第023話 コイツは外に捨てときましょう
『
「……ここ、どこだよ……いてて」
彼は民家の廊下で床に直接寝転がっていた。
辺りを見回すと、目の前にドアがあったため、とりあえず開けて入ってみる。
部屋の中にはベッドが一台あり、そこで誰かが眠っているようだった。
グレインはのそのそと起き上がり、ベッドで寝ている人物の寝顔をのぞき込む。
「な、なっ、ナタリア!!」
そのベッドにはナタリアが眠っており、心臓が止まりそうなほど驚いたグレインは、とっさに叫び声を上げてしまう。
その声につられてナタリアの瞼が開き……。
「んむ……ん……ん? キャァァァァァァ!!」
グレインはナタリアから渾身のパンチを食らい、盛大に吹き飛ばされる。
「なっ、なっ、なにしてたのよ!? 痴漢!? この変態! っていうかなんであたしのベッドルームに……いやそもそもなんでウチに!?」
「……大変申し訳ないですが、とりあえず鼻血を拭くものをいただけませんか」
ナタリアは鼻血を流すグレインを睨みつけたまま動かない。拭くものを渡す気は無いようだ。
グレインはようやく、ここがナタリアの家だということを思い出す。
その時、部屋の外からバタバタと足音が聞こえ、部屋のドアがノックされた。
「入っていいわよ! っていうか誰か助けて!」
ナタリアはグレインを吹き飛ばした後、パジャマ姿のままベッドの上に枕を抱えて座った状態でそう答えた。
「助けて欲しいのはこっちだよ……」
グレインは壁に背を預けたままそう呟く。
ドアを開けて入ってきたのは、顔色が悪く、見るからに具合も悪そうなハルナとセシルであった。
「「飲み過ぎましたごめんなさい」」
二人は部屋に入って来るなり土下座を始める。
「あんた達、そもそも昨日何時に帰ってきたのよ……。そして昨夜、何があったのか教えてくれる? このケダモノがあたしに何をしたのかも……知ってること全部吐きなさい!」
「おえっぷ」
ハルナが手で口を押さえてトイレに駆け込む。
「その『吐きなさい』じゃないわよ……」
ナタリアは渋い顔をしてそう呟く。
「わたくしが……順を追って説明しますわ。まず昨日の宴席で、グレインさんとナタリアさんは、結婚しないのかという話に、うぅっ……」
今度はセシルがハルナと入れ替わりにトイレに駆け込む。
「セシルさんの続きですが、私はグレインさまに夫婦とはどんなに素晴らしいものかを説明し……ぐぷっ」
再びハルナがセシルと入れ替わりにトイレへ。
「そして二人とも酔いつぶれた後に、グレインさんがわたくし達を送って、……送って……はぁ……はぁ……うううっ」
セシルがハルナと入れ替わりトイレに立つ。
「まったくあんた達! 揃いも揃って飲み過ぎよぉぉぉっ!!」
遅々として進まない説明に、遂にナタリアの怒りが爆発した。
「全員そこでちょっと待ってなさい!!」
ナタリアがドアを勢いよく閉めて部屋を出ていく。
「……二人とも、大丈夫か?」
鼻血を吹き出したまま、グレインが二人に話し掛ける。
「見た目だけなら、グレインさんが一番大丈夫ではないですわ」
そう言ってセシルはよろよろと懐からハンカチを取り出し、グレインの鼻に当てる。
「いいのか? これ汚れちゃうぞ?」
「構いませんわ。そもそもわたくし達が……うぅぷっ……お酒を飲みすぎたのが悪いんですもの」
その時、部屋のドアが再び開き、ナタリアがトレイを持って入ってきた。
「あんた達、まずはこれを飲みなさい。二日酔いに効く特製スープよ。酔い覚ましに薬草と毒消し草が入ってるわ」
そう言ってナタリアは三人をベッドルームの床に座らせ、マグカップに入ったスープを配る。
「美味しいですわ」
「わぁ……なんかスッキリしますね」
「これは驚いた……。ナタリア、これ酒場で出せば良いんじゃないのか?」
「はぁ……。酒飲んでる客に、酔い覚ましを出してどうすんのよ。前後不覚になるぐらいべろんべろんに酔ってもらって、高いボトル入れてもらわないと」
「「「あの酒場ってそういう稼ぎ方だったんだ」」」
「「ナタリアさん、グレインさん、この度はご迷惑をおかけしました」」
「二人とも飲み過ぎ。限度を知りなさいよ」
「それで、先ほどのお話の続きなのですが、グレインさんが殴られたのは、半分ぐらいはわたくし達の所為なのですわ」
「……どういうことよ?」
「グレインさんは、酒場で閉店時間まで酔い潰れて寝ていたわたくしとハルナさんを担いで、ここまで送ってくださったのです」
「閉店時間までって、ほぼ朝じゃないのよ」
ナタリアは呆れ気味にため息をつく。
「しかも俺はお前の家がどこだか分からなくてな。分かれ道の度に、ハルナとセシルを起こして、聞きながら吐きながら辿り着いたんだ」
「えぇぇ……道路を汚すな!」
「そしてこの家に帰り着いたところで、グレインさんは力尽きてそこの廊下で寝る、わたくし達はトイレで吐く、という訳ですわ」
「グレインは廊下にいなかったかも知れないじゃない! コイツは今、あたしのベッドルームにいたのよ?」
「わたくしが、直前にトイレに吐きに行った時は廊下に倒れていましたよ」
「そこで俺を起こしてくれるか、ベッドに案内して欲しかったな……」
「そんな余裕なかったのですわ……」
「じゃあ、百歩譲って廊下で寝てたのは許すとしてもよ? なんであんたはあたしのベッドルームにいたのよ?」
「それがさっき言っていた残りの半分、グレインさんの自業自得な部分ですわ」
「も、もしかしてグレインさま……お姉ちゃんの寝顔が見たかったんですか?」
「いえ、ひょっとすると、寝込みを襲おうとしたのかも知れませんわよ」
「ひぃっ!」
ナタリアは抱えていた枕を一層強く抱き締めて、グレインに軽蔑するような眼差しを向ける。
「ナタリア、そんな目で俺を見ないでくれ……。目覚めたら、どこか分からない家の廊下に寝てたとして、目の前にドアがあったら入るだろ?」
「入らないわよ!」
「それで部屋に入ったらベッドがあった。そしたら誰が寝てるか見るだろ?」
「見ないわよ!!」
「そのベッドにはナタリアが寝てた。そしたらキスするだろ?」
「しな……え? えぇぇぇ!?」
「いや、さすがに最後のは冗だブヘェッ!!」
悪戯っぽく笑いながら、冗談だ、と言おうとしたグレインの顔面に、再びナタリアの拳がめり込み、グレインは止まりかけていた鼻血を吹き出して敢え無く失神する。
「お姉ちゃん、ただの冗談だってば! やめてぇぇ!」
顔を真っ赤にしたナタリアの前にハルナが立ちはだかる。
「大丈夫ですわ。グレインさんにそんな度胸ありませんわよ」
セシルは笑顔でナタリアを宥める。
「……事情は大体把握したわ。とりあえず、コイツは外に捨てときましょう」
ナタリアは落ち着き払った声で、吐き捨てるように呟いた。
「その前に治療だけ……」
そう言ってハルナは懐から矢を取り出す。
それはゲレーロ盗賊団との戦いのさなか、グレインに刺さっていた矢を引き抜いたものだ。
ハルナは矢に治癒魔力を込めると、グレインの顔に繰り返し突き刺す。
「グレインさまの強化がなくても、この矢があれば治癒剣術が使えるので良かったです」
「「剣術はどこいった」」
ハルナの治療が終わった後、グレインは本当に気絶したまま家の前の道路に捨てられたのだった。
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