第170話 シニタクナイ

「じゃあ、こいつをこれ以上脅しても情報は出てこないってことか……。どうしたらいいんだろうな」


「死にたくない……死にたくないんです……」


 リーナスは、顔をぐしゃぐしゃにしたまま、グレインを見る。


「まぁ……お前だけは俺達に手は出していないし、共犯とはいえ、ドアの外で見張り役をやってただけだからな」


「た、助けていただけるのですかぁっ! あ、ありがどうございまずっっ!」


 リーナスは泣きじゃくり、声にならない声を絞り出す。


「いや、助けるとまでは言ってないだろ……」


「あ、ちなみに死体に憑依させるのは魔力の節約のため、ってのもあるねー。魔力で身体を作り出すのって大変なんだよー。『素材』があれば、その分消費魔力は抑えられるの。ただしその場合、身体能力は素材によるから、身体強化は意味を為さなくなるけどねー」


 リーナスとグレインのやり取りを見ていたアウロラが徐ろに口を開く。


「つまり……こいつの身体は強化されてないってことなんだな……? じゃあ、このまま解放しても──」


「うーん、やっぱりそういう話になっちゃうよねー。……でも、そんなことはしちゃいけないし、させないけど」


 そう言いながら、アウロラは氷の槍を再び作り出す。


「……何やってんだ?」


 グレインは無意識にリーナスを庇う形でアウロラの前に立つ。


「何をやってるかって……さっきまでの話の流れを踏まえて、キミが今見ているものをストレートに理解すればいいよ」


 アウロラは微笑みながら氷の槍を携えた右手をグレインに翳す。


「全部ウチが責任取るって言ったでしょ? 彼だって、元はと言えばウチの施した禁呪のせいで生まれた存在。だから……グレイン、そこを退いてくれないかな」


「……退かないと言ったら?」


 アウロラはそんなグレインを見てため息をつく。


「あのね、彼は元々死んでる人間なんだよ? そして、その身体に入っている感情も他人の、しかも既に死んだ人のもの。それなのに生きているように見えるのは……不自然だと思わないかなー?」


「アウロラの言っていることも分からなくはないんだが……死にたくないって言ってる奴を見殺しにはできないんだよな……」


 アウロラはそう呟くグレインとは目を合わせず、後ろのリーナスに対して頭を下げる。


「リーナス……にされた人。巻き込んでしまったことは……謝るね。リーナスじゃなくて、キミ。素材になった身体に。だから……こんな事、一刻も早く終わらせてあげる。キミはどうやら、不安とか恐怖とか、戦力としてマイナスになりそうな感情を押し付けられてるみたいだし」


 アウロラの言葉を聞き、グレインは背後のリーナスに振り返って問い掛ける。


「なぁ、そういえばお前は生き延びて何がしたいんだ?」


「……生き延びたら? …………何もありません……。誰だって死ぬのは嫌じゃないですか。ただそれだけです。とにかく怖い……死ぬのが怖い。死なない為なら何だってする、何人殺したって構わない。それぐらい死にたくないんです。死にたくない、シニタクナイ、シニタクナイ、シニタクナイ、シニタクナイシニタクナイシニタクナイ……」


 グレインは背筋にぞくりとするものを感じる。

 もはやリーナスの目には人格や意志が宿っておらず、ただの操り人形にしか見えないのであった。


「グレイン……ようやくキミも理解したみたいだね。彼は結局、死への『恐怖』って感情で行動しているだけなんだよ。ネクロマンサーが召喚するスケルトンやゾンビとそう変わらない存在、強いて言えば、見た目リーナスのリビングデッドってところかなー。ウチが言うのもおかしな話なんだけど、こうやって死後も無理矢理動かされている身体の持ち主の事を考えてあげて」


「……なんとなく理解できた……。……ただこれ、見た目が普通に生きてる人間にしか見えないところが質悪いな」


 グレインは短くそう言うとアウロラの方へと歩み寄り、そのままアウロラの耳元で囁く。


「氷の槍は直接的過ぎるから、もう少しソフトな、いかにも安らかに魂を昇天させるような見た目のものはないか?」


「あはん、くすぐったいよー」


 アウロラは話を聞いているのか分からないような態度で身体を捩る。


「あ、あんた達、こんな時に何やってんのよ!」


 立ち疲れたのか、白骨の寝ているベッドに腰掛ける女性陣の中からナタリアの怒声が飛んでくる。


「あらぁー? ナーちゃんのヤキモチ焼きー。ただ、どんなプレイがいいかって相談してただけだよ?」


「ぷっ、プ、プ、プレイって何よ! 子供だっているんだから、ここでそんな話をするんじゃないの! っていうか、何……あんた達まさかそういう関係だったの……?」


 ナタリアは顔を真っ赤にして怒った後、顔面蒼白になる、顔芸のようなものを披露している。


「あららー? ナーちゃん、何を勘違いしてるのかな? ……ふふっ、冗談冗談。親友のフィアンセを奪うようなマネはしませんよー」


 アウロラは両手をリーナスに向けると、リーナスの足元に金色の魔法陣が浮かび上がる。


「浄化します! さよなら!」


 魔法陣から光の筋が差し込み、あっという間にリーナスの姿は眩い光に飲み込まれて見えなくなる。


「リーナス……今度こそ本当にお別れだな……」


「アアアアアァァァァァァ! シニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ……うぎ──」


 リーナスの声はそこで途切れる。

 リーナスを包む光はいつしか球体になっており、次第に収縮していき、消滅する。

 光が止むと、鎧も含めてリーナスの姿は跡形もなくなっていた。

 先ほどまでリーナスの居た場所を見つめながら、少しだけ寂しそうな表情で俯くグレイン。

 アウロラはそんなグレインに駆け寄り、さっきグレインが彼女にやったように、耳元に唇を近づける。


「ね? 見た目もなかなか良かったでしょ? 金色に輝く高温の熱魔法で閉じ込めて、鎧ごと蒸発させたんだよー。悲鳴も防音魔法でカットして完璧」


 そう言ってアウロラはグレインの耳朶に息を吹きかける。


「さっきのお返しー」


「うわっふ! くすぐったいだろ! ……おい、あいつの前でこれ以上変な事するなよ……」


 グレインが心当たりのある方向を見ると、世にも恐ろしい形相のナタリアと、その傍らにいるサブリナまでもが不機嫌そうな表情をしている。

 グレインはさらに、別の方向からも視線を感じる。


「アアアアアウアウアウアウロラさんの吐息が……! そこを代わってよ、グレイン!」


「トーラスさま……それは浮気ですわよ……」


 トーラスはグレインを睨みつけ、セシルはそんなトーラスを睨んでいる。



「……なるほど……プレイって……殺し方って意味だったんだ……」


 互いに睨み合う一同の傍らで、さっきまでリーナスのいた場所を感心しながら見つめるリリーなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る