第101話 何かの縁だ

「どうやら屋敷は崩壊までは起こさなそうだな」


 グレインはソルダム邸の廊下を駆けながら呟く。


「そうですねっ! 消火活動が早かったためだと思います。デリーズさんが派手にやられたために近所の人が集まってきていたので、出火にもすぐ気付けたようです」


「あの門番さんは気の毒だったな……」


「デリーズさんは立派に職務を全うされたと思いますよ」


「ところでグレインさん、ハルナさん、皆さんどちらに向かってるんですの?」


 セシルの言葉で、一同の足が止まる。


「……廊下があったら、とりあえず走るだろ?」


 グレインはその一言で、周囲から白い目で見られる事になった。


「はぁ……。ラミア、探っていただける?」


「はい、お嬢様。畏まりました」


 セシルが大きな溜息をつき、ラミアに指示を出す。

 ラミアは目を閉じ、自分の身体から薄っすらと魔力の膜を生み出し、周囲に広げていく。


「見つけました! 中庭です!」


 目を見開いたラミアはそう叫ぶと、一目散に走り出す。

 グレイン達も武器を手に取り、ラミアに続く。


「いた! やっぱり……リーナスだ……!」


 長い廊下の先にある、別棟へと続く渡り廊下の脇。

 本棟と別棟の間に広がる中庭では、無傷の襲撃者と傷だらけのトーラスが対峙していた。

 襲撃者は、月明かりでもそれとなく分かる緑の髪色をしており、その顔立ちはグレインにとって五年も行動を共にして見飽きたリーナスのもので間違いなかった。

 対するトーラスは、懐に何かを抱えているが、それが何かは分からない。


 グレイン達は走る速度を上げ、渡り廊下へと一気に近付くと、トーラスが何を抱えているのかを理解する。


「……っ! リリー!!」


 トーラスが抱えているものは、もはや生きているのかどうかも分からないほど、傷だらけで血まみれのリリーの身体であった。

 グレインが叫び、トーラスはグレイン達に気付いたらしく、一瞬表情が緩む。


「リリーちゃん!」


 ハルナはトーラスの元へ駆け寄り、リリーの身体を受け取る。


「こんな……酷い……。でも、まだ息がある!」


 ハルナはすかさず矢を取り出し、治癒剣術を発動する。

 さらに、ハルナの隣ではサブリナが、悲痛な面持ちでリリーを覗き込んでいる。


「妾も助力致す! 『変換治癒トランス・ヒール』! ぐぅぅっ!」


 サブリナが魔法を発動すると、彼女の身体から血が滴り落ちる。


「サブリナ、無理するんじゃないぞ!」


 グレインはハルナとサブリナを庇うようにトーラスと並び立ち、リーナスを睨みつける。


「分かっておる! 分かっておるが……、多少無理をせんと、この娘は助からんぞ!」


 サブリナの言葉を聞き、グレインは唇を噛み締める。


「ん? お前は……グレインじゃないか! ハハッ、あれ程の怪我をして、まだ生きていたんだな」


「ヒールッ!」


 リーナスがグレインに気づいた瞬間、遅れてやってきたセシルがリーナスにヒールを放つ。


「ん?」


 リーナスは高速で飛来する光球をとっさに躱そうとするが、光球はその左腕を僅かに掠め、彼の左腕が弾け飛ぶ。


「おぉっとっと……そのガキ、見かけによらず随分と危ない魔法を使うじゃないか」


 リーナスはトーラスのような黒霧を右手から生み出し、自身の左腕があった部分に纏わせる。

 次の瞬間、黒霧が散り、その下から傷一つない左腕が現れる。


「え……? 再生……したんですの?」


 セシルがグレインを見ると、彼は目を見開いて驚愕の表情でリーナスを見ている。


「あれは……何だ……? 俺はあんな魔法知らないぞ」


 その言葉を聞いてリーナスが吹き出す。


「ハハハッ、そりゃそうだろう。この力は覚醒して手に入れたものなんだからな」


「覚醒……? その言葉、どこかで聞いたな……。なぁ、それって一体何なんだ?」


「……グレイン、これから死ぬ奴にわざわざ説明すると思うか? そうだよなぁ……ラミア!」


 リーナスはそう言うと、セシルの後ろで密かに詠唱を続けていたラミアを睨みつける。


「ヒッ!」


 ラミアは両手を使って胸の前で印を組み、リーナスに聴こえないような小声で魔法を詠唱していたが、リーナスの迫力に気圧されて、詠唱が止まる。


「ラミア、お前は隠れて魔法を詠唱するのが上手かったけど、今の俺には魔力の流れが全部手に取るように分かるんだぞ?」


「五月蝿いわね、喰らいなさい! フレアレーザー!」


 ラミアは詠唱を再開し、突き出した掌から凝縮された熱線をリーナスに向けて放つ。


「いいぜ、喰らってやるよ」


 そう言うと同時に、リーナスの胸は熱線に貫かれる。


「で? これがどうかしたのか?」


 リーナスは左腕と同じように、黒霧で胸に空いた穴を復元する。


「な、なんで生きてるのよ……」


 ラミアは恐怖に唇を震わせる。


「さて……グレインとラミア。殺されかけたお前達が生き延びて俺に再会したのも何かの縁だ。お前達は直々に、俺の手で殺してやるよ」


「わ、私じゃ、勝てない……」


 そう呟くラミアは、先ほどの魔法によほど自信があったのか、すっかり戦意を喪失していたのであった。


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