第066話 殺していい?

「俺達は別に君を殺そうとしてる訳じゃないんだ。ただ、幽霊が出るって騒ぎになっていて、その調査に来ただけさ」


 グレインは、リリーが拘束している女にそう言葉を掛けた。


「ほ、ほんとに……殺さない?」


「あぁ、心配しないでくれ。じゃあ尋問を始めようか。……まず、君の名前は?」


「あー、びっくりした! そんじゃあさ、このナイフもただの脅しな訳?」


 突然女はそう言いながら、首元のナイフを指先で弾く。

 咄嗟にナイフを持っているリリーから凄まじい殺気が放たれる。


「動くな……これ以上何かしたら……本当に死ぬよ」


 女はナイフの刃に触れた自らの指先から、赤い液体が滲み出すのを見た。


「ひっ! こ、これって、ホンモノ……」


「そりゃそうだろう。不審者を捕まえるのに玩具の武器を使う訳にはいかないさ。相手は本物の武器で武装してるかも知れないんだからな」


 肩を竦めてグレインが女に告げる。


「って事は、ミスティちゃんは……やっぱり絶体絶命のピンチじゃないの〜!?」


「はい、お名前いただきました。ミスティちゃんね」


 その女──ミスティは、はっとして両手で口を塞ぐ。


「いやいや、もう遅いだろ? ミスティちゃん」


「おのれ……策士め!!」


「何もしてねーし」


「ミスティちゃんを捕まえてどうする気だ! ハッ! ま、まさか!」


 そう言ってミスティは大きく息を吸い込む。


「誰かー! 助けてー! 乙女の貞操が汚されようとして──もがもが」


 リリーがミスティの口に手を当てて塞ぐ。


「グレインさん……この人……殺していい?」


 そう問い掛けたリリーに、グレインは両手を広げて少しずつ近付いていく。


「リリー、少し落ち着こうか。な? その娘もたぶん悪気があって言ってる訳じゃないだろうし、殺されるのは……おそらく嫌だと思うぞ?」


「得体の知れない人達に拘束されて、殺されるって話になったら『おそらく』どころではなく、誰だって嫌ですわ」


 セシルがグレインの前へと進み出る。


「ミスティさん、あなたもこんな所で謎の集団に殺されるのは嫌でしょう? 大人しく事情を話していただければ、危害を加えないとわたくしが約束いたしますわ。ですから、どうか抵抗をやめていただけませんこと?」


 すると、リリーに口元を押さえられ、手足をじたばたさせていたミスティが、その動きを止める。


「よかった……分かっていただけたのですね……」


 そう言ってにこやかにミスティに近付くセシルだったが、その笑顔はたちまち曇る。

 ミスティは白目をむいて、その場に崩れ落ちるように倒れたのだ。


「ミスティさん、どうされたのです! ……リリーちゃん、もしかしてミスティさんを……?」


 慌てるセシルに、リリーは微笑を浮かべて首を左右に振る。


「……大丈夫。眠り薬の針で……眠ってもらっただけ。……殺すと……蘇生しないといけないから……大変」


 よく見ると、ミスティのうなじに細い針が刺さっている。

 グレイン達は、ミスティが目を覚まさないうちにロープで縛り上げ、近くの木に結び付ける。


「これでリリーがこいつを抑えなくて済むな。よし、それじゃあこいつの目が覚めるまで休憩にしよう。仲間はいないようだし、とりあえず仮眠するか」



********************


 二時間ほどの後、焚き火の周りで仮眠をとっていた一行は、ミスティが喚く声で目が覚める。


「こらぁ! 起きろ起きろ起きろぉ〜っ! 早くこの縄を解いてくれってば!」


 既にぐっすりと寝ていたところを起こされたグレインは、少し機嫌が悪い様子でミスティの傍に立っているリリーとハルナに声を掛ける。


「なぁ、ミスティちゃんって起きてからずっとこの調子で騒いでんの?」


「……そう。……もう我慢の限界……殺したい……」


「まぁまぁ、俺が話をしてみよう」


 グレインは怒っているらしいリリーを宥めながら、ミスティに近付く。

 ミスティは話を聞く気がないとそっぽを向く。


「なぁ、そろそろ教えてくれないか? 君がここから人払いをしていた理由は何なんだ? 君は、誰も傷つけるつもりはなく、平和的に墓地からいなくなって欲しかったんだろ?」


 グレインの言葉に、ミスティの顔が、目が、正面のグレインを捉える。


「そう……分かってくれたんだね。ミスティは一人ぼっちで、ここに暮らしてるんだ」


 落ち着いた様子のミスティは、静かに話を始める。


「なんだって? じゃあ本物の幽霊……」


「いやいや、違うよ! ミスティはれっきとした生きた人間だよ? ただ、家も仲間もお金も無い、ただの落ちこぼれ冒険者……なの……ぐすっ……うぅ……」


 ミスティはベリーショートの赤い髪を左右にぶんぶん振り、項垂れて、そして啜り泣きを始める。


「なんか物凄く嫌な予感がするぞ……」


 独り言を呟くグレイン。


「ミスティは普通に魔法使いで生計を立てたかったの……でも……でも……ジョブがヒーラーで……攻撃魔法に適性がなくって」


「ほら、やっぱり……。ヒーラージョブって、関係ない職業目指す人にとってはお荷物扱いだよな」


 自らの予感が的中したグレインであったが、複雑な心境だった。


「ミスティ、お前にはこれから一緒にギルドへ出向いて、幽霊騒動の真相について説明してもらう。そこで犯罪者としてギルドで拘束されるかも知れないが、自業自得だからな。軽い罪だからそこまでひどい目には遭わないだろうさ。その後は……お前次第だ」


 グレインは、静かな口調でそう告げた。


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