第153話 保護観察

 ハイランドに『こんな狭い部屋ですまないが』と案内された応接室で、グレイン達はこれまでの経緯を説明した。

 もちろんそこにはロープを解かれたトーラスも同席している。


「とりあえず、君達の事情は把握したよ。議会に話を通して承認を得るまで確定ではないが、私個人としては君達全員を受け入れたいと考えている」


 そう言ってハイランドはグレイン達を見回す。


「最後に……君達はティグリス様の命の恩人だ。礼を言う。ありがとう」


「「「……ん……?」」」


 頭を下げた国の代表者を前に、グレイン達は、一様に首を傾げる。


「よく考えるとなぁ……。俺達は別に……」


「ティア……ティグリスさまの命を救うような事は……」


「これっぽっちもしていませんわね……」


 グレイン、ハルナ、セシルはそう言いながら俯く。


「実際、隕石が落ちてきて命の危機には遭わせたわよね? ……そこのバカ女のせいで」


 ナタリアがラミアを横目で見ながら言う。


「そう言えば洞窟でも、姉様の魔法で窒息寸前になったね……」


 トーラスがナタリアの言に続く。


「あぅぅ……。そ、その節は誠に大変申し訳なく……」


「……まぁ、君達がいたお陰でティグリス様が私の元まで辿り着けたのは事実なんだ。やはり君達は恩人だよ。とりあえず、議会の承認が得られるまでは保護観察という状態ではあるが、ローム公国への入国は認められるので、ここからは自由に過ごしてもらって構わない。……ただし、『保護観察』なので、常に行き先が分かるように、この腕輪を全員着けてくれないか」


 ハイランドがそう言うと、兵士が大量の腕輪を持ってきて全員に配り始める。


「呪いとか変な魔法効果はついてないだろうな?」


 グレインが訝しむような目で渡された腕輪をまじまじと見つめている。


「大丈夫だよ! ティグリス様にも着けてもらうものだし。気になるなら自由に鑑定してもらっても構わない」


 そして、腕輪を配る兵士が最後のティアに腕輪を渡そうとした時、誤って腕輪を取り落としてしまう。

 腕輪は青い顔をする兵士の足元に、甲高い音を立てて転がる。


「あぁぁぁぁ!! なんて事を! 今の衝撃でその腕輪が欠けたりして、そこからティグリス様の腕に傷が付いたらどうするつもりなのだ! 貴様はクビだ! …………いや、お優しいティグリス様に免じて自宅謹慎処分とする!」


 ハイランドが『クビ』という発言をした瞬間、ティアがハイランドを睨みつけていたのをグレイン達は見逃さなかった。


「……腕輪も別の物にするのだ。私も含めて十人掛かりで、傷ができるだけ少ないものを選ぶぞ! 腕輪ごとに傷の数を数えよう」


「……ティアの事になるといちいち面倒くさい話になるなぁ……」


「ハイランド様は、ティグリス様のことが本当に大好きなのですわ。これが真実の愛というものですわね……」


 溜息を吐くグレインだが、そんな彼とは対照的に、セシルは浮かれた様子でハイランドを見ていたのであった。



********************


「とりあえず明後日、私とティグリス様、それに近衛隊は馬車で首都へ向かう予定なのだが、グレイン君達も私達と一緒に首都に行かないか?」


「あぁ、それはいいな!」


「「「「「さんせーい!!」」」」」


 グレインの声に続いて一斉に手を上げる面々であったが、二人だけ俯いたまま動かない人物がいた。


「ラミア、ダラス、お前達は行かないのか?」


 グレインは俯く二人に訊く。


「……実はさっき、この砦から東に真っ直ぐ向かったところに、小さな村があると聞いてな」


「私達、ここで皆と別れて、ダラスと一緒に、その村で暮らそうかと思うの」


 突然の言葉に、場が静まり返る。


「そうか……。それは各自の自由だが……理由を聞いてもいいか?」


「私、制御もままならない魔法で皆に迷惑を掛けたし……これ以上帯同してもいい事なんて無いから。それに……もう冒険者に疲れてしまって。命の危険がない、安全な暮らしをしてみたいなと思ったの」


 ラミアは本当に疲れた様子で説明する。


「俺もな。少し冒険者は休んで、ラミアとその村でのんびりするよ。きっと何か仕事も見つかるだろうし、暮らしには困らない筈だ。まぁ、長期休暇みたいなもんだな」


 ダラスも、ラミアの肩を抱いて笑顔でそう告げた。


「分かった。二人の意思を尊重するよ。まぁ、特にパーティを組んだ訳でもないしな。最初から俺がどうこう言える立場じゃないだろ。……まぁ、昔殺されかけた件については許した訳じゃないからな。村に行ったときは食事ぐらい奢ってくれよ」


 そうして、誰からともなく拍手が巻き起こる。

 拍手が一頻り止んだ頃、トーラスとリリーがラミアの前に立つ。


「姉様……それではここで暫しのお別れですね。お元気で」


「はい……。弟様も、リリーさんもお元気で」


「……『さん』は要らない……お姉様……」


「リリーも、元気でね」


 静かに頷くリリー。

 それを見て、ラミアはダラスとともにゆっくりと砦の応接室を出ていった。





「ねぇ、どうしたのよ」


 グレイン達がラミアとの別れを惜しんでいる時、ナタリアは応接室の隅で、かつての親友アウロラに声を掛けていた。


「あんた、ヘルディムを脱出してから一言も喋ってないじゃない」


「……なくて……」


「ん?」


「ナーちゃんに……申し訳なくて……。ウチ……ナーちゃんの事を……本気で殺──」


「いいわよ、そんなことは。……よくないけど、今はいいわよ。アーちゃんにも……事情があったんでしょ」


 ナタリアがアウロラを見ると、彼女はぽろぽろと目から涙を零している。


「あたしを殺そうとしたことと、闇ギルド総裁としてこれまであんたが重ねてきた罪を少しでも償うために、この先あたしやグレイン、ティアの事を助けてちょうだい。あんた達闇ギルドの幹部は、全員死刑間違いなしの大罪人なんだから、本当に死ぬ気で頼むわよ? ……それで、全部が終わったら、改めて裁判を受けましょう」


 アウロラは止まらない涙を流したまま、ナタリアに笑顔を向け、それから静かに頷く。

 たとえこれからどんな善行を積んだとしても、自らの死刑は免れないことを本人も自覚しているが、今はただ、ナタリアに再び『アーちゃん』と呼んでもらえた事が、心の底から嬉しかったのであった。


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