第196話 宣戦布告

「開祖の儀って……なんだ?」


 グレインはアウロラに問い掛ける。


「うーん、なんだろうね? 聞いたことないよー」


「始祖様って……誰だ?」


「うーん、誰だろうね? 知らないよー」


「王家の娘って……誰だ?」


「うーん、誰だろうね? 知らな──」


「おい! さすがにそれは嘘だろ……」


「うにゅにゅにゅ……」


 グレインはアウロラの顔を左右から両手で挟む。


「ぁぅぁぅぁぅ……。ほ、ほうだね、知ってた。……たぶんティアの事だよねー」


 両側から頬を潰されながらもそう答えるアウロラの傍らで、ヴェロニカが拳に魔力を漲らせている。


「貴様……お姉様に何をしてるっスか!」


「何って……見ればわかるだろ? ほら、ひよこー」


 そう言ってグレインは再びアウロラの顔を左右から潰し、無理矢理唇を尖らせる。


「貴様! 粉々になって死ぬがいいっス!」


 ヴェロニカが何故か泣きそうな顔をして、椅子から立ち上がる。


「本音は?」


「そんな事をしてうらやまけしからんっス! そしてお姉様はやっぱりどんな顔をしていても可愛いっス! ……って、何を言わせるっスかぁぁぁぁ!! こ・な・ご・な・クラーッシュ!」


 ヴェロニカはグレインに向けて魔力の塊のようになった拳を振りかぶる。

 しかし、彼女の眼前にアウロラの手が翳され、ヴェロニカは動きを止めた。


「はい、そこまでー! ちょっと力がついたからって何でも力で解決するのは良くないよー? 実力行使よりもまずは話し合い!」


 ベッドの上で上体を起こし、ヴェロニカを制止するアウロラ。


「(どの口が言うんだよ……悪の元締めだった癖に)」


 グレインが口の中でもごもごとそう呟くが、次の瞬間、アウロラと目が合う。


「あー……グレイン、せっかく助けてあげたのにそういう事言うんだー。……ヴェロニカ、やっぱりグレインの事壊しちゃっても良いかな」


 アウロラは悪戯な顔でそう告げると、即座にグレインは態度を改める。


「い、いやいやいやいや、勘弁してくれ! 俺が間違ってた! アウロラの言ったことがこの世の真理! 暴力からは何も生まれない! まずは話し合いだよな、ヴェロニカ! とりあえずその拳をおさめてくれ! ……ヴェロニカもアウロラの顔でひよこをやってみたいんだろ!?」


「えっ」


 グレインの切り返しにアウロラの顔が引き攣るが、ヴェロニカは無言で涙を流して頷く。


「やって……みたいっス……」


 窓際のベッドの上で、満面の笑みでアウロラの顔を両手でふにふにと挟むヴェロニカの姿を背にして、グレインは入口近くのセシルのベッドへと戻る。


「狙いがティアって事は……やっぱり闇ギルドの刺客なのかな」


「いきなり真面目な話になったわね」


「うふふふ……闇ギルドの刺客ってことはないと思うわぁ」


 既に疲れた様子のナタリアと、その後ろに立つミュルサリーナが口を開く。


「ちょっと待てよ? そもそも、この場にいる人間の中で一番怪しいのは──」


「もちろん私、よねぇ。おまけに、私は盗聴のおかげでティアちゃんの正体も知っている」


 咄嗟にグレインはミュルサリーナからティアを庇う位置に立ち、彼女への警戒感を顕にする。


「でも、私じゃないわよぉ。……魔女ってね……いつも社会からは爪弾きにされるの。だから私には、あなた達以外に仲間がいないのよぉ。そんな貴重な仲間を簡単に売ったりはしないわぁ。それに、闇ギルドはそれどころじゃなく大変な状況なのよぉ。たぶん刺客一人だってこちらに戦力を割いている余裕はないわぁ」


「……どういう事だ?」


 グレインは首を傾げながらミュルサリーナの顔を見ると、彼女の傍に立っているナタリアが、今にも泣きそうなほど悲痛な顔をしていることに気付く。


「ミュルサリーナが言ってる事は、あながち間違いではないわね。……先日、ヘルディム王国が西のサボラ王国に宣戦布告したの。でもね、ヘルディム王国軍と言っても、王宮騎士団を含めてほとんどの戦力が闇ギルドのクーデター騒ぎで失われている筈よ。だから、そんなボロボロの軍隊で一国を攻め滅ぼすことなんて出来るはずがないの」


「もしかして……その戦力補強が闇ギルド、って事か?」


「えぇ、今の闇ギルドとヘルディム王国の関係が分からないけど、もし闇ギルドを味方に引き込んだとすれば、このタイミングでの宣戦布告も説明がつくわ。しかも闇ギルドは、構成員が冒険者に紛れる形で周辺国家間を自由に移動していると考えられているの」


「つまり、スパイがそこら中にいて、何なら国の内側からも攻められる状態ってことか」


「えぇ。それに、今朝の話……闇ギルドの首領がこの世界を滅ぼすために魔界から来た極悪非道の大魔王だってことを聞いて、ますます可能性が高まったわ。この世の全て、いえ、神すらも指先一つで滅ぼせる魔王の手にかかれば、西の弱小国家なんて鼻息だけでポイよ」


「魔王強すぎだろ……なんか話がめちゃくちゃ誇張されてないか」


「あ、もしかしたら、滅ぼすという意識すらせずに、寝てる間に寝返りで国家滅亡魔法でもぶっ放す可能性だってあるわよ? だって相手は世界レベルなのよ!? あぁぁぁぁ……あたし魔王の寝返りで殺されるなんて絶対嫌よ!」


 青い顔をしてナタリアはまくし立てる。


「待て待て! そもそもだ、俺達はその魔王の目的すら知らないんだぞ? もしかしたら、世界滅亡とか世界征服なんて興味が無くて、ただ単に温泉旅行って可能性も──」


「無いわよ!」

「僕もそれは無いと思うなぁ」

「まぁ無いでしょうね……」


 ナタリア、トーラス、ティアから立て続けにダメ出しをされて項垂れるグレイン。


「そっ、それに、ヘルディム王国……アドニアスと魔王が友好関係にあるのかも不明だ」


「アドニアスはきっと大魔王の腰巾着に違いないわ!」

「いや、もしかしたら予め魔王に近付いておいて、隙を見て大魔王を暗殺しようと目論む救世主なのかも知れないよ」

「いえ、もしかしてアドニアスと魔王は激しく燃えるような恋をして……結果、周辺の国が激しく燃えちゃったりして」


 ナタリア、トーラス、ティアが各自の見解を述べ、次第に議論が白熱する。


「腰巾着!」

「救世主!」

「恋! そして愛!」


「あーんーたーらー、う・る・さ・い・っスーーー!!!」


 窓際からヴェロニカが一際大きな声で全員を怒鳴りつける。


「まったく……ホント何しに来たっスか!」


「「「……ハーイ、スンマセン」」」


 三人は白けた目でヴェロニカを見ながら謝罪の言葉を口にする。


「なんだかんだ言って、あの娘の声が一番うるさいわよね」

「まぁ、それは否定しないけどね」

「こっちは国家間の大事な話をしてるのに……」


 恨み言を呟く三人に、グレインが言う。


「ティアの話は全く笑えない冗談だが……。とりあえず、ここで憶測を話していても埒が明かないだろ。……しかし戦争か。そんな話、初めて聞いたな」


「宣戦布告はつい数日前の話ですので、この国ではまだ一部の者しか知らない情報だと思います。私はハイランド様から伺いましたが、ナタリアさんは、おそらくギルドの情報網から……でしょうか?」


 ティアの問いかけに、静かに頷くナタリア。


「……あれ、ミュルサリーナさんはどこから?」


「うふふふっ……そんなことよりも、ティアちゃんが命を狙われてるのは間違いないんだから、気をつけるのよぉ?」


「あ……そうですね……。魔王のインパクトが強すぎて完全に忘れていました」


「うふふふっ」



「なるほどな……。ヘルディムから俺達への追っ手がなかったのはそういう事情もあったのかな」


「セイモアさんにミスティ……みんな無事なのかしらね……。あたしちょっとハルナの様子を見てくるわ。たしか隣の病室よね?」


 再びベッドに横たわっているセシルをもう一度だけ見てから、病室を出ていくナタリアであった。

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