第178話 ペナルティしかない契約
ハルナが見つけた廃屋に上がり込んだグレイン達。
廃屋は床の所々に穴が空いており、天井も一部崩落して青空が見えているほどボロボロで、至るところに割れた食器や倒れた家具が散乱していた。
「グレインさん……この毛布使えそうですよ。ちょうど……兄様の身体を覆えるぐらい大きいです。……ケホッ、ケフッ」
リリーが打ち棄てられたベッドから大きな毛布を持ってきて、埃を払いながら咽る。
「よし、あとはどこに隠すか、だが……このまま住民でしたって形でベッドに寝せておくか?」
「殺人事件の隠蔽工作じゃないんだから……それにここ、天井に穴が空いてるわよ? 鳥に突っつかれたりしないわけ?」
ナタリアがグレインの頭を小突きながら返す。
「あぁ……鳥葬みたいな感じになるな……。リリー、トーラスの身体がそんな状態になってても生き返せるもんなのか? ……いや、そんなことはしないから、睨むなって」
頬を膨らませて自分にジト目を向けるリリーを見て、グレインは慌てて否定する。
「グレインさま、庭に物置小屋の残骸っぽいものがありましたよ! 少しぐらいであれば、そこに隠しておくのがいいのではないでしょうか」
「あぁ、それは名案かもな。よしリリー、ハルナ、手伝ってくれ」
毛布で包んだトーラスの身体を庭に運び、崩れた物置小屋に隠すグレイン達。
「こいつを疑いたくはなかったが……。あとは本当に内通者じゃない事を祈るばかりだな」
グレインはそう言って、物置小屋の外から毛布が見えないように、丁寧に物置小屋の周囲に瓦礫を積み上げる。
「ええっ? あんた、トーラスを疑ってるから殺したの?」
一緒に瓦礫を運ぶナタリアが問い掛ける。
「いや、むしろあの状況で殺すって、他にどういう理由があるんだよ」
「ストレス発散とか……かしらね」
「それこそ酷いだろ! ……こいつが……俺とリリーの会話を盗聴してたんだ。さっき偶然、彼女の耳の傍に小さな黒霧が浮かんでいるのが見えた。俺達は以前あいつの通信魔法を使ったことがあってな。あれは……小さかったが、絶対にトーラスの通信魔法で間違いない」
グレインがリリーの髪の毛を揺らしたときに見た黒点──それはあの状況で最も信じ難く、見たくなかったであろう、トーラスの黒霧に他ならなかった。
「え? ……兄……様……が?」
思わずリリーがそう呟き、手に持っていた瓦礫の欠片を取り落とす。
「まぁ、こいつが妹の会話を一言一句把握していたいだけの単なるシスコン野郎って可能性も十二分にある、というかその可能性のほう方が高いけどな。……まぁ、それもあって、まずはこいつから殺して調べようって思ったんだ。もしトーラスが無関係なら、それはそれで全く疑わずに済む強力な仲間が得られるって事だろ? トーラスの闇魔術って色々と万能だし。それに……」
グレインはひときわ大きな瓦礫を物置小屋に立て掛けるようにして蓋をする。
「俺は、こいつの事を親友だと言ってもいいぐらいに信頼していたからな……。だから、トーラスの疑いだけは真っ先に晴らしておきたかったんだ」
「結局どっちでも、あたしのコイツに対する評価はガタ落ちなのよね……。ただ、疑わしいだけで殺すのはさすがにやり過ぎだったんじゃない?」
「さっきはストレス発散とか言ってた癖に……どの口が言うんだよ。……最後は必ず蘇生するんだから、トーラスを殺した事にはならないだろ?」
グレインは人差し指でナタリアの頬を突っつく。
「生き返せばいいってもんじゃないでしょうが!」
ナタリアは仕返しとばかりにグレインの頬を抓る。
「いててててっ! ……じゃあ聞くが、この一時的な死で、トーラスは何かを失ったと思うか? 一時的に死ぬことで、俺達からの絶大な信頼が得られるんだぞ。得られるものの方が大きいじゃないか。これは非常にお得な死だ」
「死んでるのにお得って何よ……。例えばね、もしあんたが内通者で、この変態を生き返す前にリリーを殺したらどうするのよ? あんただけじゃないわ。他の誰が内通者であっても、そいつがリリーを殺したら、そこで変態の人生も終わりじゃないの!」
ナタリアの言葉を聞き、リリーの両肩がびくんと跳ねる。
「分かってるさ。だからこそ」
グレインはナタリアから逃れるようにリリーの元へ駆け寄り、彼女の頭を撫でる。
「リリーは、俺が命懸けで守るつもりだ」
「ろくに戦えないくせに……」
グレインは無言のまま笑顔で頷く。
「それにだ、ナタリア、お前の部屋にあった物だって全部トーラスの闇空間に入れっぱなしなんだろ? 戻って来ないと困るんじゃないのか?」
「あああっ! そうだったわ! ……なけなしの給料で買った服とか靴とかバッグとか……。もし一つでも失くなるようなことがあったら、生き返った時に殺してやるわ!」
「せっかく蘇生するのにすぐ殺そうとするんじゃない! ……まあ、そういうことだから、トーラスを蘇生するまではみんな必死でリリーを守ろうな。……あとはサブリナ、さっき言ったこと、出来そうか?」
「そうじゃな……ペナルティしかない契約は結んだことがないのじゃが、物は試しじゃ。やってみるかの」
全員がサブリナの元へと集まり、彼女に注目する。
「この場に居る者達に、『内通者に関わる会話での嘘を禁じる』。もし破った場合は『魔力の半分を妾に寄越し、目印として鼻血を吹き出すことにする』……これは『契約』じゃ」
「えぇ……鼻血は嫌だな……」
「吹き出すって……服が汚れたらどうするのよ」
「鼻血は治癒剣術で止められるんでしょうか」
「魔法で鼻の穴を塞いでおけば大丈夫かなー」
「……ねぇ……なんで……みんな嘘をつく前提なの……?」
戸惑う一同と首を傾げるリリーには構わず、契約は成立したようでサブリナの口元が魔力で微かに光ったのであった。
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