第102話 頼むよ、姉さん

「こんな物使う必要もないな」


 リーナスは腰に下げている大剣を外し、足元に置く。


「やっぱ素手が一番だよな。……お前達を『壊してる』って実感出来そうだしな」


 リーナスは肩を前後に回し、準備運動のような動きをしている。

 その時、傷だらけのトーラスがラミアとグレインに近寄る。


「姉さん、頼みがある」


 トーラスは怪我を感じさせないほど静かな口調であった。


「その前に……お前の怪我は大丈夫なのか?」


 グレインが見る限り、トーラスも身体のあちこちで皮膚が裂け、血が流れ出ている。


「そうだね。まぁ、リリーに比べたら、大したことはないさ。リリーは……あいつに殴り飛ばされて、壁や地面に叩き付けられ……僕は何もできなかった……」


「外道め……。闇魔術は通用しなかったのか?」


「それが……使えないんだ。……どうやら、僕の闇魔術を封じながら、同時にあの男に魔力を継続的に送り続けている奴が近くにいるようだ。……そこで、姉さんにそいつの動きを止めてもらいたい」


 トーラスはまっすぐにラミアを見つめて、そう告げる。


「で、でも……リーナスはどうするのですか」


「この場は僕たちが食い止める。……リーナスに勘付かれると全力で阻止しに来るはずだ。だから僕とグレイン、セシルちゃんでそれを阻止する。ハルナさんとサブリナさんはリリーを治療してくれてるし、そうなるとラミア姉さんにしか出来ないんだ」


「で、でも……私……足が……震えて……」


「頼む。魔力探知が出来るのは姉さんだけなんだ。そして、リーナスに魔力を送り続けている奴がいる限り、あいつは何度でも再生し続けるはずだ。つまり、僕たちはあいつに勝てない。……だから……頼むよ、姉さん」


 トーラスがラミアの手を握る。

 ラミアは一瞬びくりと身体を震わせるが、そのまま目を閉じて深呼吸する。


「……いいわ。可愛い弟の頼みだもの。行ってくる。ただし、私が戻ってくるまで、誰一人死なせちゃダメだからね」


 トーラスにそう告げた言葉と、瞼を開いたラミアの目には、確かに力が籠もっていた。


「……なんか少しだけ昔を思い出した。ラミアはそうでなくっちゃな。ちなみにトーラス、一人忘れてるぞ? 姿は見えないけどな」


 グレインは、苦笑交じりにそう言うと、リーナスの方を見る。


「グレイン、作戦会議は終わりか? それとも遺言でも遺してたのか? 俺もそんなに気が長い方じゃないんだ。もう殺していいか?」


「あぁ、やれるもんならやってみろ。とっておきの作戦を用意したからな」


 グレインは歪な笑みを浮かべながらリーナスに言葉を返す。


「(ラミア、俺が合図する。ただし、俺がどんな事を言っても気にするな)」


「(わかった)」


「トーラス、セシル、いくぞ!」


 グレインとトーラスは剣を抜き、同時にリーナスに斬りかかる。


「遅いんだよ! 蝿が止まるぐらいスローモーションに見えるぞ?」


 リーナスの言葉通り、グレインとトーラスの斬撃は全て見切られているようで、リーナスの身体に触れる事すらできない。


「くらえっ!」


 グレイン達は、後方から聞こえるセシルの声を合図に、左右に散開する。


「『光線治癒レーザー・ヒール』!!」


 リーナスに向けてまっすぐ伸ばしたセシルの人差し指の先から、眩い光線がリーナス目掛けて飛んでいく。

 光線のあまりの速さと、不意を突かれたことでリーナスはその光線を右腕で受け止めてしまう。

 次の瞬間、リーナスの右肩から先が風船のように膨らみ、弾けて身体から切り離される。


「無駄なんだよっ! 再生するって分かってるんだろ?」


 リーナスは右腕を再生するため、黒霧を放出する。


「よし! ラミア、今だ!!」


 グレインがラミアへ振り返り、声を張る。

 それを合図に、ラミアはグレイン達に背を向け、渡り廊下へと駆け出していく。


「なっ! おい、ラミア! 待てよ!! 一撃必殺の魔法があるんじゃなかったのか!? だからリーナスに攻撃して隙を作れって……」


「ハハハッ! どうやらお前達は、ラミアが逃げる為の隙を作らされただけのようだな」


 グレイン達を嘲るリーナスの右腕は、既に元通りに再生していた。


「さて、誰から殺そうか……。やっぱそのガキか。さっきから妙な魔法で両腕を吹き飛ばしてくれたからな……」


 リーナスは一歩ずつセシルに近付いていく。


「そうはさせるか!」


 グレインとトーラスが再び斬りかかるが、リーナスは二人の斬撃をいなしながら、その歩みを止めることはない。

 ついにリーナスがセシルの目の前までやって来た時に、彼は目の前に光の粒子が舞っていることに気付く。


「なんだ……これは?」


「『治癒濃霧ヒール・ミスト』」


 次の瞬間、リーナスは口と鼻から大量の血を吐き出す。

 しかし、一頻り血を吐き出したあと、彼は生み出した黒霧を自ら吸い込み、深呼吸する。

 そして、何事もなかったかのように、セシルの顔に血の混じった唾を吐きかける。


「チッ、このガキ全然騒がないな。もう少し嬲ってやればいい声で鳴くかな」


 リーナスがセシルに手を伸ばす。


「わたくしは、何があってもあなたのような人に屈する事はありませんわ。……たとえ、死んだとしても……」


 セシルは観念したように目を瞑るが、彼女に伸ばされたリーナスの手を取ったのは別の人物だった。


「それなら、妾が代わりに遊んでやろう」


 それはリリーの怪我を肩代わりして、全身傷だらけになったサブリナであった。


「『再変換治癒リトランス・ヒール』」


 サブリナがそう唱えると、サブリナの身体の傷はたちまち綺麗な状態に戻り、代わりにリーナスの身体に無数の傷が刻まれていく。


「お主がか弱い少女に与えた痛み、自ら思い知るがよい」

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