第016話 ちょっとやり過ぎた

「こいつはどうするか……困ったな」


 体当たりをグレインに躱され、木の幹で頭を打って気絶した仔ペガサスを抱えて、グレインはハルナの元へとやってきた。

 一方のハルナは、まだセシルを治療していた。

 ぶしゅっ、ぶちゅっ、とレイピアを突き刺す音が鳴り、辺りには血の匂いが立ち込めている。


「うえぇ……。ハルナ、セシルはどうなんだ?」


「はい、最初に首から胸にかけてを治療しましたので呼吸も安定していますし、命に別状はないかと思います。あとはこの折れた足を残すだけですので、もう少しで終わります」


「すごい治癒力だな……とにかく助かって良かったよ。……ところでハルナ、地面にできたこの血溜まりはどうしようか」


「ほっとけばモンスターが舐めてきれいになりますから、大丈夫じゃないでしょうか」


「それって……モンスターが『人間の血の味を覚える』って事にならないのか?」


「モンスターには人間の血かどうかは分からないですから、大丈夫じゃないでしょうか」


「本当に大丈夫なのかな……」


「どうなんでしょうね……」


「えぇぇ……『大丈夫って言ったのハルナさんですよぉ? ふえぇぇぇ ハルナですぅ』」


「……それ、私の真似でしょうか?」


 ハルナは冷たい視線をグレインに向けていた。


「やべっ」


 グレインはまたしても地雷を踏んだことを悟ったが、時すでに遅し。

 ちょうどハルナは話しながらセシルの足の治療を終えたところだったのだが、治癒魔力の輝きがレイピアから抜けていない。


「は、ハルナ……一体何をするつもぎゃぁぁぁぁぁ!」


 にこやかな笑みとともに、ハルナのレイピアがグレインの右足に突き刺さる。


「先ほどのお怪我が完治していないかも知れませんので、もう少し治療しますねぇ……うふふふふっ」


 そう言ってハルナは突き刺したレイピアをぐりぐりと捻り回す。



「う……うぁ……はっ! わ、わたくしは一体何を……」


 ハルナの治療で怪我がすべて治癒し、ようやく意識を取り戻したセシルの目の前には、グレインの右足にレイピアを突き刺して、嗜虐的な笑顔を浮かべているハルナがいた。


「えぇ……何これ……。このパーティ本当に大丈夫……?」


 もう何度目か分からない、いつもの感情を抱いた後、セシルは二人の傍らに捨て置かれた仔ペガサスに気が付く。


「ふふ……かわいいですわね」


 セシルは仔ペガサスに近寄り、首筋を撫でる。


「せ、セシル! 気が付いたのか……っておい、そいつから離れろ!」


「セシルさん! その馬がセシルさんを吹き飛ばしたんですよ!?」


 セシルの意識が戻ったことを切っ掛けに、ハルナはグレインの足からレイピアを引き抜く。

 グレインは思わず安堵の息を漏らす。


「こ、この子がやったんですの?」


「あぁ、そうだ! セシルを酷い目に合わせた報いで、本当なら今すぐ息の根を止めてやりたいところなんだが、そいつは聖獣だから、むやみやたらに殺すわけにもいかなくてな」


「グレインさま、こういう面倒なのはギルドに一任するのがいいのではないかと思います」


「あぁ、俺も同じことを考えてたよ。とりあえず動けないように足を縛って、あとでギルドに突き出そう」


 グレインはそう言ってペガサスの前足をロープで縛る。

 すると、縛られた痛みのためか、後ろ足を縛る前にペガサスが意識を取り戻す。


「プルル……ププルルゥ!」


「「変な鳴き声」」

「かわいらしい鳴き声ですわ」


「ちょっとこの状態で後ろ足を縛るのは、危険すぎて無理だな……。そういえば、聖獣って食えるのかな」


 グレインがハルナと目を合わせながら、口元を意地悪そうに歪めて笑う。


「間違いなく火は通した方がよさそうですね」


 ハルナも軽く頷いて相槌を返す。


「プルプルプル!」


 仔ペガサスはグレイン達の言葉を理解しているのか、小刻みに震えている。


「えぇぇぇ……お二人とも、お待ちになって! この子は見るからに子供ですわよ!? それにこんなに可愛いのに、あなた方には食肉に見えているんですの!?」


「子どもの方が肉は柔らかいらしいぞ」


「ププルゥ……」


「あれ、元気がなくなりましたね」


「あなた方の食欲のせいで、この子が生きる希望を失っただけですわ!」


 グレイン、ハルナと仔ペガサスの間に、両手を広げて立ちふさがるセシル。


「セシル! お前はそいつに吹き飛ばされて、あと少しで死ぬところだったんだぞ! なんでそいつを庇うんだよ!」


「プルッ!? ……プ、プゥ……」


 グレインの言葉を聞き、仔ペガサスは、グレインに相対し、自らに背を向けているセシルを鼻先でつつく。

 そして振り返ったセシルに対して、頭を地面に擦り付けていた。


「馬が土下座したの初めて見たな」


「これは珍しいものを見ましたね」


 これには仔ペガサスを食材として見ていた二人も感心している。


「わたくしに謝ってくれるんですの? いいですわ、お気になさらないで。あなたもきっと怖かったのでしょう?」


「ププルゥ」


「ちょっと痛かったですけど、恨んでないから大丈夫ですわ」


「「あなた死にかけたんですが」」


 セシルは、仔ペガサスを撫でようとして額の角に気が付く。


「あら、この子、角を持ってますのね。ペガサスではなくってユニコーンでしたかしら?」


「プププルゥ! プルプル」


 仔ペガサスは『どちらでも構わない』という感じでセシルにすり寄っている。


「よっぽど気に入られたみたいだな」


「あら? ハルナさん、この子、後ろ足を怪我していますわ。治していただけないでしょうか?」


「いいですけど、痛いから暴れるかも知れませんよ?」


「その点についてはしっかりと説明するので大丈夫ですわ」


「食材だったら治療する意味は……」


「グレインさんっ! 何度も言っていますが、この子を食材にするのはやめてください!」


「そうですよグレインさま。怪我の痛みを感じているとストレスで肉の味が落ちますし。元気な状態から一気に屠るのがオススメです」


「ハルナさんもやめてぇぇぇぇっ!」


 ついにセシルが大声で叫び、涙を流す。



「……ハルナ、さすがにやり過ぎだぞ」


「グレインさまも……悪乗りし過ぎです」


 先ほど大声を出して正座させられた二人は、セシルにささやかな悪戯をしてみただけなのだが、今、二人の眼前には仔ペガサスを抱きしめて大声でわんわんと泣き叫ぶセシルの姿があった。


「セシル……その……ごめんな? 俺達セシルに説教されてばかりで……つい……出来心でした……。そいつは食べたりしないから大丈夫だ」


「そうですよ。これから治療しますからね」


「そう言って隙を見てこの子を食材に変えるつもりなんですわ!」


「俺達は同じパーティじゃないか。信用してくれないのか?」


「信用なりませんわ! こうなったら今日限りでこのパーティから──」


「「ごめんなさい!」」


 さすがにまずいと思った二人はセシルに土下座する。


「本当に本当ですの?」


「「本当に本当の本当です!」」


「…………では、今回だけは水に流しましょう。その代わり、この子の治療をお願いしますわ」


「説明するって言ってたが、馬が人間の言葉を理解できるのか? もしハルナが怪我したら俺達では助けられないぞ?」


「この子は聖獣なので馬ではありませんわ! それに……少なくとも私とは話が……いえ、心が通じている気がしますわ」


「昨日の敵は今日の友ってやつか? でも気を付けろよ? 懐いたように見せかけて後ろ足でパカッと……ぶぺっ」


 次の瞬間、仔ペガサスの背後から不用意に近付いたグレインの下腹部に、仔ペガサスの後ろ足が炸裂した。


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