せられたルールは【享楽】。彼らは3年間、ヴァーチャル世界に生きて楽しさだけを享受し、生徒会およびB組に支配されていることすら自覚しない。


 1年次から絶対的生徒会長として君臨する3年B組【荒髪 魅鎖姫あらがみ みさき】。彼女の王政を覆すものは未だ現れない。


 年に1度だけ、学校の組分けを決定付ける祭祀が今日この学園祭【儖誅祭らんちゅうさい】で行われる事は、全校生徒が知っている。

 将来を永続的に保証されるB組10人の枠を、そしてその筆頭たる生徒会長の席を誰もが欲しているにも関わらず、過去にこの祭祀で執り行われる【ゲーム】において荒髪に勝利したものは居ない。


 学園祭の初日、体育館に集合した生徒達は全てのプログラムが終了するまでパイプ椅子に座り微動だにしない。

 合唱、演劇、朗読。滞りなく進むステージに、笑い声ひとつたてない観衆。静まり返った異様な雰囲気のなか閉会を告げる学園長の挨拶が始まる。


「皆さんご存じの儖誅祭メインイベントについて、1年生も居ますので私から改めて説明いたします」


 学園長の横に座り女神のような微笑みを浮かべる生徒会長、荒髪。彼女は暗いステージの上でも妖しい存在感を放っていた。


「B組の定員は、毎年10名と決まっている。学園の生徒数150名に対して15分の1です。来年のB組を選抜するために行う試験は恒例の【スクール・バトル・ブレッド】。所謂ビーチ・フラッグ競技の要領で学園内に配置した10個のタマゴ・サンドを手に入れた者がB組の生徒となります」


 それまで静かだった生徒席が今日初めてざわつき始める。中には柔軟体操をする者、制服を素早く着替えジャージ姿になる者もいる。


「タマゴ・サンドを入手するのに手段は問いません。そして、その後の【スペシャル・ステージ】についても同様。ただちに支度せよ!」


【ウォオオオオォォ!!!!!!!】


 生徒達がけたたましく吠える。学園長は懐から拳銃を取りだし、銃口を荒髪に向けた。荒髪は座ったまま目を見開き、口角を歪め静かに笑った。


【パンッッッ!!】


 運動会の徒競走の時のピストルよりもはるかに地味な音。その銃声を合図に、全校生徒が席を立ち一斉に走り出す。

 たかが150名とはいえ、瞬時にして体育館の出口扉は人垣で埋まった。髪を掴んで人を掻き分ける者、跳躍して頭上を踏み進もうとするもの、あるいは2階の窓ガラスを破って階下に飛び降りる者、流血しようが関係ない。目の前に示されたチャンスに目の色を変えて突き進む。


「……ハンディとしては少々物足りなかったですかな」


 学園長が言った。僅かに首を傾け弾丸を逃れた荒髪はさしたる動揺も見せない。


「つまらん余興だ。学園長、お前は来年クビだな」


「はい。生徒会長の仰せの通りに」


 学校内に怒号と悲鳴、喧騒が行き交うが荒髪は依然動こうとしない。ステージ上のスクリーンにはタマゴ・サンドの出現場所とそれを奪取し生還した生徒名が次々と映し出される。

 陸上部長の植田、レスリング部のホープ曽我辺。茶道部の2年立花は血染めの着物のまま体育館へ戻るなり突っ伏した。体育部が優勢ではあるが文化部も負けていない。


「荒髪様は来年も学内に留まり生徒会長になられるおつもりですか?」


 学園長の質問に荒髪は無表情のまま意味不明な答えを返した。


「さあな……。待ち人が来ぬゆえ」


 やがて最後のタマゴ・サンドが奪取された報告がスクリーンに映った。これでB組の枠は残る一席のみ。そして、この祭りはこれからが本番を迎えるのだ。


 スクリーンに文字が流れた。


【Special stage ─── 生徒会長の資格を意味するベーコン・フランス、1分後に出現】


 荒髪は目を閉じた。これまで出たパンの出現スポットは全て頭に入れた。どうやら配置のアルゴリズムは昨年と180度変えてきている。

 過去2年を圧倒的勝利で飾ってきた荒髪には昨年と一昨年のパターン更新情報もインプットされている。


 荒髪は目を開け立ち上がると、ゆっくりと歩いて体育館を後にした。


 ところどころ破壊された校舎、怪我人が担架に担がれていく様子に目もくれず、荒髪はやがて西門前のプールに到達した。


 プールの中央にターゲット【ベーコン・フランス】は出現していた。


「今年は水中戦か。だが……」

 

 誰も辿り着きさえしないプールサイドを一瞥した荒髪は一瞬つまらなそうな表情を浮かべた。

 そのままプールへ飛び込もうとしたその時、1羽の白い鳥が鼻先を掠めた。


「!」


 目の前に立ちふさがった男子生徒はC組1年、手品同好会副会長の奥原 夏彦だった。


「これは光栄ですね。まさかとは思いましたが、生徒会長と1対1でお手合わせ願えるなど」


「……つまらんな、私の読みを上回る者がいるのかと勘ぐったが。思い違いだったわ」


「さあ……それはどうでしょう?」


 風が吹き、空が陰ると周囲の温度が下がり始めた。張り詰める空気が戦いの幕開けを知らせていた。


「待って!」


 2人の注意がプールの北側に設置された高飛び込み台に注がれた。

 そこに立っていたのは、1人の女子生徒。


「……君は? 学生名簿に無い顔だが」


 夏彦が言った。


「お主の事は知っている。半月前に転入してきたD組1年、麗環れいわ シズル」


 さすがは絶対生徒会長、荒髪は女子生徒の素性を把握している。


「なあるほど。転入生ね。だがなおさら、この好機を邪魔しないでもらいたい!」


 そういうや否や、夏彦が放った大量の白鳩がシズルを襲った。シズルの眼前で先頭の鳩がナイフの流星となり衣服をズタズタに切り裂くと、その後列の群れに巻き込まれた彼女はプールに落下した。


【ドボォンッ!】


「ガッ…ゴブォ…」


「女の子の服をズタズタにしちゃうのは不粋だけど、君を傷つけないための最善策って思ってもらおうか。泳げないわけじゃないよね?」


「お前、それでいいのか?」


 夏彦に荒髪が言った。


「え?」


「戦闘中の敵を視界から外すなんて、ずいぶん間の抜けた手品ってとこかしら?」


【バシャア!】


 突如、水中から飛び出したシズルは、手に持ったさかきで夏彦を一閃した。いつの間にか赤色の着物を纏っている。


「ぐあっっ!」


 体に電流のような痛みが迸る。


「教えといてあげる。私の泳ぎってすごく迅いの」


 びしょびしょに濡れたシズルの服装は神社に使える巫女みこのそれだった。


「確かに、迅い……、おまけに早着替えとは。きみってマジシャンだったの?」


 荒髪の目が獲物を認め、光った。


「麗環 シズル、生徒会を、いえ、この学園を下克上する目論見かしら?」


「どうでしょう? あなたが一番よく分かっているのではなくて?」


「そうね。力を出し惜しむのは好きじゃない」


 カチューシャを乱暴に投げ捨てた荒髪はその形相を激変させる。身長が空に向かって伸び上がり、銀鱗が体表を覆っていく。相対的に四肢は縮こまり、その姿は龍そのもの。

 シズルが呟いた。


「……ひさしぶりね」


「これは……生徒会長が変身していく!」


 夏彦が驚いて後ずさる。


 対称的にシズルは落ち着いている。


「2000年前。龍族と神に仕える一族の間に争いが起こった。10日10晩続いた戦いの最後に、龍は双方に永遠に解けない呪いをかけた」


 荒髪の体は宙へ駆けあがりプールの上空で螺旋状に回り始めた。


「彼女がその時の龍族、そして私は呪われた巫女。あれから龍も私も幾度となく転生を繰り返し、互いの体を燃やし尽くすまで滅ぼしあった。この世もまた龍が作り出したの世界」


「水がある場所で私と合いまみえたのがお前の運の尽きよ。我が全力を見るがいい!」


 急降下し襲いかかる巨大な尻尾、シズルは辛うじて榊で受け止めると衝撃を吸収するように軽やかに着地した。

 そして間髪入れずに襲う牙をさらに跳躍して逃れる。

 呪文のような言の葉を詠唱し榊で円を描くシズル。空間から御幣ごへいが射出され空中で龍を串刺しにした。


「グルルルゥゥッ!!」


 龍が口を開く。吐き出した炎が御幣を呑み込み、そのままシズルを捕らえた。


「また私の勝ちだァッ! 龍の炎は永遠に消えない。再び滅びろぉ」


 炎が包み込んだ固まりから焼け焦げた破片が飛び散る。風に乗って龍の手に運ばれたそのひと欠片を見た龍は、それが黒い羽毛であることに気がついた。


「なんだこれはっ!?」


「ようやく見つけましたよ。同じ鳥類として鳩を手懐けるのは少々骨でしたがね。いや、鳥類と言うべきか……」


 シズルを包み込むように炎から防御する夏彦の体表は黒い羽でびっしりと覆われていた。シズルが言った。


「あなたは……カラス!」


「お仕えしていた日々が懐かしゅうございます……姫君」


 炎に包まれ、シズルともども落下していく夏彦。


「再会して早々ですが、どうやら私はこれまで。これが最後のマジックでございます……」


 その時2人は眩しい光に包まれ、シズルの背中に翼が創り出された。赤い巫女姿に黒い翼。シズルの眼に力が宿り、翼に燃え移った炎とともに光の柱となる。


「龍の炎は永遠に消えないですって? 私たちの戦いも永遠に続く。いつまで焼かれるのでしょうね?」


「ギシャアァァァッ!!! 放せぇッ!!!」


「行きましょう。仲間達とともに」


 龍を光の柱が囲み、遥か上空へと突き上げる。やがて成層圏に達したその光は流星となって砕け散った。


── 雲ひとつ無い夏空に、それまでの事が何でも無かったような静寂が戻った。

 その後、学園内に彼女達の姿を見た者はいない。


 空を見た誰かがこんな声を聞いたらしい。


「……次の時代でまた会いましょう」

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