【こげにく短編集】~焼き加減はウェルダンで~

こげにく

さよならバケーション

「おはよう。最高の朝だね」


 僕は家のベッドで目を覚ます。

 森の中にたつ一軒家はあたたかな太陽の光に包まれている。


─土の匂いがする。鳥の鳴き声も。


 いつまでも続く夏休みだ。

 森にはカブトムシやトンボ、川にはヤマメやメダカ。特別な夜にはホタルのパレードだって見られる。


 虫取り、釣り、押し花、遊んで見つけた大事な宝物は自由研究の絵日記にコレクションして、僕の一日はゆっくりと過ぎていく。


 森に訪れた友達と遊ぶこともできる。鬼ごっこもできる。宝物の交換も。遊び方は無限だ。


─でも本当は、僕はこの暮らしが嫌いだ。


 僕にとってこれは労働だ。毎日同じことの繰り返し、虫を触るのだって最初は好きじゃなかった。


 僕は昔に大流行したゲーム、いわゆる【レトロゲーム】と呼ばれるジャンルに分類される夏休みゲームの主人公。

 発売から○十年が経過した去年、それを記念してオンラインゲームとして復刻された森は連日、ログインする大勢のユーザーたちで溢れた。


 でもよく考えてくれ、オリジナルはもう何十年も前のゲームだ。僕だって年をとる。

 ドットデザインだから誰も気づかないかもしれないけど、僕の体は立派な大人、というか50歳のオッサンだ。

 野球帽もショートパンツもランドセルもおもいっきり似合っていない。

 鬼ごっこイベントの翌々日まで続く筋肉痛。


「……もう、嫌だ」


 暗がりのなか、たった一人で居るベッドでいつしか毎夜のように呟くようになった。


 でも、その苦しみも今日で終わるんだ。

 復刻キャンペーンが行われた発売メモリアルイヤーからさらに1年が経過し、配信サービスが停止されることになった。


 僕の職務が終わる。もう次の復刻はないだろう。言うなれば定年だ。悔いはない。愛されるゲームになれて僕は満足だ。


 僕はベッドのまわりと部屋の机の上をきれいに片付けると、部屋の灯りを消して眠りについた。


─夜が開けた。


 起きた場所に森はもうない。太陽の光も、時間の進行さえもない。


「あれ? 僕だけまだ生きてるみたいだ。

サーバー上のデータを削除し忘れてるのかな?」


「いやはや、失礼しますぞ」


 そこに突如、一人の紳士が現れた。

白髪に口髭をたくわえ、黒い燕尾服を着ている。


「運営……じゃないよな」


 僕は少し警戒したが、今さら何が起こっても困らない。元の世界はもう存在していないのだから。


「申し遅れました。

ワタクシはG99ジーナインティナイン、【主要妖怪首脳会議】の議長を務めております【チュパカブラ】と申します」


「……はぁ。その妖怪会議の方がなぜここに?」


「ワタクシどもも長く活動しておりますと社会の変容に対応する場面が多々ございます。

 ところで貴方は【つくもがみ】もいうのをご存じですか?」


……質問に質問で返すか。まあいいや。


「古来より長く愛された道具は妖怪になると言われております。

 猫だって50年も生きれば立派な化け猫になると言われておりましてね」


「はぁ」


「それでですね、貴方は世界初のゲームキャラからの【つくもがみ】第一号にノミネートされ、無事認定されたのです」


「へぇ……

ええっ!?」


「要件は色々あるのですが、あなたの場合は復刻された際にログインした、かつて子供の時にプレイした大人たちですねえ。

 今は社畜のように働かされている怨念に近いカタルシスが過度に注入されたことにより、貴方の魂を一段階上の高みへと押し上げたわけです」


「……わけがわからないです」


「つまり、貴方は【つくもがみ】として新たに別の人生へと転生するチャンスを得たのです。

 考えるために与えられた時間は一晩。さて、どのような人生を選択されますかな?」


─唐突に巡ってきた岐路。僕の新しい人生とはどんなものだろう?

 今まで培った技術を活かすのもいい。釣りくらいしか出来ないけど。

 全く違う人生もいい。選ぶのは僕。明日の朝から始まるんだ。



────



「おはよう。最高の朝だね」

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