第106話 温泉に行こうか

「知っていた……? どういうこと?」


 ラミアは驚きの表情を隠せない。


「我が家は闇魔術師の一家だから、嘘には敏感な方なんだよ。子供の嘘ぐらいすぐに分かるさ。父は、最初から君達母娘の芝居を見破っていて、それでも我が家に迎え入れたんだ。それは……ラミア姉さんが『一生懸命』だったからだって言ってたよ。失敗したらどんな酷い目に遭うか分からないから、文字通り命を懸けて芝居していたんだろうね。それが見てられなかったんじゃないかな。……それに、子供にそこまでやらせる親の事も、重々承知していたよ」


 トーラスは言葉を続けるが、グレイン達は放置されたままのリーナスの方が気になり始める。



******

「(なぁ、あいつ大丈夫なのかな)」


 グレインはハルナに小声で話し掛ける。


「(リーナス容疑者ですか? ……まぁ、両腕が無いので大丈夫ではなさそうですが、そろそろ精神的にもまずいかもですねっ)」

******



「そんな……」


「父が姉さん達を受け入れたのは、あの継母の為じゃない、ラミア姉さんの為だったんだ」


「そんな……私……そんな人の事をこ、殺し……うわぁぁぁぁぁぁんん!」



******

「(あいつの叫び声が全く聞こえないけどさ、リーナスはずーっと叫んでるよな)」


「(このまま精神が崩壊してしまったら、騎士団からの事情聴取にも役に立たなくなりそうですわね)」


 いつの間にかセシルもグレインの隣に立って話に参加している。


「(事情聴取あるのか……。それなら尚更まずいよな。そもそも、あいつには心の底から反省してもらいたかったんだが……。俺を痛めつけた動機もはっきりしないままだしな)」


「(反省は……無理じゃないですかね? あの人の中身、絶対歪んでますよ)」


「(ハルナさん辛辣……)」

******



「その事なんだが、恐らく父は、姉さんの為に死んだんだ」


 トーラスとラミアの話はまだ続いていた。


「……どういう……こと?」


「先日、資料を整理していて父の通院記録を見つけたんだ。どうやら……父は不治の病に侵されていたようでね。通院間隔も頻繁になっていて、おそらく、長くはなかったんじゃないかな」


「だから、私が罠を仕掛けた馬車に乗って自殺を……?」


「いや、姉さんの魔法は関係ないはずだ。だって、馬車は王都南の森で、街道を逸れて木に衝突しながら崖から転落したんだよ? 姉さんの魔法は、『目的地手前で』発動すると言っていたじゃないか」


「……そうだわ。あの女、南西のリゾート地に向かうって言ってたから、目的地が見えてから殺してやろうと思ったの。確かその辺りは底なし沼地帯の筈だから、車輪を壊して馬車を路肩の沼に沈めて証拠隠滅するつもりだったの」



******

「(なんかさ、あんまり話聞いてなかったけど、目的地が見えたあたりで殺すって、そういうところが性格悪いよな)」


「(でも、どうせ相手にダメージを与えるなら、天国から地獄に突き落とした方が落差はありますわよ)」


「(なるほど!何日も空腹にした人の目の前で食べ放題して見せつけるとか、大怪我した人の傷口に塩を塗り込むとか、そういう事ですねっ)」


「(ハルナ、……それはなんか微妙に違うぞ……。それにしても底なし沼が近くにあるリゾート地ってなんなんだ?)」


「(確かあの辺りは隠れ温泉宿で有名だったはずですわね。……エルフの里も近くなのでよく知っていますわ)」


「(なんだ、温泉なら温泉って言えばいいのにな。『リゾート地』なんてカッコつけちゃって)」

******



「じゃあ、お義父さんは……」


「あぁ、父はおそらく自らの命が長くない事を知って、継母と心中……のような形で、事故を引き起こしたと思われる。ちょうど御者が休憩で降りていた際に、馬車が走り出して崖下に転落したそうだよ。……姉さんを継母から解放したかったのかもしれないね」


「そ……そんな……。お義父さん……うぅぅぅ……」


「まぁ、多少は僕の推測も混じっているけどね。……僕は、姉さんの魔法で馬車が走り出したんだとずっと思っていたけど、姉さんは馬車の車輪を破壊する魔法だと言った。つまり……姉さんは父の死に関与してはいないんだ」



******

「(温泉なら妾も連れて行って欲しいのじゃ!)」


 ついにサブリナも会話に参加してくる。


「(温泉か……いいな。よし、この依頼が終わったらみんなで温泉に行こうか)」


「「「(やったぁー!)」」」


「(もちろん、第一夫人も連れて行くのじゃろ?)」


「(あ、ナタリアか……。そうだな)」


「(なんじゃ、忘れておったのか。あやつを連れて行かないと後が怖いからの。みんなで楽しく温泉に浸かるのじゃ)」


「(グレインさん……兄様は連れて行っちゃ駄目……。女湯を覗こうとするから……)」


「「「「「「リリー!!」」」」」」


 いつの間にかリリーもグレインの隣で会話に参加している。

 それにトーラスとラミアも気付き、グレインの元に駆け寄り、身体は大丈夫か、等とリリーを質問攻めにする騒ぎ立てる。


「……よし、これにて一件落着、かな」


「……アレはどうするんだい?」


 トーラスは、中庭の中央で、黒霧に包まれながら叫び声を上げるリーナスを見ながらそう言った。


「あ、静かだったからすっかり忘れてた」

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