第061話 覚えなかったのは正解

「まぁいつかはお前と出会すんじゃないかと思ってたけどな、セシル。こんなに早いとは思わなかったぞ」


 竜巻盗賊団の剣のリーダー、セインは覆面を取る。


「やはり……セインさんなのですわね」


 セシルは静かにセインを見据える。


「どうして、こんなことを……?」


「今の時代、冒険者で食っていくのは厳しいんだよ。何より時代遅れだろ? ……それよりお前、俺達をあんな目にあわせておいて、よく娑婆に出てこられたな? 金でも積んだか? それとも身体の方か?」


 グレインは、目の前の下品な笑いを浮かべる男を見てセシルに問う。


「おいセシル、このゴミ野郎はなんだ? 知り合いか?」


 セシルはグレインの言葉に俯きながらも答える。


「私が前に所属していたパーティ、『アルティメット・セイント・ブラスト・オブ・トルネード・パージ・サンダー』のリーダー、セインさんです」


「俺だけじゃねぇぞ? この盗賊団は俺達全員と、同盟を組んだもう一組のパーティで結成したんだ。てめぇらが殺してくれた奴も……パーティメンバーだよ!」


「も、もしかして、そちらの槍を持っているリーダーは……」


 セシルは何かに気がついたように槍のリーダーへと視線を向ける。


「あぁそうだ! あいつは『ゴライアス・リンデンホーク・トルネード・クラッシャー・シン』のリーダー、タクトだ! もちろん盗賊団の名前も、お互いに共通する『トルネード』が由来だ。二人の、いや二組のパーティは完全に対等関係だからな。だからリーダーも二人なんだぜ!」


 何故かドヤ顔で、聞かれてもいない盗賊団の名前の由来まで説明するセインであった。


「あぁ……思い出したぞ! ナタリアが暗誦してた、馬鹿みたいに長い名前のパーティだな? あまりに長すぎて覚えるつもりも無かったけど、こんな奴らだったとは。覚えなかったのは正解だったな」


 グレインがケラケラ笑いながらセシルと話している様を見て、セイン達は背筋に言い知れぬ寒気を覚える。


 思い起こせば目の前の男は、ついさっき人質に取られた仲間を自らの命令で殺させているのだ。

 それなのに、まるでその事実を全く覚えていないかのように談笑しているのである。


 さらに、その仲間も得体が知れなかった。

 暗殺者の少女はかなりの使い手と思われ、彼女によって一人は首を切られて即死、さらにリーダー二人の胸には、浅いとは言え、ナイフが刺さっている。

 それにセシルの得体の知れない魔法によって、もう一人も戦闘不能であり、あの出血量ではおそらく助からない。


 ただ、数の上では、盗賊団は無傷の者が五人と手負いのリーダー二人、セシル達は三人。


『──勝てる!』


「全員聞け! 一人ずつ相手をしろ! まずは暗殺者のガキを集中攻撃だ!」


 魔法は不特定多数の敵を葬り去るのに打って付けだ。

 しかし暗殺者は物理攻撃が主体であるため、多数の敵を一度に相手にはできない……はずであった。

 賊が一斉にリリーに飛びかかった瞬間、彼女はその姿を消す──正確には、ただ高速で移動しているだけなのであるが。

 そのリリーが向かった先は、最初にセシルの魔法で斃れた血塗れの男の所だった。

 男のもとに辿り着くと、リリーは躊躇なく喉笛を切り裂き、止めを刺す。

 リリーに飛びかかったはいいが、彼女を見失い唖然としている男達を、光粒が漂う空気が取り囲む。


「まずいぞ! その霧に触れるな!」


 セインの叫びも虚しく、彼らの周囲は逃げ場無くセシルの『小粒治癒マイクロ・ヒール』で囲まれており、悲鳴を上げながら次々とその身体を爆散させ、地面を血で染め上げていく盗賊団員達。


「そんな、空間に漂うものに触れるなって言ったって無理だろ……。リリー、最後は頼む。……嫌な役ばかり押し付けてごめんな……」


 セインは、グレインがリリーに命令を下しているのを聞いて青ざめる。

 『最後』、つまり『止めを刺せ』と言っているのだ。


「ちょっと待て、やめろぉぉっ! いや、やめてくれぇっ! 皆殺しだけは勘弁してくれ! 降伏する!」


 セインよりも先に口を開いたのは、槍のリーダー、タクトであった。


「セイン、お前は?」


 グレインはセインを睨み付けながら短く言う。


「わ、分かっ……た。降伏する。まぁ、捕まったらどのみち死罪なんだろうけどな」


「いや、そこは大丈夫だろ。鉱山で死ぬまで働かされるだけじゃないか? せっかくの貴重な労働力だ。すぐに殺しはしないだろうさ」


 セイン達をロープで縛りながら、全く慰めにならない言葉を掛けるグレインであった。

 もっとも、慰めるつもりは微塵もなかったのだが。


セインとタクトを拘束した後、グレインはリリー、セシルと小粒治癒で血塗れの状態で倒れ伏す盗賊団員達の前に立つ。


「どうだろう、間に合いそうか?」


「聞いた話ですと三十分ぐらいかかるのでしたっけ。……急げばどうにかなるかも知れませんわね。あぁ、皆さん、そんなに動かないでくださいまし」


 セシルが容態を見ようと手を伸ばすと、血塗れの男達は最後の力を振り絞ってセシルから逃げようともがき、その動きに合わせて全身から血が吹き出す。


「そりゃ、一瞬で自分達をこんなにした張本人だからなぁ。……リリー、さすがにこれ全員は辛いだろ? だから、まず眠り姫に起きてもらおうか」


 リリーは小さく頷き、ハルナの死体の前で『蘇生治癒リバイブ・ヒール』を発動する。

 当然、グレインは全力でリリーを強化している。



 術後、ハルナの目がパチリと開く。


「姫、お目覚めになられましたね。お身体の具合はいかがですか?」


 グレインが戯けてそう言うと、ハルナは眼にいっぱいの涙を溜めている。


「わ、私、捨てられた訳じゃ……」


「俺がそんな事すると思うか?」


 グレインが肩を竦めながら言った。


「しょ、食費が嵩むとか、それっぽい理由も仰ってたので……」


 ハルナは思い当たるフシがあるのか、少し言い淀む。


「まぁそれは本当の話だ」


「えっ」


「でも、だからどうしたって話だ。食費がいくら掛かったって、俺にはハルナが必要なんだよ。……おかえり、ハルナ」


「グレインさまっ!」


 ハルナは泣きながらグレインに抱き付く。


「お二人とも……お熱いところ申し訳ないのですけれど、……あの者達の回復を一刻も早くお願いしますわ」


 ハルナの治癒が間に合うかハラハラしていたセシルが、二人を冷ややかな目で見ていた。

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