第079話 修羅場

「ドノバンさん、宿と食事の提供ありがとうございました。我々は誘拐された子ども達の救出のために王都へ向かいます」


 グレインはヘレニアの町長、ドノバンに頭を下げるが、彼もまた、グレインに対して頭を下げていた。


「誘拐犯を捕まえてくれてありがとう。これで暫くの間は誘拐騒ぎもなくなるはずじゃ」


「一刻も早くこの町を、再び子ども達の元気な声が響く、長閑な町に戻さねばな……。妾もその景色を見とうて堪らんぞ」


 旅支度を整えたサブリナがそう呟いた。


 町長と別れたグレイン達は、街道を歩いてサランへと向かう。

 当然、そこにはサブリナの姿もある。

 グレインは本能的に、サブリナとナタリアを鉢合わせさせるのはまずいと感じていたのだが、なかなかいい案が思い付かない。


「なぁサブリナ、本当に俺達についてくるのか?」


「当たり前じゃ! 妾もヘレニアを元通り平和な町にしたいし、何よりも誘拐した奴らが許せぬのじゃ!」


「表向きの理由は真っ当なんだよな……」


 まさに大義名分を背負って、堂々とグレイン達に帯同しているサブリナであった。


「サブリナ、俺達はサランに忘れ物をしたんだけど、お前にもついてきてもらうのは申し訳ないから、お前は真っ直ぐ王都に向かってくれないか?」


「ダーリンがサランへ向かうと言うのであれば、当然妾も同行するぞ」


「……はぁ……」


 グレインは半ば諦めたように頭を掻きむしる。

 その様子を、隊列の最後方から目を輝かせて見つめているのはセシルであった。


「これはナタリアさんと鉢合わせして修羅場になる予感がしますわ……ワクワクしますわね」



********************


 そして一行は、半日の後に大きなトラブルなくサランへと到着した。


「一旦冒険者ギルドへ経過報告ですわね」


 妙に意気込むセシル。


「あ、いや、うーん……。そうだ、ここで二手に分かれて行動しようか」


「なら妾はダーリンと一緒がいいのじゃ」


 サブリナはグレインの腕に絡みつく。


「あ……うん、やっぱ二手に分かれるの却下で」


 慌てふためくグレインを見て、ハルナとリリーが必死に笑いをこらえている。

 そうしているうちに、グレイン達は冒険者ギルドの前までやってきてしまっていた。


「なぁサブリナ、お願いだから、ギルドの中ではくっつかないでくれるか?」


 そう言ってグレインは強引にサブリナを引き剥がす。


「じゃあ……入るか」


 グレインがギルドのドアを開けた瞬間、ギルドの奥からグレイン目掛けて斬りかかってくる人影があった。


「うわっ! ……何するんだ、ナタリア……」


 ナタリアは、慣れないショートソードを抜いて、半ば武器に振り回されるようにグレインに斬りかかる。


「このっ! 浮気者! 早速他所で女作って来たのね! 当たれ、当たれ!」


 ナタリアは大振りで剣を振り回し続けている。


「いや、誤解だ! 別にこいつとはそういう仲では──」


 グレインは必死に剣を躱しながら説得を試みる。


「あたし見たんだから! サランの町に入った時から堂々と、イチャイチャベタベタくっついてここまで来たじゃないのよっ!」


「そんな事は無いぞ! 落ち着けって!」


「こっちには……アーちゃんの水晶があるのよ……嘘をつくって事は、やっぱりやましい事があるんだ! うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 突然ナタリアはその手から剣を力なく取り落とし、その場にへたり込んで大泣きし始めた。


「お、お姉ちゃん落ち着いて! こちらの方はサブリナさんと言って、ヘレニアの町で──」


「妾はグレインと生涯をともに添い遂げることを望んでおる」


 ナタリアを落ち着かせようとしたハルナの言葉を遮り、止めを刺すような言葉を投げ掛けるサブリナ。


「はて、その様子を見ると、そなたがダーリンの婚約者かえ?」


「わぁぁぁぁん! わぁぁぁぁ!」


 ナタリアはサブリナの言葉に反応を示さず、相変わらず泣き叫んでいる。

 するとサブリナは、突然ナタリアを抱き締める。


「まずは落ち着くのじゃ。そなたの方がグレイン殿と契りを結んだのが先なのであれば、そなたが第一夫人、妾が第二夫人と言うことであろ? 何を悲しんでおるのじゃ。同じ男を好いた者同士、協力せねばあの男はそう簡単には落ちぬぞ? 妾がいくら誘惑しても、全く効果がなかったからの」


 サブリナがナタリアの耳元でそう囁くと、サブリナはグレインの方を振り返る。

 その時、ナタリアはサブリナの背中に生えている翼が目に入る。


「だだだ、第一夫人……!? 誘惑!? いやそれより、あなたってよく見たら魔族なのね……。同族には相応しい男はいないの?」


「同族は……皆死んだのじゃ。妾はこの世で唯一の魔族の生き残りじゃ。でもグレイン殿は、こんな一人ぼっちの妾でも、種族が違っても、恐れも忌避も抱かずに、あっさりと受け入れてくれたのじゃ。……大半の大人は、妾の姿を見ただけで逃げ惑うからの」


「……そうなんだ……。変な事聞いてごめんなさいね……」


「構わぬよ。まぁ、グレイン殿のパーティに加入して、世界をあちこちを訪れながら、同族を探そうとは思っておるが」


「「えっ」」


 そう声を上げたのはナタリアと……グレインだった。


「サブリナ、お前うちのパーティに入るつもりなのかよ……」


 グレインは天を仰ぐ。


「いいじゃないのよ。入れてあげなさいよ。この娘は一人ぼっちなの。あんたの他に頼るところが無いのよ?」


 サブリナのパーティ加入を後押ししたのは、なんとナタリアであった。


「そ、そうか……。ナタリアがそこまで言うなら……。はぁ……またヒーラーかよ」


 溜息をつくグレインを横目に、二人の女が抱き合ったまま、小声で密談をしている。


「(あなたのことをすぐには受け入れる気にはなれないけど……私も努力するわ。だから、パーティで行動している時のグレインの護衛と、他に悪い虫がつかないように見張ってちょうだいね、……第二夫人。あたしは冒険者じゃないから、パーティで行動しているときは一緒に居られないし、あなたに任せるわ。でも独り占めは……駄目よ?)」


「(第一夫人よ、妾に任せておくのじゃ。妾は曲がりなりにも魔族じゃからな。魔族の誇りにかけて、グレイン殿はしっかりと守り通すぞ)」


「「(これからよろしくね)」」


 グレインへの束縛が一層強くなったことを、当の本人だけは知る由もなかったのであった。

 そんなグレインが、何かを思い出したようにナタリアに声を掛ける。


「そう言えば、ミスティって何してる?」


「あの娘は……まだ牢の中よ。まだ一度も食事をとってないけど、まだ元気に喚いてるわ」


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