第078話 あっちでも元気でな

 翌朝、グレイン達は再びアジトの死体の前に立っていた。


「しかし……ベッドも壁も床までも、全部血まみれだな……。それに……血の匂いもひどい……。騎士団に引き渡すのは家の外にしよう」


 グレインはそう言って、アイシャの死体を引き摺っている。


「妾も手伝うぞ、ダーリン」


 そう言ってサブリナがグレインの隣にやって来る。


「その呼び方はやめてくれないか……」


「妾は一晩中そなたのことを考えていたのじゃ。昨夜のサロモンにとどめを刺した時の、そなたの顔が忘れられなくての……。もう何度惚れ直したことか」


「……なるほど。これはお姉ちゃんに報告しないとですねっ!」


 いつの間にか二人の後ろにハルナが立っており、サブリナの言葉を一言一句聞き漏らさぬかのように耳をそばだてていた。


「ハルナ、ちょちょちょっと待ってくれ! これは何かの間違いなんだ!」


「……もう間違いを犯してしまったんですの!? これはサランに戻った時が楽しみ、いえ心配ですわね。……むふふふ……」


 ハルナの後ろからセシルも登場する。


「とりあえずどうでもいいけど、階段からこいつら落としてくれないか? ……よっと」


 グレインはアイシャの身体を階段から転げ落とす。

 続いてセフィスト、サロモンも同様にごろごろと落とす。


「死体とは分かっていても、あまり気持ちの良い作業ではないですわね」


 セシルが浮かない顔でそう話す。


「それは俺も同感だ。なんか犯罪者とはいえ、死者を冒涜しているような気がしてな……。ただ、仮に二階でこいつらを目覚めさせたとして、騎士団に引き渡されるのがバレたら絶対抵抗するだろ? そうなると無事に一階まで運べる気がしないぞ」


「確かに、死体のまま運ぶのが安全策ですわね」


「そんなこと言わず、嬉々として死体を踏み付け、蹴飛ばして弄ぶのがダーリンに相応しいのじゃ」


「……サブリナは少し黙っててくれ……。そろそろ騎士団が身柄を確保しにやって来る頃かな。……リリー、頼むぞ」


 グレインは一階の廊下に死体を並べ、三人の死体をロープで繋いでからリリーを呼ぶ。


「任せて……。『蘇生治癒リバイブ・ヒール』」


 リリーは三人を立て続けに蘇生し、そして倒れ込む。


「妾に任せるのじゃ! 『変換治癒トランス・ヒール』」


 すかさずサブリナがリリーを支え、そのままリリーに魔力と体力を流し込む。


「サブリナさん……ありがとう」


 倒れかかっていたリリーは体勢を立て直し、代わりにサブリナがふらふらとよろめく。


「あぁっ、妾はもうだめじゃあっ!」


 そう言ってサブリナはグレインに抱きつく。


「ダーリン……こんな妾を支えてくれて──」


「サブリナ……最初からこれが目的だったな? まぁ、リリーを助けてくれた事には感謝するから、少しぐらいは大目に見るか」


 サブリナの『演技』をぶった切ってグレインが口を挟むも、無理に振り解こうとはしない。


「悪いダーリンもいいが、優しいダーリンもこれはこれでいいものじゃな……。妾を受け止めてくれる者など、これまで居なかったからの……」


 グレインに抱きついたまま、目を閉じてそう呟くサブリナであった。

 その閉じた瞼からは涙が滲んでいた。



********************


「それじゃ、鉱山だかどこに連れて行かれるのか知らないけど、あっちでも元気でな」


 騎士団の護送車に三人を乗せた後、牢の中で魔力を封じる手錠に繋がれ、膨れ面をしているかつての仲間達に、グレインはそう声を掛けた。


「キミにあんな酷い事をしたのを、今一番後悔しているよ。あの頃……三年前、ジョブを授かる前が一番楽しかったな。……どこで、どこで、道を……踏み外したんだろう」


 アイシャは涙を流しながら、力なくグレインに答える。


「私は……君の特殊能力にかなり助けられていた事を、君を追放した後で実感しました。三年前、ジョブを授かって私のヒールも一層威力を増したと思っていたのですが、それは勘違いでした。グレイン君、君が私を強化してくれていたからだったんです。君が居なくなってから、私のヒールは三年前の弱々しいものに逆戻りしてしまった……」


 セフィストはそう言うと、がっくりと項垂れる。


「解放してくれるんじゃなかったのかよ! 騙したな!」


 手錠を激しく打ち鳴らし、グレインに食って掛かるサロモン。


「いや、犯罪者を野放しにする訳がないだろ? 生きてるだけでも幸運だと考えたらどうだ?」


「おい騎士団の野郎共! こいつだって子どもを誘拐して売り払ってる奴隷商だぞ! 捕まえねぇのかよ!」


 サロモンの言葉に、目を見合わせて吹き出す騎士団員とグレイン達。


「この方々はサラン冒険者ギルドから正式に派遣された『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』というパーティの皆さんだ。奴隷商な訳がないだろ?」


「てっ、てめえら、騙してやがったのかぁぁぁ!」


「何を今更……なぁ、みんな?」


 笑顔で頷くグレインの仲間たちを見て、サロモンは一人で顔を真っ赤にして怒ったまま、護送車は出発していったのであった。

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