第123話 心が壊れちゃった

 サラン冒険者ギルドの会議室で、グレイン達は気を失ったアウロラとミレーヌをロープで縛り上げていた。

 そこにはセイモアも加わって手伝っている。



「妾の魔力は満たされておらぬが、もういいじゃろ。『契約破棄』じゃ」


 セイモアの治療ができないことに気が付いたサブリナが、ナタリアに契約の破棄を申し出た。

 その後、セイモアのダメージを引き受けて彼の治療をしたサブリナは、会議室の隅で壁にもたれている。


「うぅ……さすがに……ちときついのう」


 サブリナがそう漏らしたのをグレインは聞き逃さなかった。


「サブリナ、セイモアさんの怪我を引き受けたんだよな。本当に大丈夫か? ……お前の治療にはハルナたちの力が必要だと思うんだが……移動できそうか?」


 サブリナの目の前にやって来たグレインをちらりと見て、彼女は弱々しく首を左右に振る。


「セイモア殿の怪我を全部引き受けた訳ではないが……それでも今動くのはちと厳しいの」


「そうか……。うちのパーティでも治癒できる奴がハルナの他にいれば良かったんだが……。……あっ! サブリナ、少しだけ我慢してくれよ」


 そう言ってグレインはサブリナを持ち上げ、お姫様抱っこの形で抱え上げる。


「ひゃあっ!」


 サブリナは驚きの声を上げるが、その顔は若干綻んでいるようにも見えた。


「ナタリア、ちょっと出掛けてくる」


「えっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! こいつらどうすんのよ!」


 ナタリアがそう叫ぶも、グレインはあっという間に会議室から飛び出していく。

 当然、階下のギルドロビーでは、殺気立った冒険者達の怒号が響き渡る。


「あぁ……まだグレイン君が指名手配犯だということになってますね。ちょっと冒険者達の騒ぎを鎮めてきます」


 そう言って、セイモアまでもが会議室を出ていく。

 おそらくAランク冒険者のセイモアの言葉であればそれなりの説得力を持つため、階下の騒ぎは収まるだろう。

 しかし、ナタリアにとってはそれどころではないのだ。

 この会議室にはナタリアと、気を失ってはいるがミレーヌとアウロラの闇ギルドコンビだけになるのである。


「これ……縛ってるから安全だって保証は無いわよね……」


 ナタリアは溜息混じりにそう呟く。


「ふふ……大丈夫よ。ウチの魔力……もう底をついちゃったから……」


 ナタリアは心臓が飛び跳ねるのを感じるほど驚く。


「ええええっ!? 意識があるの!? ちょ、ちょ、ちょっとやめてよ!」


 勢い余って尻もちをつき、その場で手足をじたばたと振り回しながら、アウロラと距離を取ろうとするナタリア。


「ナーちゃん、大丈夫……。ウチにはもう……何もできないから」


 そう言うとアウロラは、静かに涙を流す。


「アーちゃん……。ねぇ、あなたと宰相のアドニアスさんの間には何があったの?」


「あの男は……ウチの両親をこの世から消し去ったんだ」


「それって……殺したってこと?」


「ウチのお父さん、アレクシスって言うんだけど、弟のアドニアスと一緒に大臣やっててね。宰相の座を争ってたの。ナーちゃん、ウチの家に遊びに来たの覚えてる?」


「お、覚えてるわよ……」


 ナタリアは『トイレに辿り着けなかった事件』を思い出し、赤面しながら答える。


「最後に遊んだ日のこと……覚えてる?」


 『そういえば……』とナタリアは自らの記憶の糸を手繰り寄せる。


「大きなお屋敷で遊んで……それから外で遊んで……別に普通にいつもどおり遊んでたわよね」


「うん……。その日も、ナーちゃんと一緒にお屋敷抜け出して外で遊んでてさ。夕方になってナーちゃんと別れて家に帰ってきたら……お屋敷が……無くなってたんだよ」


「えっ!? どういう事?」


 アウロラは俯き、震えながら話を続ける。


「屋敷のあった所には、黒い靄がうっすら残ってて……物陰から見てたら、庭の所にあの男が……アドニアスが立って嗤ってた。……結局、ウチの屋敷はお父さん、お母さん、屋敷で働いてた使用人を含めて全員が行方不明になったの。そしてウチも、その時一緒に巻き込まれた事になってた。……それからは……雨風を凌げる所に寝泊まりして、雑草でもなんでも食べて、動物のような生活をしてたんだ……」


「そんな! そんな事ならどうしてうちに来てくれなかったの!?」


 アウロラは涙を散らしながら首を振る。


「そんな事したら……ウチの存在がバレたら、今度はナーちゃんの家が消されてしまうもん。そんな事……できないよ……」


 ナタリアの胸がちくりと痛む。

 当時、アウロラが突然いなくなった事に大層苛立ちを覚えていたことを思い出したのであった。

 それと同時に、自分がのうのうと生活していた頃に、親友はかくも苛烈な生活を強いられていたのかと思うと、心が張り裂けそうなほど苦しくなった。


「その後が大変だったの。その日の朝まで一緒に過ごしていたお父さん、お母さんにいきなり会えなくなったんだから。生きるために……雑草を食み、泥水を啜りながら、どんな事をしても生き延びて、あのとき庭で嗤ってたあの男を問い詰めて、そして絶対に殺すんだ、って決心したの。……その時に……ウチの心が壊れちゃったんだと思う。それからは……犯罪行為を重ねて……気が付けば闇ギルドなんてものを結成してトップになっててさ。冒険者ギルドを乗っ取るために冒険者になって、ナーちゃんと再会して……今に至るってワケ」


 アウロラの話を聞き、ナタリアも涙を流す。


「アーちゃん……助けてあげられなくて……ごめんね……」


「ナーちゃんは何にも悪くないよ。悪いのは全部……屋敷を消した男」


 アウロラは静かに微笑みながら言う。


「ウチの計画は、これでぜーんぶお終い。……どうせウチは死刑になるからねー。闇ギルドの資産は……冒険者ギルドに寄付しようか?」


 ナタリアはアウロラを睨みつける。


「それよりも、闇ギルドのゴロツキ共を更生させるのに使いなさい!」


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