第107話 こいつ何言ってるんだ

「トーラス、とりあえず痛みの増幅と、防音とかその辺全部解術してくれるか? ……拘束だけできてれば良いと思う」


「お安い御用さ」


 トーラスは指を鳴らすと、リーナスの周囲の黒霧が晴れていく。


「トーラス様……相変わらずお見事ですわ……」


 セシルはトーラスの方を見つめたまま、のぼせた様子で立ち尽くし、うわ言のように呟いている。


「おいトーラス、セシルがこんな調子じゃ使い物にならないんだが、責任を取ってくれないか?」


 グレインがニヤつきながらトーラスを責め立てる。


「妾が魔族女王の名において、今ここで二人の婚姻を宣言しても良いのじゃが、どうする?」


 サブリナもグレインと同じような顔でトーラスに詰め寄る。


「皆さん! だからリーナス容疑者を忘れてますっ!」


「「「「あ……」」」」


 ハルナの注意でグレインが振り返ると、リーナスはぐったりしたまま、両足を地面に、上半身を空間に固定されている。


「正直、俺はもうこいつの事はどうでもいいんだよな……。さっさとギルドか王宮騎士団に引き渡しちまおうぜ」


「……またか……またお前は……俺の計画の邪魔をするのか!」


 突如、リーナスがグレインを睨みつけてそう言い放つ。


「計画? 何のことだ?」


「俺達がパーティを組んだ時に話していた事だ。まさか……忘れたのか?」


「それってもしかして……。『五年で世界一の冒険者パーティになって、勇者と呼ばれる存在になる』って馬鹿げた話?」


 ラミアが思い出したように言う。


「馬鹿げてない! ……あぁ、そうだよ。その為になら何でもやるって言っただろ……。ぐっ……だから俺は、初心者の街で五年も足止めされた原因のてめえの事が、殺しても殺し足りないほど憎かったんだよ!」


 トーラスの魔法が解けたとはいえ、両腕を失った痛みに耐えながらリーナスはグレインを睨む。


「まぁ、生きてたけどな」


「……そこで計画が破綻した俺は、計画の遅れを取り戻すべく闇ギルドに取り入ることにした。……禁呪を使って人体を大幅に強化しているって噂だったからな。ちょうど、そこの薄汚い女をギルドが狙ってたから、そいつを餌にして、な」


 リーナスがラミアを睨む。


「じゃ、じゃあニビリムで私を見捨てたのって……」


「……全て事前の打ち合わせ通りだが? そうか、命からがらお前を捨てたっていうあの芝居をまだ信じてたのか。クククッ……うぐぅ……ハハッ」


 そう言ったリーナスに対し、二人の男が気色ばむ。


「姉さんの悪口は見過ごせないね……」


「ラミアのどこが薄汚いのか、答えろ! この溝鼠が!」


「その女、一度も俺に身体を開かねえから問い質したら、グレインの事が好きだとか抜かしやがって。まぁ、当のグレインが無職だって分かった瞬間に捨ててたけどな。ハハハッ! グレイン、そういう所もてめえが気に食わねえんだよ」


 嘲るように笑うリーナスを尻目に、グレインは呆れた様子でトーラスとダラスを宥める。


「まぁ待て、二人とも落ち着いてくれ! ……なぁリーナス、闇ギルドで禁呪を使って、人間離れした強さを手に入れたとして、誰がお前のことを勇者って呼んでくれると思う? 勇者ってのは、そんな誘惑にも負けずに、自力で正々堂々と強くなった奴のことを、周りの人間が自然に呼ぶもんじゃないのか? 今のお前は、『卑怯者』って呼ばれるだけだぞ」


「うううるさい、うるさいぃ! 黙れよ、この無職の役立たずが! 俺は勇者になって、この世の全てを思いのままに動かすんだ! この世界は俺が支配する筈だったんだ!」


 リーナスは口から泡を吹きながら喚き散らしている。


「こいつ何言ってるんだ……? 魔王の生まれ変わりか?」


「一応、魔王は魔族の王じゃから、妾を指す言葉なのじゃが……。世界を支配したいなどと思ったことは無いぞ?」


 呆然とするグレインに、寄り添いながらサブリナが補足する。


「トーラスさん、みんな、大丈夫っ!?」


 その時、中庭に駆け込んでくる人影があった。


「あああうあうあうああうあアウロラさん!?」


 トーラスが素っ頓狂な声を上げる。

 駆け込んできたのは全身がやや汚れた様子のアウロラであった。


「よかった! みんな無事なんだね。……これがリーナス容疑者? ……皆をひどい目に合わせて……許さないよ!」


 リーナスはアウロラを見た途端、歯を鳴らして震えて始める。


「な、なにを──」


 その言葉を言い終わることなく、次の瞬間にはリーナスの頭部が地面を転がっていく。

 アウロラの手から氷でできた刃が飛び出し、彼の頭を胴体から切り離したのだった。


「みんな、治療院を手配してきたから、治療を受けて!」


 肩で息をするアウロラを見ながら、グレインは静かに言った。


「なぁトーラス、……こいつはアウロラ本人か?」


「あぁ、そうだね。操られている様子はないから大丈夫だよ。正真正銘、この世界で最上の女神よりも美しい地上の姫、アウロラ様でしかないよ」


「こら、グレイン! 仮にもギルマスを『こいつ』呼ばわりはダメだぞー!」


「そうでした……アウロラ様がいたのでした……。ライバルとしては手強すぎますわね……」


 頬を膨らませて怒るアウロラを見ながら、トーラスの言葉を聞いて、セシルが明らかに落胆している。


「アウロラお前、サランギルドを飛び出して、今までどこ行ってたんだよ。みんな心配したんだぞ?」


「じ、自分探しの旅かなー……」


「丁度よいな。たった今、トーラス殿がセシルに愛の告白をしたところなのじゃ。アウロラ殿からも二人に祝福の言葉をかけ──」


「待って待って! それは生まれ変わったら、って話だったはずだよ? 今はアウロラ様の事が……」


 トーラスが慌ててサブリナを止める。

 その横で、セシルは既に泣きそうな顔になっていた。


 グレインはそんな様子を見ながら、静かにアウロラに問い掛ける。


「……何故、リーナスを殺した?」


「皆を酷い目に合わせたから、許せなかったの……」


 グレインは顎に手をあてて考えていたが、やがて腰の剣に手を伸ばす。

 トーラスはその様子を見て、目を見開く。


「グレイン……まさか……」


「あぁ、おそらくこいつは、……アウロラは闇ギルドの関係者だ」

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