第192話 この勝負、引き分け!

「いっ、嫌ですわ! 魔女なんかと同じパーティなんて絶対に、絶対の絶対の絶対にお断りしますわ!」


 いつになく怒りを顕にするセシル。


「そこまで魔女を毛嫌いするってことは……魔女との間で何かトラブルがあったのか?」


「い、いえ、それは……」


 勢い良く啖呵を切ったセシルであったが、グレインが尋ねると途端に口籠る。


「あぁら? 私だって嫌よぉ? こぉんな小娘と同じパーティだなんて、勘弁してほしいわぁ」


「ミュルサリーナ、お前もエルフに何か嫌な思いをした事があるのか?」


「うふふ……さぁ、どうかしらね。あると言えばある、ないと言えばないわぁ」


「……はぁ……。二人とも、お互いの種族に対してよっぽど腹に据えかねているものがあるんだろ? いっそのこと、ここで洗いざらいぶちまけてみたらどうだ? 今なら俺達もいるし、命のやり取りにまではならないだろうし、もし危なくなったらちゃんとリリーが止めてくれるぞ」


「……止めるよ……息の根を……」


 そう言って不気味な笑みを浮かべるのが、この場で最も年下の少女なのであった。


「「…………」」


 暫しの間、セシルとミュルサリーナは互いに睨み合い、押し黙ったまま微動だにしなかった。

 見ている者達も息が詰まりそうな空間で、根負けしたかのようにセシルが小さな声で告白する。


「なにも……ないのですわ……」


「私も……特に具体的にエルフ族といざこざを起こしたということはないわねえ」


 セシルに続いてミュルサリーナも口を開く。


「「ただ、仲間から良くない噂を聞くだけ」」

「なのですわ」

「なのよねぇ」


 二人は声を揃えて言い、同じタイミングで溜息を吐く。


「わたくしは、魔女に恋人を取られたというエルフの話を聞いたことがありますわ」


「私の友人はたまたま森の傍に住んでいたんだけど、エルフに『気味が悪いから出ていけ』って、家を燃やされちゃったわぁ」


「「「…………エルフの方が酷い! 魔女、一勝!」」」


 突然審査員になったトーラス、ナタリア、グレインを、それ以外の者はぽかんと口を開けて見ている。


「魔女に恋愛相談をしたら眠り薬を渡されて、用法・用量を誤った結果、ターゲットの相手が瀕死に陥ったためにフラれたという話を聞きましたわ!」


「毎朝、森で採れた新鮮な毒蛇が玄関ドアに投げつけられて、気味が悪くなって出ていった友人の魔女もいたわねぇ」


「眠り薬は使い方間違えた人の責任よね!?」


「毒蛇は……薬の素材をプレゼントしてくれてたのかな?」


「…………難しい……が、第三者に明らかな人的被害が出ているので、辛くもエルフの勝ち、といったところか」


「やった! やりましたわ! 最後は、……犯罪者になりかけていたエルフの少女を温かく迎え入れてくれた冒険者パーティにも慣れてきて、ようやくパーティの一員として恩返しができると意気込んでいたところへ、和を乱すように魔女が乱入してきた可哀想なエルフがいますわ」


「魔女になったはいいけど、人様に迷惑を掛けるのが嫌だったから田舎町で何でも屋をやっていただけの魔女がいたのよぉ。でもその魔女は、突如謎の冒険者たちの襲撃を受け、依頼主には裏切られ、遂に家は半壊、裏庭は肉片と血の海、ご近所さんにも魔女だと知れ渡って行き場を失ってしまったのよぉ。……そんな可哀想な魔女を冒険者パーティは受け入れてくれると言ってくれたのだけれどぉ……唯一、エルフ族のメンバーだけが頑なに加入を拒否して、割と途方に暮れている状態の魔女がいるわよぉ」


「「「……いや、二人とも、それ自分たちの事だろ……」」」


「お互いに直接トラブルがあった訳じゃないんだよなぁ……」


 そして審査員の三人は顔を見合わせて頷く。


「「「この勝負、引き分け! よって勝者なし!」」」


「「……そんな、出来レースだ!」」


 ぶーぶーと不満を言うセシルとミュルサリーナに、グレインは取り合わない。


「ミュルサリーナ、お前の加入は一旦見送りにして、ただ帯同しているだけってことにしようか。セシルと和解が成立したら正式加入ということで。セシル、ミュルサリーナのパーティ加入を認めなければ、『一緒のパーティは嫌だ』っていうお前の主張についても問題ないよな?」


「そっ、そんな揚げ足を取るような……! ただの屁理屈ですわ!」


「それにセシル、あとでミュルサリーナにちゃんと謝っておけよ。理由は何であれ、先に手を出したお前が悪い」


「むむっ……ぐむむむ……」


 セシルは口を噤み、涙を堪えているのか奇妙な唸り声を上げている。


「……ものすごい時間を無駄にした気がするが、とりあえず、サブリナは俺達と一緒にギルドへ来てくれ。あとのメンバーはナタリアとティアの護衛を頼む」


「……心配性なのねぇ。そんなに心配しなくても、もう闇ギルドの刺客は来ないと思うわぁ。こんな田舎町に人手を割くほど、今の闇ギルドは暇じゃないわよぉ」


 テーブルの下が窮屈だったのか、ミュルサリーナが呑気に伸びをする。


「そういえば闇ギルドの奴らって普段何してるんだ?」


「言われてみれば、何してるのかしらね。仕事なんて無いだろうし、カツアゲ、万引、恐喝とか……?」


 ナタリアも知らないようで首を傾げる。


「もしかしたら魔術の触媒を生産してたりしてね。生首とか、生き血の抽出とか毛髪、骨粉を──」


「ああああ、もうやめろトーラス! 気味の悪い話を聞きたくない」


「あらぁ、そういう触媒ってそれなりに需要があるのよぉ? ……そう、あなたが闇魔術師のトーラスさんなのね……思った以上に……あぁっ!」


 ミュルサリーナがトーラスの意見に賛同し、トーラスの顔を見た瞬間、頭から地面に倒れ込む。


「うわっ、どうしたんです!?」


 トーラスは咄嗟にミュルサリーナに駆け寄り、その身体を抱き起こす。


「うふふふぅ……いえ、大丈夫ですわぁ……。貴方があまりに私の理想のタイプだったものでつい……。あああああ、顔が身体が近い近い近いィィッ! ……んハァ……スハァ……んふん……」


 ミュルサリーナは脱力しきって弛んだ表情で、自らを抱き起こそうとするトーラスにしがみつき、その顔をトーラスの胸に埋める。


「……今すぐ……トーラスさまから……離れなさいぃぃぃ!!!!」


 そう叫んだセシルの身体からいくつもの巨大な光球が発生し、彼女の身体を中心に回転を始める。


「……ねぇちょっと、とりあえずそこの変態、あんた今すぐその魔女から離れなさいよ。……女なら誰にでも優しくするっていうあんたの態度が、事態を悪化させてるって気付いてるのかしら? ……幼女にしか興味がない変態のくせに!」


 宿屋の食堂に、ナタリアの言葉が冷たく響く。



「……なぁ、俺は早くギルドに戻りたいんだが……」


 静まり返った食堂の中、消え入りそうな声でそう呟いたグレインの言葉は、しかし誰の耳にも届かなかったのであった。


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